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【絶望から始まる英雄譚】呪われた右腕が輝く時、世界は彼を『王』と呼ぶ 〜半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零
第二章 継がれし希望

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第46話 白銀の竜騎士団長



 ゴォォォォッ……!



 突如として巻き起こった暴風が、周囲の木々をへし折らんばかりに激しく揺らす。


 これまで僕たちの夜を優しく照らしていた焚き火の炎は、その圧倒的な風圧に耐えきれず、一瞬で掻き消えた。


 暗闇に戻った森に、聞いたこともない重苦しい羽音が響き渡る。  

 それは、生物の羽ばたきというよりは、巨大な質量の塊が空気を殴りつけるような、暴力的な響きだった。


「竜騎士だ! 木陰に……!」


 師匠の叫びは、最後まで続かなかった。  


 刹那。


 カッ! と、夜の森が真昼のように――いや、それとは決定的に異なる、冷たくて白銀の「閃光」によって照らし出された。


「うぐっ……!」


 目が焼けるような眩しさに、僕は腕で顔を覆う。  

 その腕の隙間から、頭上を通過していく「白い巨大な何か」が見えた。


 そして、その白い影から――1人の男が、しなやかに、音もなく舞い降りた。


 ストン、という静かな着地音。  

 けれど、彼が降り立った瞬間に周囲の空気が一変する。


 目に見えない重圧が、疲労困憊の僕の体にのしかかってくる。  


 なんとか見ようと顔を上げた時――そこには、信じられない光景が広がっていた。


 先ほどの閃光が触れた周囲の草木が、まるで生気を一瞬で吸い取られたように真っ白に変色し、幽霊のような淡い燐光りんこうを放ち始めたのだ。  

 闇夜の森に、そこだけ不気味な「白の世界」が浮かび上がっている。


(……あ、あの日と同じだ。バルディアから逃げる時の……!)


