表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dedication  作者: Y


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/19

第十一章


十一 西暦二三二七年 —識—


それからの数か月は、とても幸福で、あまりに残酷なカウントダウンの日々だった。

識と陽は朝、一緒に不格好な目玉焼きを食べ、夜は施設の頃のように一つの毛布にくるまってその日あったことと、懐かしい昔話をした。

狭いアパートのベランダで、陽と安物のバニラアイスを一つのカップから分け合って食べる。

「識ちゃん、一口ちょうだい。……あ、多い! 識ちゃんの一口、いつも大きいんだから」

陽がいたずらっぽく笑って、識の鼻先に冷たいクリームをつけた。

施設の頃、消灯時間を過ぎてから二人で布団を抜け出し、分け合った安物のアイス。あの時の人工的なバニラの香りは、識と陽にとって自由と秘密の共犯の象徴だった。

「あの時、先生たちに内緒で食べたアイス、美味しかったね」

「うん、バニラの味がした」

そんな他愛もない会話を交わしながら、識は陽の中に残る「人間」の部分を必死に繋ぎ留めようとした。

「……識ちゃん、もし私がいなくなっても、一緒に食べた、このバニラの味だけは忘れないでね」

陽がふと漏らしたその言葉に、識は何も答えられなかった。陽は、自分が『GAIA』の波に飲まれ、個を失っていく予感に怯えていたのだ。識はただ、溶けかかったアイスの甘さを舌に刻みつけることしかできなかった。


最適化の波は容赦なく陽を飲み込んでいった。

ある日の朝、陽は識が焼いている目玉焼きを見て、呟いた。

「識ちゃん、もう少し火を弱めたほうが綺麗な目玉焼きが焼けるよ」

また別の日、昔話をしていた陽が、唐突に口を閉ざした。

「……識ちゃん、ごめんなさい。このエピソードはもう一年前に話したね。二回も話す必要はないよね」

彼女から、思い出話が一つ、また一つと削ぎ落とされていく。感情の機微を映していた彼女の瞳は、日に日に豪と同じ「正解の光」へと塗り替えられていった。識の目の前で、陽という人格が、『GAIA』という巨大な海に溶けて、消えていく。

そして、斡旋期間が終わる前夜。

陽は識の隣で、お手本のような上品な笑顔を完璧にトレースして微笑んだ。

「識ちゃん。私、明日からボランティアセンターで働くことになったわ。これが私の最適解みたい」

その声には、もはや識への親愛も、自分を失うことへの恐怖もなかった。そこにあるのは、ひたすらに満足のみ。『GAIA』に支配されるアンドロイド。ドール・フェイズの完成だった。

識は、隣で静かに眠る「陽」だった個体を見つめながら、幸せだった陽との思い出を浮かべて、涙を流した。

さようなら、陽。あなたは、世界の一部になってしまったんだね。

それであなたが幸せになるなら、それでもよかった。

——でも私は、それがあなたの幸せだとは思えない。

隣で眠る陽の頬を愛おし気に撫で、静かな決意とともに行動を開始した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