第23話 黒鋼の初陣、南門の悪意
男たちの下卑た笑い声が、一瞬で凍りついた。
「あ? なんだその剣……剣ってか鉄柱?そんなんで俺たちとやろうってのか?」
「はっ、舐めやがって……。おい、やっちまえ!」
リーダーの合図で、手下の一人がナイフを構えて飛びかかってきた。
速い。
でも――師匠のしごきに比べれば、止まって見える。
(――見切れる!)
僕は冷静に相手の動きを見た。
男が全体重を乗せ、殺意を込めてナイフを突き出してくる。
僕は剣を盾のように構え、その切っ先を黒鋼の分厚い刀身で受け止めた。
ガギィィィィィィィンッ!!
「なっ……!?」
鳴り響いたのは、鋭い金属音ではない。
重い鉄球同士がぶつかり合ったような、腹に響く鈍い衝撃音。
男の持っていた鋼鉄のナイフは、黒鋼の刃に触れた瞬間、まるで飴細工のようにぐにゃりとひしゃげた。
その余波は男の腕まで伝わり、彼の肩が脱臼したような不気味な音を立てる。
驚愕に目を見開く男の胸元を、僕は剣の腹で軽く、押し返した。
――ドゴォォォォンッ!
「ぐべぇッ!?」
凄まじい破壊音が、狭い路地に反響した。
男の体は、まるで巨大なハンマーで叩かれたかのように、後方の壁まで一直線に弾け飛んだ。
石積みの壁がその衝撃でみしりと亀裂を上げ、男は白目を剥いたまま、泥人形のように崩れ落ちた。
(……すごい。僕の力が、何倍にもなって伝わってるみたいだ)
今まで使っていた剣なら、今の衝撃だけで刃が欠け、下手をすれば根元から折れていただろう。
でも、この黒鋼の剣は違う。
僕が込めた力を一滴も漏らさず、すべて「力」へと変換してくれる。
「こ、このガキ……ッ! 怯むな、囲んで叩き殺せ!」
リーダーが叫び、残りの男たちが一斉に襲いかかってくる。
錆びついた短剣、重い鉄の端材、肉厚の鉈、さらには無骨な手斧。
四方八方からの波状攻撃。
「アレン、くるぞ!」
「わかってますっ!」
師匠の声に合わせ、僕は軸足を固定して体を鋭く回転させる。
遠心力を最大限に乗せた、黒鋼の一閃。
ゴォォォォォォンッ!!
それはもはや剣撃ではなく、逃げ場のない黒い暴風による蹂躙だった。
横薙ぎに振るわれた漆黒の刃が、男たちが掲げた武器をまとめて粉砕し、火花と共に消し飛ばした。
刃が直接触れていないはずの者たちまでも、剣風の衝撃波だけで数メートル後ろへ吹き飛んでいく。
「ヒッ、ヒィィッ!?」
「な、なんだよコイツ! 本当に人間かよ!?」
石畳に尻餅をついたゴロツキたちが、恐怖に顔を引きつらせて後ずさる。
彼らが握っていたはずの武器は、今や見る影もなくひしゃげ、路地裏のゴミ溜めに転がっていた。
嵐のあとのような静寂が訪れた、その時。
背後から場違いなほど、のんびりとあくびを噛み殺すような声が聞こえた。
「ふぁ〜あ……。準備運動にもなりゃしない。もうちっと歯応えのある奴はいないもんかねぇ」
振り返ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
後ろを塞いでいた三人の男たちが、まるで糸の切れた人形のように、地面に重なり合って転がっていたのだ。
(……え? いつの間に?)
