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【絶望から始まる英雄譚】呪われた右腕が輝く時、世界は彼を『王』と呼ぶ 〜半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零
第一章 呪われた右腕

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第32話 その血に流れる、二つの頂点

 

 重苦しい空気が漂う中、僕はゆっくりと口を開いた。


「僕の……血の、真実?」


「ああ。お前もわかっているとは思うが、その体の中には魔族の血が流れておる。だが、それはただの魔族ではない」


 師匠は一呼吸置き、僕の目を真っ向から見据えた。


「お前の父君は……かつて人間との和平を望んだ、気高き魔族の長――『魔王ディオス様』じゃ」


「――っ!?」


 心臓が跳ね、声にならない悲鳴が喉の奥で氷ついた。


「はあぁぁ!? おい、冗談だろ、じいさん……っ!」


 ミレイユさんが、痛みも忘れたように身を乗り出した。  

 けれど、叫んだきり、彼女はそれ以上の言葉を継ぐことができなかった。

 鋭い瞳は驚愕に見開かれたまま、ただ呆然と師匠を凝視している。


 魔王。人類の敵。恐怖の象徴。


 それが、僕の父親?


 あまりに現実味のない言葉に、頭が拒絶反応をおこす。

 けれど、師匠の瞳には嘘偽りのない、どこまでも真剣な光が宿っていた。


「……アレン。この国は長らく、魔族と互いの生存領域を巡って血を流し続けてきた。聖教会の軍勢も、わしら騎士団も、その泥沼の戦場に身を投じておった。

 ……だが、ある時を境に戦局は一変したのじゃ」


 師匠は、かつての戦場を思い出すかのように目を細めた。


「戦場に、常識を塗り替えるほどに強大な力を持つ、一人の魔族が現れた。数多の戦場で戦慄すべき戦果を重ね、やがて代替わりを経て王座に就き、歴代最強の魔王として恐れられた男……。その者こそが、『魔王ディオス』だ。……わしら人間にとって、あの方は文字通り『死の象徴』であった」


 師匠はそこで一度言葉を切り、どこか遠くを見つめる。


「だが、その『最強の魔王』が王座に就いて真っ先に成したことは、人類の殲滅ではなく――全軍への即時撤退命令と、和平への呼びかけだったのじゃよ」


 ……和平?


 史上最強と恐れられた魔王が求めたのが、血を流し合うことではなく、手を取り合うことだった?


 言葉を失う僕の内で、右腕がドクンと、一度だけ大きく脈打った。

 まるでその言葉が真実であることを、血が肯定しているかのように。


 その時だ。  

 ふと視界の端で、ミレイユさんの瞳が見たこともないほどキラキラと、喜びに満ちた熱を帯びて輝いているのが映った。


 けれど師匠は、その変化に気づく様子もなく、ただ真っ直ぐに僕を見つめ、静かに言葉を継いだ。


「アレン。かつてこの大陸には、魔物が完全に姿を消した十年間があったことは知っておるな?」


 僕は師匠に向き直り、記憶の底にある「教え」を辿りながら答えた。


「……はい。リムル村の司祭様に聞きました。僕が生まれた辺りまで、魔族も魔物すらいない『空白の十年』があったって。それは、戦いに心を痛めた聖女エレナ様が捧げた『至高の祈り』が奇跡を起こしたからだと……」


 リムル村には、小さな教会があった。  

 司祭様はいつも穏やかな微笑みを湛えながら、エレナ様の奇跡を、僕たちに向けられた慈愛を忘れてはいけないと説いていた。  

 だから僕も、村の人たちも……毎日、あの小さな教会で、エレナ様の肖像画に祈りを捧げていたんだ。


 けれど――師匠の瞳に宿ったのは、そんな僕への憐れみと、聖教会への激しい憤りだった。


「それが『聖教会』の吐いた、最大の嘘なのじゃ」


 その声は低く、けれど地を這うような深い憤りを孕んで、薄暗い洞窟の壁に反響した。


「今から二十六年前、ディオス様は和平の誠意を示すために、魔族の進軍を完全に止められた。……あの方は魔王として人間への加害を厳禁し、対話を呼びかけ続けたのじゃ。戦が止んだのも、魔物が消えたのも、決して『祈り』の成果などではない。魔王自身が、自ら剣を収めたからに他ならん」


 師匠は一呼吸置き、苦々しげに言葉を継ぐ。


「しかし『死の象徴』と恐れていた魔王からの和平など、急に突きつけられても、到底、信じられるはずもなかった。……わしらは、それが魔族の罠ではないかと疑い、ただ疑心暗鬼に陥っておったのだ」


