第39話 守るための覚醒
彼女は戦いから目を逸らさず、恐ろしいほどに冷静な瞳で戦場を見つめていた。
「ダメって、どういうことですか!? 師匠は互角に戦って――」
「ガルドの動きがもう鈍ってきてる。あいつは一人であの化け物の重圧を捌き続けてるんだ、当然だよ。でも、ドバルガスはまだまだ力を温存してるね。……アタシが加勢してもどっこいどっこい。これに確実に勝つには、アレン、あんたの力がいる」
ミレイユさんが僕の右腕を掴み、鋭い口調で畳み掛ける。
掴まれた腕から、彼女の真剣さと、わずかな焦りが伝わってくる。
「バルディアの門を破壊したときのような力を――ガラからアタシを助けてくれた、あの力を、今ここで出すんだよ」
ミレイユさんの言葉が、僕の背筋を凍らせた。
あの時のこと。
あの力。
「……わからないんだ。どうやってやったのか、自分でも全然……! あの時は、ただ無我夢中で……」
「――考えなくていい、感じるんだ!」
ミレイユさんは僕の右腕を掴む手に、さらに力を込めた。
「あんたの右腕は、すでに答えを知ってる。その腕に渦巻いているのは、世界の理を食い破る『魔王の力』の欠片だよ。それを抑え込もうとするのをやめて、ただ剣へ導くだけでいい」
ガキンッ、という激しい音。
視線の先では、師匠の剣がドバルガスの重圧に耐えかね、火花を散らしながら押し込まれている。
師匠の足元の地面は、耐えきれぬ圧力でクモの巣状にひび割れていた。
「アタシは普段から、必要な場所に、必要な分だけ魔力を回して戦ってる。地を蹴る足、振り抜く腕、そして剣先――刹那の瞬間に全魔力を一点へ流し込む。それがアタシの戦法だ」
ミレイユさんが僕の右腕を掴む手に、ギリギリと力がこもる。
「アタシみたいな半端者にできるんだ。……その右腕に『規格外』を宿したあんたに、できないはずがないだろ? その力を飼い慣らしてみな。そうすりゃ、あんたは誰にも届かない場所へ行ける。 ――ガルドの命を繋げるのは、世界で唯一、あんたのその力だけだよ!」
「……っ!」
ミレイユさんは、まるで小さな弟を慈しむように、僕の頭をポンと叩いた。
「……大丈夫。あんたなら、できるよ」
その言葉を最後に、彼女は弾丸のような速さで戦場へと跳んだ。
「さあ!そこをどきな、デカブツ!!」
ドォォォォンッ!!
大剣と剛腕が正面から衝突し、周囲の空気が爆ぜる。
三メートルもの巨軀を誇るドバルガスが、ミレイユさんのたった一撃で数メートルも押し戻された。
「なっ……なんだと、この女ァ!?」
「悪いわね。あの子が準備できるまで、私が遊んであげるわ」
ミレイユさんが不敵に言い放つと同時に、師匠が音もなくドバルガスの背後へと回り込んでいた。
「小癪な真似をォ!」
ドバルガスが背後の師匠をすり潰そうと、巨大な裏拳を叩きつける。
だが、その一撃が届く直前。
「――そうはさせないよッ!」
正面からミレイユさんが地を蹴った。
全魔力を瞬時に「脚」へ。
爆発的な加速で距離を詰め、振り下ろされるドバルガスの剛腕に、下から大剣を叩きつける。
ガギィィィンッ!!
刃と棘が激突し、火花が散る。
力比べでは負けるはずのミレイユさんだが、衝突の瞬間、彼女の魔力は「腕」へと移動し、怪物の怪力を真っ向から弾き飛ばした。
わずかに浮き上がったドバルガスの巨体。
その一瞬の隙を、師匠が見逃すはずがなかった。
「シッ……!」
鋭い呼気とともに、師匠の細い剣が閃く。
ドバルガスの膝裏、そしてアキレス腱。
防護が手薄な一点を正確に射抜き、深い斬撃を刻み込む。
「ギァァッ!? この虫ケラどもがぁッ!」
怒り狂ったドバルガスが、全身の棘から無差別の黒い放電を放った。
師匠は「無」の影となってその間をすり抜け、ミレイユさんは大剣を盾に、魔力を「防御」へと一点集中させて耐え凌ぐ。
ミレイユさんが盾となり、剛力を受け止め、注意を引きつける。
その隙を師匠が刺し、削り、絶望的な力の差を技術で埋めていく。
二人の『猛者』による、完璧なまでの共闘。
それは、一秒の遅れも許されない、死線の上で踊るような美しささえ感じる連携だった。
だが――その背中越しに、僕は見た。
二人の息が、わずかに乱れ始める。
対して、怪物の瞳には依然として、底知れない暴力の熱が宿っていた。
(――なにをやってるんだ、僕は!)
自分の不甲斐なさに、激しい怒りが突き上げてくる。
僕は――。
守られるだけの子供でいるのは、もう、おしまいにしよう。
すべてを、守る。
二人を、この場所を。
ぎゅっと強く握りしめた右腕を見つめ、僕は心の底から、内なる深淵へ向かって叫んだ。
(……来い、来い!応えてくれ。僕はもう、迷ったりしない。
行こう。……共に!!)
その瞬間、右腕の奥底で眠っていた『力』が、歓喜に震えた。
ドクンッ!!




