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【絶望から始まる英雄譚】呪われた右腕が輝く時、世界は彼を『王』と呼ぶ 〜半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零
第二章 継がれし希望

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第42話 継がれし聖なる光


 バルディアの森を抜け、川沿いの岩陰で焚き火を起こした時には、もう夕方だった。


 オレンジ色の残光が、パチパチとはぜる炎と混ざり合い、僕たちの影を長く引き延ばしている。


 ミレイユさんが、手慣れた様子で師匠の傷口に新しい包帯を巻いていた。  

 その横で、僕は自分の左手をじっと見つめていた。


(……右腕があれほど熱かったのに、こっちは、こんなに静かで……温かい)


「アレン、どうかしたのか?」


 アレン様、と呼びたいのをぐっと堪えるように、師匠が掠れた声で問いかけてきた。  

 僕は視線を左手に落としたまま、おもむろに師匠へと歩み寄る。


「いや、なんか……右腕の力を受け入れた時に、感じたんだ。あっちが『壊す力』だとしたら、こっちには、別の何かが流れてる気がして」


「……別の何か、だと?」


 師匠が怪訝そうに眉を寄せる。  

 僕は膝をつき、ミレイユさんが処置を終えたばかりの、師匠の骨折した脇腹にそっと左手をかざした。


「おい、アレン。そこはまだ――」


 ミレイユさんの制止の声が耳に届く前に、僕は目を閉じた。  


 右腕に宿るあの赤黒い衝動とは真逆の、深く、穏やかな『波』を左手の奥から引きずり出す。


『届け……。師匠の痛みを、消してくれ……!』


 その瞬間、僕の左の掌が、夕闇を優しく押し返すような淡い黄金色の光を放ち始めた。


 それは右腕の稲妻のように空間を焼き切る熱ではなく、凍えた体を包み込む陽だまりのような、どこまでも穏やかな温もりだった。


「……あ、ああ……」


 師匠の口から、魂が漏れ出したような声がこぼれる。  

 彼が見つめているのは、自分の痛みを消していく魔法そのものではない。

 僕の左手が放つ、その「光の色」だった。


「この……清らかな光の波導。間違いない……エレナ様、あなたの……」


 師匠は震える手で、僕の左手に触れようとして、恐れ多いと言わんばかりにその手を止めた。


「アレン、お前の中には……エレナ様の力も流れていたのか。……『光』と『聖』、その二つの属性を極限まで極めた伝説の御方の力が……」


 傍らで見ていたミレイユさんが、信じられないものを見るように息を呑む。  


 本来、魔法の素質を持つ者は千人に一人と言われている。

 さらにその選ばれた者たちが、血の滲むような修行の果てに、ようやく一つの術を形にする。


 それがこの世界のことわりだ。  


 魔法とはそれほどまでに遠く、重い『力』であるはずだった。


 それを、この少年は――。  

 理屈も修行も飛び越えて、ただ『願い』だけで、無意識のうちに聖なる極致を引き出している。


「……右腕に『魔』、左手に『聖』か」


 師匠は天を仰ぎ、涙をこらえるように目を閉じた。


「正反対の極致を宿すなど、本来は人の身に許されぬこと。……だが、これほど美しく、力強い光があるだろうか」


師匠は、僕の左手から溢れる黄金の輝きを、祈るように見つめた。


「お前の両手に宿るその光と闇こそが、エレナ様とディオス様が確かに愛し合い、一つになった証だ。アレン、お前は……二人の願いが結実した、生きた『奇跡』なのだ」


 黄金の光はやがて静かに収まり、師匠の傷は骨の軋みさえ残さず完全に消え去っていた。  


 僕は自分の両手を見つめる。


 右手には父さんの破壊の力が、左手には母さんの慈愛の温もりが、確かに同居している。


 深い静寂が訪れ、ただ焚き火の爆ぜる音だけが夜の森に溶けていく。  


 不意に立ち上がった師匠が、僕の肩に大きな手を置いた。


 その温もりは先ほどまでと同じだったが、ふと顔を上げた時、師匠の瞳には先ほどまでの感傷を完全に振り払った、厳しい武人としての光が宿っていた。


「……だが、アレン。浮かれてはいられんぞ。その『奇跡』を御するには、今のままではあまりに足りん」


「え……?」


「二つの太陽を一つの体に収めるのは、至難の業だ。今の未熟な肉体では、その強大すぎる力の負荷に耐えきれず、いずれ内側から崩壊しかねん」


 隣で見ていたミレイユさんが、神妙な面持ちで口を開いた。


「……ガルドの言う通りだよ。アタシは魔法の理屈は専門外だけど、今のあんたを見てると、細い糸で巨大な岩を吊ってるような危うさを感じる。……ドバルガスに勝ったからって、浮かれてる暇はないみたいだね」


「……器を、鍛えなきゃいけないんですね」


 僕が呟くと、師匠は力強く頷いた。


「左様。ただ戦うだけではない。その『魔』と『聖』、相反する二つの力を御し、真の調和へと導くための器……。アレン、これからは今まで以上の死線が待っている。お前の魂を、そして肉体を、この両極の嵐に耐えうる強靭な鋼へと鍛え上げねばならん」


 僕は拳を握りしめた。  


 父さんと母さんが遺してくれた、この右手と左手。  


 その重さに負けない自分になるために。



「……やってやります。どんな修行でも」



 夜の帳が降りる中、僕たちの旅は「生き残るための逃亡」から、「宿命を背負うための試練」へと姿を変えた。




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