 脳裏に、あの凄惨な夜の記憶がフラッシュバックする。  

 すべてを白く塗り潰し、逃げても、逃げても追いかけてきたあの光景が、今、目の前に広がっていた。


 ドクン、と心臓が嫌な音を立て、背筋が凍りつく。


「……っ!?」


 ふと自分の手元を見て、僕は息を呑んだ。

 黒鋼の剣を握る僕の手が、そして着慣れた旅装の裾が、雪のような白光を放っていた。  


 顔を上げれば、隣に立つミレイユさんも、そして師匠さえも、その全身が幽霊のような淡い燐光に包まれている。


「チッ……。やってくれるじゃないか。アタシの自慢の肌をこんな不気味な色に染めやがって」


 ミレイユさんは毒づきながら、光り輝く自分の腕を忌々しそうに見つめた。


「……くそ、手遅れか。これは『聖痕の刻印(スティグマータ)』。一度でもその光を浴びれば、数日間、闇の中でもその身を晒し続けることになる……」


 師匠の声に、かつてないほどの苦々しさが混じる。  


「どこへ逃げようと、どれほど身を潜めようと、空から見ればお前たちは夜の海に浮かぶ篝火も同然。……それが、竜騎士の『狩り』の作法だ」


 風が吹き荒れる。    


 燐光に照らされた『白の世界』の中心で、ゆっくりと立ち上がる影があった。


 周囲の光をすべて吸い取ったかのように輝く、白銀の甲冑。


 そして、その男の背後――。  

 森の闇を圧して、巨大な「銀の山」がそびえ立っていた。


 月光よりも冴えた銀色の鱗に覆われた、真なる竜。

 その喉元には、聖教会の支配を象徴する禍々しい『聖印(せいいん)』が刻まれ、鼓動に合わせて不気味に明滅している。


 畳まれた翼でさえ巨木を薙ぎ倒せそうなほどの威容が、音もなく佇み、僕たちを見下ろしている。

 その喉の奥から響く低周波の唸りだけで、内臓が震えた。


 ふと、その巨頭が動いた。  

 その瞳は、深く、透き通った薄い紫。

 宝石のような輝きを放つその紫の双眸は、慈悲も怒りも介在させない「超越者の色」で、僕たちの魂を凍りつかせるようだった。


 その圧倒的な守護獣を背に従え、氷のように美しい男――シオン・ハルフォードが、光り輝く僕たちを、一切の温度を感じさせない瞳で見据えていた。


「……そなたが、赤黒き稲妻の主だな」


 その視線には、憎しみも怒りもない。

 ただ、排除すべき対象を検分するような、機械的な冷たさだけがあった。  


 シオンは僕から視線を外し、背後にいる二人へとゆっくりと向けた。


「そして、そなたがガルド……か」


 かつての英雄の名を呼ぶその声は、どこまでも平坦だ。  


 彼は改めて僕ら全員を射抜くように見据え、静かに言葉を続けた。


「その『聖痕(しるし)』を刻んだ瞬間から、貴公らの命運は、すでに私の手中にある。……もう、どこへも逃げられはしない」


 彼が銀の槍をゆっくりと水平に構える。  


「……抜かせ。一介の騎士が、人の命運を語るか。笑わせるな、若造」


 師匠が僕の前に一歩踏み出す。  

 その動作には一切の無駄がなく、ただそこに立つだけで、シオンが放つ白銀のプレッシャーを真っ向から押し返した。


「その若さで銀竜を駆り、この場を瞬時に『白の世界』へ塗り替える魔力……。竜騎士団長としての素質は十分ということか。だがな」


 師匠の隻眼が、かつての戦場で見せたであろう冷徹な光を宿す。


「……傲慢ごうまんが過ぎるぞ。その銀槍で貫けるのは肉体だけだ。この子の魂まで縛れると思うなよ」


 師匠の言葉は、低く、重く、夜の森の空気を震わせた。  

 背後にそびえる銀竜の威圧感にさえ一歩も引かぬ、かつての近衛騎士団長の威厳。


「…………」


 シオン・ハルフォードは、わずかに目を細めた。  

 嘲笑も怒りもない。

 ただ、目の前の老いた騎士が放つ「本物の圧」に対し、彼は無言のまま、銀槍を握る手に力を込めた。


「……我が主が求めているのは、そこの『赤黒き稲妻』だけだ」


 シオンの視線が、再び僕へと固定される。  

 一切の温度を感じさせない、冬の湖のような瞳。


「そなたの価値、その身で示せ」


 彼が槍を水平に構え直した刹那。  

 周囲に満ちていた白銀の燐光が、一気に槍の穂先へと収束し、激しく渦巻いた。


(――来るッ!!)


 空気が爆ぜるような予感。

 僕を庇うように一歩前に立つ師匠の背中が、さらに深く踏み込もうと沈み込む。

 同時に、後ろのミレイユさんも僕を突き飛ばして前に出ようとする気配がした。


 でも、今ここであの大きな背中に隠れたら、僕は一生、自分を許せなくなる。


「二人とも、下がってて! ……僕が、やるんだッ!!」


 叫びながら、僕は師匠の脇をすり抜け、さらにその一歩前へと躍り出た。  


 左手の指先に残る「熱」に全神経を集中させる。


 一日中、黄金の光を灯し続けたあの感覚。

 魔力の微かな揺らぎを、指先で、肌で、そして空気の震えで感じ取る――あの修行の時間が、僕の感覚を無理やり研ぎ澄ませていた。


 左斜め前。  

 空気を切り裂く、針のような鋭い風。


(――そこだッ!)


 僕は『黒鋼の剣』を、力任せではなく、ただ一点――槍の穂先が通るであろう軌道へ、置くように突き出した。


 ガギィィィィンッ!!