戦っていたはずの音すら聞こえなかった。
ミレイユさんは、自分の背丈ほどもある大剣を鞘に収めたまま肩に担ぎ、退屈そうに爪を眺めている。
あんなに巨大な武器を振るっておきながら、標的である三人の意識だけを正確に刈り取り、周囲には一切の衝撃も、音も漏らさなかったということか。
「……ミレイユさん、一体、どうやって……」
「ん? ああ、ちょっと急所を軽く小突いただけさ。ボウヤの派手な『暴風』に比べりゃ、地味なもんだろ?」
彼女はニヤリと笑うが、その赤い瞳は冗談を言っているようには見えなかった。
(地味……なんてレベルじゃない。この人は本当に、強い……)
僕は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
この人は、僕が「全力」で黒鋼を振るっても、柳のようにかわして、気づかないうちに僕の首を跳ねている。
そんな、次元の違う「本物」の強さ。
その片鱗に肌を粟立たせながらも、僕は恐怖で顔を青白くさせて立ち尽くす男たちへと向き直った。
「……もう二度とこんなことをしないなら、見逃します。行ってください」
僕が静かに告げると、男たちは「お、覚えてやがれ!」と捨て台詞を吐き、傷ついた仲間を引きずって蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
路地に静寂が戻る。
ずっしりとした黒鋼の重みを感じながら、僕は深く息を吐いた。
「ふぅ……」
「いやぁ、お見事。やっぱりアタシの目に狂いはなかったねぇ!」
余韻に浸る間もなく、ミレイユさんがガシガシと僕の頭を力任せに撫で回してきた。
さっきまでの「底知れない凄み」を霧散させるような、いつも通りの軽い調子だ。
「見た目通りの『か弱いボウヤ』じゃないとは思ってたけど、これほどとはね!いやぁ、いいもん見せてもらったよ!」
「ちょ、ちょっとミレイユさん、痛いですって!離してください!」
僕が身をよじって逃げようとすると、彼女は「あっはは!」と愉快そうに笑って、さらに力を込めて髪をかき回した。
その様子を、師匠も腕組みをしたまま、どこか満足げに小さく頷きながら見守っている。
「ま、今の相手ならその程度で十分じゃろう。だが調子に乗るなよ。所詮はならず者、剣筋も何もあったもんじゃない」
「はい、師匠」
「……それにしても、いい剣を手に入れたな」
師匠がボソッと呟く。
その言葉には、単なる道具への称賛以上の意味が込められている気がした。
僕も強く頷き返す。
この『黒鋼』なら、僕の全力を受け止めてくれる。
「……まったく、無駄な時間を食った。さっさと宿へ行くぞ」
「賛成! 喉が渇いて干からびちまうよ!」
僕たちは再び歩き出した。
初めての実戦。新しい相棒の手応え。
僕は少しだけ強くなれたような気がして、足取り軽く師匠たちの背中を追った。
――しかし。
路地の奥。
逃げ帰った男の一人が、血相を変えてある場所へと駆け込んでいた。
バルディアの最南端。
魔物が蠢く深き森へと続く、最も人通りの少ない不気味な門――『南門』。
その傍らにひっそりと佇む、『南管区衛兵詰め所』だ。
中央の監視が届かないその場所は、実質的に一人の男の私領と化していた。
「だ、旦那ァッ!! た、大変です!!」
詰め所の最奥、隊長執務室へ男が転がり込む。
執務机に汚れた足を乗せ、ワインを煽っていた男――南管区隊長、スカブが不機嫌そうに眉をひそめた。
その手には、この界隈を通りかかった不運な冒険者から「通行税」として巻き上げた小銭袋が握られている。
「……チッ。ノックもしねぇで入ってくるなと教えたはずだが?」
「そ、それどころじゃねぇんです! やられやした!」
「ああん? やられただと?」
スカブは机から足を下ろし、男を射抜くように見た。
「俺がこの『南門』界隈での悪さを黙認してやってるのは、分け前をきっちり持ってくるからだ。それが『やられた』だぁ? ……情けねぇ。どこのどいつだ」
「そ、それが……。獲物がとんでもねぇ化け物で……! ガキのくせに、俺たちをゴミみたいに吹き飛ばしやがって……! あいつら、きっと魔族か何かに違いありません!」
「……魔族だと? 馬鹿かお前は。そんなもんが堂々とこの街を歩いてるわけねぇだろ」
スカブは呆れたようにため息をついた。
しかし、男が必死に続ける言葉を聞いて、その濁った目がピクリと動く。
「ほ、本当なんです! それに、あいつら金貨が詰まった袋を持ってました! 剣だって、見たことねぇ真っ黒なヤツで……」
「……ほう。金貨に、珍しい黒い剣か」
スカブはニヤリと口角を歪めた。
獲物を狙うハイエナのような、卑しい笑みだ。
「なるほどな。……よし、わかった。そいつらは『魔族』、あるいはその協力者だ」
「え?」
「事実はどうでもいいんだよ。最近、バルディアの周辺で物騒な噂があるだろう? そいつに当てはめてやりゃあ、問答無用で処刑できる。……死体から金や剣を没収しても、誰も文句は言わねぇ。むしろ、街を守った英雄として俺の評価が上がるってもんだ」
スカブは机の上のベルを乱暴に鳴らした。
その瞳には、市民を守る使命感など欠片もない。
あるのは、自身の欲望を満たすための、ドス黒い悪意だけだった。
「総員、武装しろ! 街に紛れ込んだ『危険な魔族』を狩りに行くぞ!」




