第26話 禁忌の片鱗、消失の城門
僕の頭の中で、張り詰めていた何かがまた「プツン」と切れた。
(あいつら……ミレイユさんを……傷つけた……?僕を、守ったから……?)
ドクン!!
心臓が、肋骨を内側から叩くように激しく脈打ち、全身の血液が沸騰したように熱くなる。
(許さない。許さない……!僕の目の前で、これ以上……誰も傷つけさせはしないッ!!!)
包帯の下で、右腕が心臓以上の早鐘を打つ。
ただただ熱い、芯まで焦がすような真っ直ぐな力が、濁流となって僕の中へ流れ込んでくる。
視界が白く蒸発するほどの熱量。
思考は怒りではなく、大切な人を傷つけるすべてを排除しようとする、純粋な本能で塗り潰されていく。
「……どけ」
無意識に、そんな言葉が漏れていた。
それは自分の声であって、自分のものではないような――地の底から響く、冷え切った声だった。
僕は背中に手を回し、『黒鋼の剣』の柄を強く握りしめた。
瞬間、右腕から溢れ出した魔力が、マグマのような赤黒い稲妻となって剣へと流れ込んだ。
灼熱の力が柄を通して刀身へと伝播し、頑丈さが売りのはずの黒鋼が、僕の力に呼応して、ミシミシと悲鳴を上げるように震え始めた。
普通の鉄なら一瞬で溶け落ちていただろうその奔流を、黒鋼は漆黒の刃で力ずくに押し留め、一つの「破壊」へと束ねていく。
「へっ、なんだそりゃ? 光る剣なんて大道芸……」
スカブの軽口が、途中で凍りついた。
ただならぬ熱気。
鼓膜を震わす剣の悲鳴。
本能的な恐怖が、彼の喉を締め上げたのだ。
「ひ……ッ!? う、撃て! 今すぐ撃ち殺せェ!!」
スカブが裏返った声で絶叫した、その時だった。
「そこを、どけェェェェェッ!!!」
僕は絶叫と共に、黒鋼を横薙ぎに一閃した。
ズドォォォォォォォォォォンッ!!!!
空間そのものが悲鳴を上げたかのような、この世のものとは思えない轟音。
黒鋼の刃から放たれた赤黒い稲妻が、夜の闇を焼き払いながら一直線に城門へと突き刺さる。
迫りくる矢の雨は衝撃波の余波だけで消し飛び、分厚い鉄の城門が、内側から爆発したかのように弾け飛んだ。
「う、うわぁぁぁぁっ!!」
凄まじい衝撃波が、城壁を薙ぎ払った。
弓兵たちは悲鳴を上げ、まるで暴風に煽られた枯れ葉のように、次々と地面に叩きつけられる。
門の前にいた兵士たちに至っては、抵抗する間もなく宙を舞い、何メートルも後方へ弾き飛ばされた。
砂煙が晴れた後には、ぽっかりと口を開けた巨大な「風穴」だけが残されていた。
鉄の扉は跡形もなく消え失せ、石積みの枠さえもが熱で溶け落ちている。
そこにあったはずの「門」という概念そのものが、暴力的な力によって空間ごと削り取られたかのようだった。
「ひ、ひぃッ……!?」
奇跡的に風圧に耐えたスカブが、本来そこにあるはずの城門が消え去った「虚無」を見上げ、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「う、嘘だろ……? この門は、オーガの突進ですら破れなかった『鉄壁』だぞ……!?」
夜空が丸見えになった城門の跡を、彼は白目を剥きかけながら見つめ、ガタガタと歯を鳴らしていた。
「ば、化け……物……」
僕はハッとして、自分の手を見た。
黒鋼の剣からは、まだどす黒い煙が立ち上っている。
剣は僕の力を受け止めた代償に、熱で赤く、鈍い光を帯びていた。
右腕の包帯は焼け焦げ、隙間から禍々しい黒い鱗が覗いている。
指は一回り太く変形し、その先端からは、焼け残った包帯を突き破って、ナイフのように鋭い鉤爪が伸びていた。
(……やって、しまった……)
あまりの力。あまりの異形。
自分自身への恐怖で、全身の震えが止まらない。
その僕の姿を目の当たりにした瞬間、スカブの顔から血の気が完全に失せた。
彼は泥を啜るように後ずさり、地面を這いずる。
「ひ、ひぃぃ……っ!? あ、あいつ……あいつは人間じゃねぇ……!」
スカブは喉をかき毟るような、裏返った声で絶叫した。
「ま、魔族だ! 魔族だぁぁぁぁぁぁ……ッ! 殺せっ! 誰でもいい、今すぐ殺せっ! 殺せぇぇぇぇぇ!!」
その呪詛のような叫び声に、僕は心臓を直接掴まれたように固まった。
自分が最も恐れ、遠ざけてきた「魔族」という事実。
村人たちから石を投げられた時の記憶が鮮明に蘇る。
だがその時、ガシッと強い力で右腕を引かれた。
「アレン! 呆けてんじゃないよ!」
ミレイユさんの声に弾かれたように顔を上げると、彼女は血に染まった肩を抱えながらも、いつも通り不敵で――けれど、僕を丸ごと包み込むような温かく、強い眼差しで笑っていた。
「ミ、ミレイユさん……肩、血が……」
「これくらいツバつけときゃ治る! それより走るよ! 今の騒ぎで中央の衛兵や、聖教会のヤツらが来る!」
ミレイユさんは怪我を感じさせないほどの力強さで、僕の「異形の右腕」を躊躇なく掴み、前へと引く。
その手のぬくもりが、凍りついていた僕の意識を強引にこちら側へ引き戻した。
師匠も厳しい顔で頷き、僕の背中を力強く押す。
「行くぞアレン。……その力については、後でじっくり話をしよう。今は立ち止まるな」
僕たちは、穴の開いた「元・城門」を駆け抜け、外の世界へと飛び出した。
背後には、腰を抜かしたまま「殺せ」と狂ったように叫び続けるスカブの絶叫だけが、遠く、遠く響いていた。
バルディアの夜に響くその叫び声。
その絶叫を背に、僕たちは深き森の闇へと走った。




