第47話 『王』の片鱗
師匠とミレイユさんが僕を庇おうと駆け寄る気配を感じた。
(……ダメだ。二人が傷つくのは、もう絶対に見たくない……!)
僕は叫びたい衝動を抑え、左手の指先に残る「魔力制御」の感覚を全身に巡らせた。
今日、一日中あの小さな光を灯し続けたのは、きっとこの瞬間のためだった。
溢れ出す右腕の衝動を『暴走』させるな。
その奔流を、僕の意志で、守りたい場所へと『誘導』するんだ。
「……来い、僕の腕ッ!!」
バチィッ!!!
剥き出しになった黒い鱗、鋭い爪。
そこから溢れ出す赤黒い稲妻を、僕は今日学んだ「制御」の糸で強引に編み上げた。
それは破壊の雷ではなく、二人を包み込む絶対的な『守護の盾』。
「アアァァァァッ!!!」
突き上げた右腕から放たれた稲妻が、頭上で巨大な傘のように広がる。
直撃した白銀の矢が、赤黒い稲妻に触れた瞬間、次々と火花を散らして霧散していった。
ズガガガガガッ……!!!
周囲の地面は無残に削られ、土煙が視界を遮る。
けれど、僕の背中にいる二人には、光の粒一つすら届かせない。
やがて——静寂が戻った。
煙が晴れたそこには、異様な光景が広がっていた。
周囲の林はえぐれ、荒野のようになっている。
だが、僕が立ち、背後の師匠とミレイユさんが座っている場所だけは、切り取られたように綺麗な円形で地面が残っていた。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
右腕の爪から赤黒い火花が散る。
けれど、僕の意識ははっきりとしていた。
「……言ったはずだよ。二人は、手を出さないでって」
静かな、けれど拒絶を許さない響き。
その背中越しに聞こえた声に、後ろの二人は息を呑んだ。
師匠は、見開いた隻眼にその光景を焼き付けていた。
赤黒い稲妻を放つ、禍々しくも神々しい右腕。
そして何より、今日教えたばかりの『極小の火を灯す制御』を、この一瞬で『巨大な盾』へと応用してみせた愛弟子の才覚。
十六年間、ひた隠しにすることを強いられてきた『異形』を、少年は今、自らの意志で『誇りある力』へと昇華させていた。
(……ああ。わしは、まだこの子を『子供』だと思っていたのか)
ガルドの震える掌が、地面の土を握りしめる。
そこにいたのは、庇護を必要とする王子ではない。
かつての戦場で自分が命を賭して守り抜こうとした、誰よりも気高く、孤独な「王」の背中だった。
一方、ミレイユさんは呆然と、削り取られた周囲の地面と、自分たちがいる「無傷の円」を交互に見つめていた。
「……冗談だろ。あんなデタラメな光を、ねじ伏せちまうなんてさ」
毒づく声は、けれどどこか弾んでいた。
決して自分たちを振り返らず、一歩も引かずに敵を見据える『一人の男』の、あまりに真っ直ぐな背中。
「……ハッ。これじゃ、アタシたちの出る幕なんて、ありゃしないね」
ミレイユさんは口元に微かな笑みを浮かべ、構えていた大剣をわずかに下げた。
それは彼女が、目の前の少年を『守るべき対象』から、背中を預けられる『一人の戦士』として認めた瞬間だった。
僕は異形の右腕を隠すこともせず、ただ前だけを見据えて、シオンに言い放った。
「……残念だけど、あなたの降らせた『雨』じゃ、僕らには届かないよ」
赤黒い稲妻を纏った右腕をゆっくりと下ろし、僕は黒鋼の剣を正眼に構え直す。
「…………」
シオンは沈黙した。
削り取られた大地の中に、ポツンと残された『無傷の円』。
その中心に立つ少年を見つめ、彼は初めて槍を両手で握り直した。
「……守るべきものがあるゆえの強さか。……ならば、これはどうだ?」
次の瞬間、シオンの纏う空気の色が変わった。
先ほどまでの『冷たい光』が、今度は鋭利な『殺気』を孕んで収束していく。
シオンが槍を正眼に構える。
その呼吸に合わせるように、背後にそびえる銀竜が大きく翼を広げた。
グォォォォォ……ッ!!!
大地を震わせる咆哮。
同時に、竜の喉元に刻まれた『聖印』が、かつてないほど禍々しいアメジスト色の光を放ち、脈動する。
その膨大な魔力の奔流が、シオンの全身を包み込み、白銀の甲冑が極彩色の光を帯びて変貌していく。
それはシオン本人の冷徹な魔力と、銀竜の荒々しい原初の魔力が一つに溶け合った、死の輝きだった。
「……やはり、そこまで至っているか」
師匠が、低く、重い声を漏らした。
「竜の魔力を己へ直接引き込む、竜騎士の極致――『竜人同調』。……銀竜の気性をこれほど完璧に御するとはな。その若さで団長の座に就いたのも、伊達ではないということか」
シオンが、ゆっくりと、深く息を吸い込んだ。
それに呼応するように、背後の銀竜もまた喉を鳴らし、膨大な魔力が二人の間で共鳴して練り上げられていく。
「……竜騎士の真髄、その身に刻むがいい」




