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【絶望から始まる英雄譚】呪われた右腕が輝く時、世界は彼を『王』と呼ぶ 〜半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零
第二章 継がれし希望

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第43話 器を鍛えよ


 翌朝、僕を待っていたのは「修行」という名の地獄だった。


 川沿いの岩陰で一夜を明かした僕たちは今、街道から少し外れた林の中にいた。


 近くには小さな村があるらしく、風に乗って鶏の鳴き声や、のどかな鐘の音が聞こえてくる。

 昨日の死闘が嘘のような、穏やかな朝だった。


 しかし、その穏やかな空気の中、僕の隣で立つ師匠の背中からは、鋭く冷徹な殺気が立ち上っていた。

 

 木々に囲まれた薄暗い林の中で、師匠はただじっと、石像のように佇んでいる。


「師匠、どうしたんですか……?」


 あまりの殺気に、僕は思わず口を開いた。


「アレン。私は今、この林のすべてを『斬って』いる」


「え……?」


「半径百メートルの風の揺らぎ、虫の羽音……そして、生き物が発するわずかな熱と殺気。そのすべてを、一瞬の隙もなく知覚し続けている。……今の私は、一羽の鳥が羽ばたこうと筋肉を震わせた瞬間に、その首を落とせる状態を維持しているのだ」


 よく見れば、師匠の額からは絶え間なく汗が流れ落ちていた。

 微動だにしないその足は、まるで地面へ深く根を張るような、異様な重みを持っている。


「本来、ドバルガス程度の魔族、全盛期の私であれば一撃で首を撥ねていたはずの相手だ。……だが、認めねばならん。十六年という月日は、あまりに長く、穏やかすぎた。私の体はいつの間にか老い、錆びつき、あのような雑兵にさえ遅れをとるほどに、衰えていたのだ」


 師匠の拳が、みしりと音を立てて握られる。


「技を出す瞬間、膝が笑った。剣を引く瞬間、肺が悲鳴を上げた。昨日膝をついたのは、ドバルガスが強かったからではない。私が、ただの老いぼれに成り下がっていたからだ。……だが、アレン。お前がその両腕で未来を切り拓くというのなら、私はこの老骨に鞭打ち、人としての限界を超えた『絶対の盾』にならねばならん。過去の自分を超えるための、これが最後で最大の修行だ」


 その張り詰めた空気は、「絶対に一歩たりとも敵を通さない」という強烈な意志を伝えていた。


 そこへ、ガサリと草木を分ける音がした。  

 村へ買い出しに行っていたミレイユさんが、両手に溢れんばかりの荷物を抱えて戻ってきたのだ。


「……何、朝から二人でピリピリやってんのさ」


 ミレイユさんは、僕の目の前に新調したばかりの巨大な革袋をドサリと投げ捨てた。


「ほら! さっさとこれ担ぎな!立ち止まったら置いてくよ!」


 目の前に放り出された革袋の中には、保存食の干し肉、水袋、野営用の毛布……さらには嫌がらせのように、大きく重い岩や研ぎ石まで詰め込まれている。


 自分の体重ほどもあるそれを背負おうとすると、昨日癒えたはずの全身の筋肉が、一斉に悲鳴を上げた。


「……ミレイユさん、これ……本気、ですか……?」


「当たり前でしょ。あんたの『器』を鍛えるって決めたんだ。筋肉が魔力の負荷に負けてちゃ、話にならないんだよ。戦士の基本は脚、それから体幹だ。当分の移動はずっとこれで行くから。いいね?」


 ミレイユさんは涼しい顔で、まだ薄暗い街道の先を指差した。

 師匠もまた、僕の背後から厳しい視線を送っていた。


「アレン。ただ歩くのではない。移動中、常に左手から微量の光を出し続けろ。一瞬でも消えれば、それはお前の死を意味すると思え」


(えっ、左手の、修行……?)


 僕が疑問を口にしようとすると、師匠は僕の心を見透かしたように言葉を継いだ。


「アレン。お前は『右手の力さえあれば戦える』と考えているのではないか?」


「……はい。あの稲妻があれば、魔族だって……」


「馬鹿を言うな」


 師匠の冷徹な声が飛ぶ。


「今のお前の右手は、抜けば自分まで斬り裂く錆びた大剣だ。出力を絞ることも、狙いを定めることもできん。まずは左手の『穏やかな光』を指先に繋ぎ止め、魔力の流れを細く、長く制御する術を覚えろ」


 横からミレイユさんが、僕の倍はあろうかという巨大な荷物を片手でひょいと肩に担ぎ直し、鼻で笑った。


「火力のデカい魔法なんてのは、結局ただの『爆発』だよ。本当に強いのは、その火種を消さずに、針の穴を通すように扱える奴さ。……いいから、とにかく光を消すんじゃないよ。消えたら即、アタシの拳が飛んでくると思いな!」


「……っ、はい……! というか、ミレイユさん、その荷物……僕のより、ずっと……」


「あぁ、これかい? アタシも改めて修行のしなおしさ。どうにも、このままじゃアレンの足手まといになりそうだからね。筋力をつけつつ、体全体の魔力の流れをもっと極めなきゃいけない。アタシも歩きながら常に『魔力循環』の修行だよ」


 彼女は事もなげに言ったが、その全身からは、以前よりも密度の高い、張り詰めたような気迫が漂っている。  


 魔族との混血である彼女は、魔力を肉体の「潤滑油」や「強化材」として使う。

 その精度を歩きながら、しかもこの重荷を背負って高めようというのだ。


「……ミレイユさんまで……」


「あんたのあの稲妻を見たあとで、のんびり歩いてられるほどアタシの心臓は図太くないんだよ。……ガルドもそうだろうけどね」


 ミレイユさんがちらっと師匠を見ると、師匠はフンっと鼻を鳴らした。  

 否定もしなければ、肯定もしない。

 だが、その鋭すぎる眼光が何よりも雄弁に物語っていた。


 自分より遥かに強い二人が、自分より遥かに厳しい課題を自らに課している。  

 泣き言なんて、言っている余裕は一ミリもなかった。


 僕は歯を食いしばり、肩に食い込む重みに耐えながら、指先に灯した黄金の光を必死に繋ぎ止め、歩き出した。



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