 師匠は苦々しく、当時の歪な空気感を思い出すように目を細める。


「……だが、進軍は止まり、魔物の姿も消えた。王がようやく和平への確信を得たときには……もう、すべては遅すぎたのだ」


 師匠は苦々しく、吐き捨てるように言葉を継いだ。


「聖教会は、王が和平の事実を公表するより先に、国中に触れ回っておった。 『聖教会の英雄、第一王女エレナ様の至高の祈りが天に届き、魔を退けた。これこそがルミナス神の奇跡である』とな」


「……ハッ! 魔王が和平のために引いた兵を、自分たちの功績にしたってことか。聞いてるだけで虫酸むしずが走るね」


 ミレイユさんが鼻で笑い、忌々しそうに吐き捨てた。


「……そんな中でも和平交渉は進められていた。聖教会の激しい制止を振り切ってな。この『エルディアーナ聖王国』の王もまた、ディオス様の手を取ろうとなされていたのじゃ。たとえ国教である教会の不興を買おうとも、戦に疲れ果てた民を思えば、それ以外に道はないと。だが――その『王の英断』は、聖教会にとっては許しがたい『暴挙』であった」


「どういうこと?」


「アレン。奴らが崇めているのは『まほうの創造神・ルミナス』。魔法を使える自分たちこそが神に選ばれた世界の頂点であり、正義だと信じて疑わぬのじゃよ。  この世界で魔導の素質を持つ者は千に一人と言われ、そこから血を吐くような修行を重ねて、ようやく魔法を扱えるようになるのが道理。その希少性こそが奴らのプライドの源泉であり、持たざる者を支配する免罪符でもあった」


 師匠の声には、かつてその組織の近くにいた者としての、深い嫌悪が混じっていた。


「もし戦が終われば、教会の『魔を討つ救世主』としての存在意義は不要になる。奴らにとって、平和とは救いではなく、支配者としての『失職』を意味しておったのじゃ。 それに何より、奴らは耐えられなかったのじゃよ。平和が訪れ、自分たちがずっと『下に見ていた』はずの者たち……魔法すら使えぬ民草から、必要とされなくなることがな。 常に英雄として仰ぎ見られ、すがられ、支配していなければ、その肥大化した自尊心を保てぬのじゃ。  ……だから奴らは、魔王が差し出した和平の手を『卑劣な欺瞞ぎまん』だと断言し、闇に葬った。自分たちが世界の主役であり続けるために、嘘の神話を作り上げたのじゃよ」


「……反吐が出るね」


 ミレイユさんが、包帯の巻かれた肩を動かしながら、忌々しそうに吐き捨てた。


「街の教会に行きゃあ、司祭の野郎どもが毎日毎日、魔を憎み排除しろだの、聖女様の祈りに感謝しろだの、奇跡を忘れるなだのと説教垂れてやがった。……あれは全部、自分たちに都合のいい話に書き換えるためだったってわけかい」


「左様。だが――その欺瞞ぎまんに満ちた世界の裏側で、ディオス様が抱いた理想に共鳴し、魔王と共に歩んだ一人の女性がいた」


 師匠はそこで一度言葉を切り、慈しむような、けれどどこか切ない瞳で僕を見つめた。


「さっきも言ったが、魔道の素質を持ち、それを自在に操れるようになるだけでも並大抵のことではない。ましてや一つの系統を極めることすら、一生を捧げるに値する『選ばれし者の極致きょくち』なのじゃ。

 ……だが、エレナ様はその極致すらも、いとも容易く超越しておられた」


 師匠の声は、かつてその背中を追った戦士としての熱を帯びていく。


「あの方は、癒しと鎮魂を司る『聖』、そしてすべてを焼き払う極大の破壊力を持つ『光』……その二系統を史上初めて極限まで極められたのじゃ。肖像画の中で祈る姿など、あの方の真実の欠片かけらでしかない。  エレナ様は常に軍の先頭に立ち、自ら剣と魔導を振るって戦場を駆け抜けた、本物の戦士であったのじゃよ」


 肖像画の中でおしとやかに微笑んでいた、あの美しい聖女様が。  

 血煙の舞う最前線で、戦っていた……?


「その強すぎる力ゆえに、教会はエレナ様を『祈りの偶像』として祭り上げ、都合よく利用したのじゃよ。『聖女』などという、耳当たりの良い称号を与えてな……。  だが、あの方が本当に求めていたのは奇跡などではない。自らの手で、この不毛な戦いを終わらせることだった。……たとえそれが、神を裏切る道であったとしてもな」


 師匠はそこで静かに呼吸を整えると、肺にある空気をすべて吐き出すように、深く、長く息を吐いた。


 それは、長年彼を縛り続けてきた「沈黙」という呪縛を、自ら解き放つかのようだった。


 彼は震える僕の目を、逃げることを許さない強い意志で見据え、静かに言葉を続けた。



「……アレン。お前の母は、そのエレナ様なのじゃよ」





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