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【絶望から始まる英雄譚】呪われた右腕が輝く時、世界は彼を『王』と呼ぶ 〜半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零
第二章 継がれし希望

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第38話 追跡者の重圧

 木々が生い茂り、わずかな光が差し込むだけの薄暗い森。  

 その闇の奥に、異様なシルエットが浮かんでいた。


 それは、小高い丘がゆっくりと近づいてくるような、圧倒的な質量の圧迫感。


「――っ!?」


 いち早く反応したのは、師匠だった。


 僕が声を上げるよりも早く、視界を遮るようにして師匠の背中が割り込む。


「……ミレイユ、アレンを頼む」


 鋭く、そして地を這うような低い声。

 僕を背後に庇いながら低く構えた師匠の体からは、かつてないほどの濃密な殺気が溢れ出していた。    


 近づくたびに、チリ……チリ……と金属が擦れあう耳障りな音が大きくなる。


「……ようやく見つけた。ずいぶん探し回ったぜ」


 どしん、と地響きを立てて、その「丘」が闇から姿を現した。


 三メートルはある巨体を包むのは、鈍い光を放つ鋼のような、どす黒い皮膚。

 その全身には凶悪な黒いスパイクがびっしりと生え、彼が呼吸し、筋肉を震わせるたびに、チリ……チリ……と耳障りな音を立てる。  

 それは、周囲の空気を切り刻むような、不吉な鳴動だった。


「……ザディルが放った追手か?」


 師匠の声は、凍てつくほどに冷たかった。  

 僕を背後に庇いながらも、その視線は目の前の怪物から一瞬たりとも離れない。


「――あァん? 人間風情が、あの方を呼び捨てにするんじゃねぇよ」


 ドバルガスが鼻を鳴らすと、熱を帯びた吐息が霧のように吹き出した。  

 彼は見下ろすように視線を動かし、師匠の顔を見て、醜悪に口角を吊り上げた。


「……お前がガルドか。クカカッ、ようやく拝めたぜ。ザディル様が懐かしがっていたぞ? 『あの死に損ないを、生きたまま引きずってこい』ってよォ!」


「……死にぞこない、か」


 師匠がその言葉をなぞるように低く呟いた。  

 握りしめた剣の柄が、ミシミシときしむ音を立てる。  

 その背中からは、鋭利で重たい殺気が立ち昇っていた。


「アレン、ミレイユ! 下がれ!」


「でも、師匠――!」


「逃がすかよォ!!」


 その巨躯がバネのようにしなり、空気が爆ぜる。  

 反射的にミレイユさんが僕の首根っこを掴んで後方へ跳び、それと同時に、師匠は衝撃の渦中――前方へと地を蹴った。


 わずか一秒前まで僕たちがいた場所。  

 そこへ、ドバルガスの巨大な拳が隕石のような重圧で叩きつけられた。


 ドォォォォンッ!!


 鼓膜を激しく揺さぶる爆音。  

 地面は一瞬でクレーターのように陥没し、爆ぜた土塊つちくれ石飛礫いしつぶてが弾丸となって周囲の木々を無残に削り取る。


「……あぶないねぇ。あと一秒遅れてたら、みんな揃ってお陀仏だったよ」


 着地の衝撃を逃がしながら、ミレイユさんが鋭い視線を向けたまま呟く。  

 僕を背後に庇うように立つ彼女の横顔には、ひと筋の冷や汗が流れていたが、その手は大剣の柄をしっかりと、微塵の震えもなく握りしめていた。


「クカカッ! よそ見してんじゃねえぞォ、ガルドォ!」


 空気が爆ぜるような音を立てて、三メートルの「小高い丘」が地を蹴った。


 その巨体からは想像もつかない瞬発力。

 一気に距離を詰めたドバルガスは、黒い棘がびっしりと生えた丸太のような右腕を、ハンマーのごとき勢いで師匠へと振り下ろす。


「シッ……!」


 師匠が抜き放った剣が、斜めにその一撃を迎え撃つ。  


 ギィィィィィンッ!! と、耳の奥が焼けるような金属同士の激突音が森に響き渡った。


「――っ!?」


 凄まじい衝撃波が円状に広がり、周囲の草木がなぎ倒される。  

 師匠はドバルガスの圧倒的な質量を真っ向から受け止めていた。

 だが、重圧に耐えるその両足は地面を深くえぐり、足首まで沈み込んでいる。


「へぇ、受けるかよ! なら、これはどうだッ!」


 ドバルガスがさらに身を乗り出し、全体重を剣に浴びせかける。  

 全身のスパイクがチリチリと歓喜に震えたかと思うと、その一本一本から、どす黒い魔力が激しく放電を始めた。


「ガルドォ! その細い剣ごと、すり潰してやるぜぇッ!!」


 バチィッ!! と黒い火花が散るたびに、ドバルガスの丸太のような腕が、一回り膨れ上がったかのように膨張する。


「――っ!?」


 師匠の足元が、さらに深く抉れる。  


 ギィィィィィ……! と、悲鳴を上げる師匠の剣。  


 ドバルガスは魔力のブーストによって、文字通り「回避不能な暴力の塊」となって師匠を押し潰そうとしていた。



 だが――。


「……甘いな」


 師匠の口角が、わずかに吊り上がった。    

 次の瞬間、あんなに激しく鳴り響いていた剣と剣の軋み音が、ふっ、と消えた。


「――っ!? なにっ!?」


 手応えの消失に、ドバルガスの目が驚愕に見開かれる。  


 師匠は、押し込まれる力を「耐える」のではなく、あえて一瞬だけ完全に「脱力」したのだ。    

 支えを失ったドバルガスの巨体が、自ら放った爆発的な魔力ブーストと全体重の勢いのまま、前方にのめり出す。  

 師匠はそのわずかな隙間へ、流れるような動作で半身を滑り込ませた。


「力に頼れば、その力に殺される。……基礎中の基礎だ」


 耳元で囁かれた冷徹な声。  

 ドバルガスが振り向きざまに拳を振るうが、そこに師匠はもういない。    


 師匠はまるで「無」の影のようにドバルガスの懐を通り抜け、すれ違いざま、その無防備な脇腹へ向けて、鋼の刃を閃かせた。


 ギィィンッ!!


 火花を散らし、ドバルガスの硬質な皮膚が初めて深く、鮮やかに切り裂かれる。


「ガアアアァッ!!」


 苦悶の咆哮を上げる怪物。  


「くそッ! ちょこまかとゴミがぁぁッ!」


 ドバルガスが吠え、休む間もなく連撃を繰り出す。  

 振り下ろされる丸太のような剛腕。

 それを紙一重でかわし、鋭いカウンターを叩き込む師匠。  

 火花が飛び散り、空気が震え、地面が次々と爆ぜていく。


「すごい……」


 目まぐるしく入れ替わる攻防。  

 あの怪物のようなドバルガスを相手に、師匠は一歩も引かずに渡り合っている。


 僕の胸の中に、確かな希望が灯った。  



 ――師匠ならきっと勝てる。



「……ダメだね、これは」


 前に立つミレイユさんの、冷徹な一言が僕の希望を切り裂いた。  


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