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【絶望から始まる英雄譚】呪われた右腕が輝く時、世界は彼を『王』と呼ぶ 〜半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零
第一章 呪われた右腕

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第25話 守るための代償、切れた糸

 

 スカブと衛兵の一団が去った後の店内は、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。


 ひっくり返った椅子、床にぶちまけられた料理、そして充満する酒の匂いと割れたグラスの破片。  

 嵐が過ぎ去った後のような無残な惨状の中、残されたのは僕たち三人と、カウンターの奥で青ざめたままこちらの様子を窺う店主だけだった。


 店主は何か言いたげに口を震わせていたが、師匠が放つ凍りつくような威圧感に、抗うことすらできず立ち尽くしている。


 そんな重苦しい空気の中で、師匠が短く息を吐き、静かに口を開いた。


「――すぐにこの街を出る」  


 あの衛兵隊長スカブの、獲物を舐り回すような粘着質な視線。  

 あれは決して、金貨で諦めるような目ではなかったからだ。


「同感だね。あいつ、さっきの金貨で満足するようなタマじゃない。  朝を待ってたら、宿ごと囲まれて『魔族容疑』で一巻の終わりさ」


 ミレイユさんも肩をすくめ、賛同する。


 こうして僕たちは、休息をとることもなく、深夜の城塞都市バルディアを駆けることになった。  




 雲の切れ間から差し込む、刺すように冷たい月明かり。

 その光から逃れるように、僕たちは石畳に落ちる深い影を縫って、足音を殺し路地裏を走る。


 目指すは南門。

 そこさえ抜ければ、深い森へと逃げ込めるはずだ。


「……嫌な予感がするねぇ」  


 背後を走るミレイユさんが、大剣の柄に手をかけたまま低く呟く。


「ああ。道中に夜警が一人もおらん。……不自然じゃな。『待ち伏せ』しておるのかもしれん」


 師匠の言葉に、僕の背筋が凍る。  


 さっきのスカブ隊長の、あの粘着質な視線が脳裏に焼き付いて離れない。


(頼む、あと少しだ……。このまま門を抜けさせてくれ……!)


 そんな僕の祈りは、最悪の形で裏切られた。  



 巨大な南門の前にたどり着いた僕たちを待っていたのは、煌々と燃え盛る無数の松明の明かりと――行く手を塞ぐように半円形に展開した、数十人の武装兵たちだった。


「よう。夜逃げとは感心しねぇな、旅人さん?」


 兵士たちの中心から、スカブ隊長がニタニタと笑いながら歩み出てくる。  


「へっ……この南門を選ぶあたり、やっぱり俺の睨んだ通りだ」


 スカブは鼻をヒクつかせ、獲物を前に舌なめずりをした。


「お前ら、やっぱりただの旅人じゃねぇな?なんか臭うんだよなぁ……金を持ってるくせにコソコソしてる、犯罪者の臭いがよぉ」 


「……言いがかりだ」


「カカッ、どうだかなぁ。わざわざ魔物の出る森へ逃げようってんだからよ。ま、事実はどうでもいい。この街じゃあ『疑わしきは殺せ』がルールだ。安心しな、死体になったらその懐の『金』と『剣』は、俺様がいいように使ってやるからよォ!」


「ちっ、どこまでも欲深いハイエナだねぇ……!」  


 ミレイユさんが舌打ちし、師匠が腰の剣に手をかける。


 戦うしかないのか?  


 でも、ここで人間を相手に剣を抜けば、僕たちは本当に犯罪者になってしまう。  

 僕が迷っていると、スカブが嗜虐的な笑みを浮かべて指を鳴らした。


「抵抗するならそれでもいいぞ。『魔族の協力者』として、ここで処刑する口実ができるからな! ……やっちまえ!」


 スカブが腕を振り下ろす。  


 それが、処刑の合図だった。  


 城壁の上に潜んでいた弓兵たちが一斉に立ち上がり、弦を引き絞る音が響く。


「なっ……伏兵か!?」


「アレン、下がりなッ!」


 ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!  


 風を切り裂く音と共に、雨のような矢が僕たちに降り注ぐ。  

 避ける場所などない、絶体絶命の包囲射撃。  


 だが――僕の目の前には、頼れる二人の背中があった。


「オラァッ!!」


 ミレイユさんが裂帛れっぱくの気合いと共に前に飛び出す。  

 振るわれたのは、身の丈ほどもある巨大な鉄塊――大剣だ。  


 ブォンッ!!  


 彼女がその豪腕で大剣を風車のように旋回させると、凄まじい暴風が巻き起こった。  

 それは物理的な「防壁」となって、降り注ぐ矢の雨をなぎ払い、バラバラに叩き落としていく。


「はっ、この程度かい! 止まって見えるよ!」



 一方、師匠の動きは静寂そのものだった。


「……ふん」


 短く鼻を鳴らすと同時に、腰の剣を抜刀。  

 その切っ先が銀色の閃光と化す。  


 ヒュン、ヒュン、ヒュン――キンッ、キンッ、キキキンッ!  


 目にも止まらぬ神速の精密斬撃。  

 僕に向かって飛んできた矢は、すべて空中で真っ二つに両断され、無力な木片となって地面に落ちた。  


 極限まで研ぎ澄まされた、純粋な剣技による「鉄壁」。



(す、すごい……! 二人とも!)


 達人二人の妙技によって、鉄壁の守りが完成したかに見えた。  


 だが――敵は、息つく暇さえ与えてはくれなかった。


「間髪入れるな! 第2射、放てェ!!」


 スカブの無慈悲な号令。  

 ミレイユさんが大技を振るった直後。

 防御を終えて体勢を立て直そうとした、その一瞬の隙。  

 そこを狙い澄ましたかのように、再び空を埋め尽くす矢が放たれた。


「チッ、しつこいねぇ……ぐっ!?」


 鈍い音が響いた。  

 わずかな隙を縫って、ミレイユさんの肩に一本の矢が深々と突き刺さる。  

 鮮血が舞い、彼女の苦痛に歪んだ顔が松明に照らされた。


「ミレイユさんッ!!」


「平気だよ、かすり傷……だッ!」


 彼女は強がって笑って見せたが、傷口からはボタボタと血が滴り落ちている。  



 それを見た瞬間。  



 僕の頭の中で、張り詰めていた何かがまた「プツン」と切れた。




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