 鼓膜を突き破るような金属音が夜の森に響き渡る。  

 火花が散り、腕を通して脳まで揺れるような衝撃が走った。


「……ぐ、あああああッ!!」


 足が地面を削り、数メートル後退させられる。  


 けれど、剣は折れていない。

 僕の体も、まだ繋がっている。


 砂塵が舞う中、シオンの突きを、僕は確かに――剣の腹で逸らしていた。


「……ほう」


 シオンが、わずかに眉を動かした。  

 その瞳に、初めて微かな「驚き」の色が混じる。

 

 ただの付け焼き刃ではない。

 その受け流しには、一朝一夕では身につかない『芯』が通っているのを感じていた。


「……聖教会の『騎士』として、貴公の足掻きに応えよう」


 シオンが槍を静かに立て直し、一歩を踏み出す。

 その歩調は、先ほどよりもさらに無駄がなく、洗練されていた。

 地面を蹴る音さえせず、ただ死の気配だけが滑るように近づいてくる。


 僕は荒い息を吐きながら、痺れる両手で再び剣を構え直した。  


 手首が折れそうだ。

 全身の筋肉が、限界を超えた負荷に悲鳴を上げている。

 でも、心は不思議と静かだった。


(見える。……今なら、まだ、ついていける)


 四年間、師匠に叩き込まれた基礎。  

 そして今日一日、左手の光を絶やさぬために研ぎ澄ませた集中力。  

 それらが今、泥臭い『生存本能』となって、僕の感覚を極限まで押し上げていた。


 シオンが槍を翻す。  

 一撃目が「点」なら、二撃目は「線」の連撃。  


 空気を切り裂く鋭い音が幾重にも重なり、僕の視界を銀色の閃光が埋め尽くした。


(――速いッ! だけど……!)


 僕は地面を蹴り、紙一重でその刺突を躱す。  

 同時に、躱しきれない数多の「光」に対し、僕は黒鋼の剣を盾のように振るった。


 ガガガガッ、と凄まじい衝撃が両腕を突き抜ける。  

 シオンの槍は、一突き一突きが岩をも穿つ重弾だ。

 僕はそれを力で止めようとはせず、剣の「腹」で滑らせ、わずかに軌道を逸らすことに全神経を注ぐ。


 首筋、脇腹、太腿。  

 狙い澄まされた銀の穂先が、僕の急所を掠めていく。  

 そのたびに旅装が裂け、火花が散り、頬をかすめる風がナイフのように肌を切った。


 けれど、届かない。  

 黄金の光を灯し続けたあの集中力が、網の目のように張り巡らされた攻撃の隙間を、スローモーションのように僕の脳内に映し出していた。


 一歩、最短距離で踏み込み、槍の石突きの返しを剣の柄頭つかがしらで弾く。  


 再び繰り出される刺突を、剣を垂直に立てて受け流す。

 金属同士が擦れ合う悲鳴が、僕の鼓動と同期していく。  


 僕は死の舞踏の中で、かろうじて自分の命を繋ぎ止めていた。


「…………」


 シオンの動きが、ふと止まった。    

 槍を構えたまま、彼は僕の瞳を、逸らすことなく射抜くような鋭さで見据える。


 その眼差しは、もはや獲物を検分する冷徹なものではない。

 一人の騎士として、目の前の少年が放つ「意志」の正体を見定めようとする、凄まじい圧力を孕んだものだった。


「……その瞳、気配を捉えているな」


 シオンの短い言葉。  

 それは驚きというより、淡々とした事実の確認だった。  

 彼は槍を片手で回し、その石突きを地面に突き立てた。


「物理的な回避が通用せぬ領域へ、踏み込ませてもらおう」


 シオンが空いた左手を天に掲げる。  

 その指先に、周囲の燐光が恐ろしい密度で収束し始め、空気が凍てつくような音を立てて軋んだ。


 先ほどの『聖痕の刻印(スティグマータ)』が、次は攻撃の意志を持って、白銀の雷光へと姿を変えていく。


(――マズい、これは……!)


 師匠の顔が強張るのが、背後でもわかった。


「――『聖別の雨(ジャッジメント・レイ)』」


 シオンの宣告と共に、空を埋め尽くした光の矢が、逃げ場のない速度で降り注ぐ。

 


 師匠が、ミレイユさんが、僕を庇おうと動くのが見えた。


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