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第三章
三 西暦二三二六年 —識—
「まだいたのかよ、類人猿」
クラスメイトの豪が、識の机を蹴った。適合判定を受けたばかりの彼の瞳は、彼の口元は、優越感を抑えきれずに歪んでいる。
識は黙って立ち去ろうとした。天性の知能が、彼と議論することの無益さを訴えていたからだ。もはやこの場所、この社会に、識の居場所など存在しない。
「やめてよ、豪くん」
声を上げたのは、陽だった。この世界で、陽だけはまだ、非適合者の識を「人間」として扱ってくれる。陽の瞳には、強い意志の光が宿っていた。豪は信じられないものを見るかのように目を細め、舌打ちをした。その音さえも、どこか電子的なノイズのように耳に響く。
「目障りなんだよ」
豪は肩を怒らせて去っていった。その背中は、かつての彼よりもずっと大きく、そして絶望的に遠く見えた。
「識ちゃん、いこう」
陽が識の手を取った。識は、その手の熱を記憶の奥底へ、誰にも触れられない深淵へと焼き付けた。たとえ明日、世界が彼女を「システムの一部」へと作り替えてしまったとしても、この熱を奪うことだけは、神にだって許さない。




