第22話 路地裏の洗礼
僕たちは影から見られてるなんて気づきもせず、宿へ抜ける裏道を歩いていた。
「ふふ〜ん♪ 今日はエールとワイン、どっちから攻めようかねぇ」
上機嫌で鼻歌を歌うミレイユさんの後ろを、僕と師匠は並んで歩く。
日は完全に落ち、通りには魔導灯の淡い光が灯り始めていた。
「……こやつ、本当にどこまでもついてくる気か。口止め料までくれてやったというのに」
師匠が地を這うような低い声でぼやく。
その視線は、前を行く赤髪の背中を、まるで爆弾でも見るかのように鋭く睨みつけている。
「ま、まぁまぁ師匠。ミレイユさんがいたらなんだかんだ心強いですし……」
「そういう問題ではない! 危機管理の問題じゃ!」
師匠は声を荒げ、こめかみに青筋を浮かべた。
「あのような出所の知れぬ食えん女を、いつまでも懐に入れておくなど正気の沙汰ではないわ。万が一、気が変わって『聖教会の狗』どもに密告でもされたらどうするつもりじゃ!」
師匠の懸念はもっともだ。
僕の右腕に宿る「魔族の力」は、この世界の平穏を脅かす禁忌そのものなのだから。
けれど――。
(ミレイユさんに限って、そんなことはないだろうな)
根拠はない。
けれど、なぜかそう確信している自分がいた。
僕はブツブツと文句を言い続ける師匠を「まぁまぁ」となだめつつ、背中に手を回して、手に入れたばかりの新しい剣の柄に触れる。
ずっしりとした重み。
普通の人間なら歩くだけで体力を消耗するような鋼の塊だが、今の僕には、それが逆に心地よい「重し」になっていた。
右腕の奥、包帯の下で疼く「何か」が暴れ出さないよう、精神的にも肉体的にも強く押さえつけてくれている――そんな確かな安堵感が、僕を支えていた。
「――おっと」
先頭を歩いていたミレイユさんが、ふいに足を止めた。
僕たちが入り込んだのは、大通りから一本外れた薄暗い路地だ。
宿への近道のつもりだったが、どうやら失敗だったらしい。
前方から、ガラの悪そうな男たちが五人、道を塞ぐように現れたのだ。
嫌な予感がして振り返れば、背後からも三人。
完全に挟み撃ちだ。
「……なんだい、アンタら。アタシらに何か用かい?」
ミレイユさんの声が、低く鋭く、路地の静寂を切り裂いた。
男たちの一人、リーダー格らしい坊主頭の男が、ニタニタと卑しい笑みを浮かべながら歩み出てきた。
剃り上げた頭皮には、毒々しい蛇のタトゥーが這い回り、顔のいたるところには鈍く光る銀のピアスがいくつも埋め込まれている。
「よう、姉ちゃん。随分と景気よさそうじゃねぇか。さっき武器屋の前で、そのジジイから金貨がたっぷり入った袋を受け取ってるのを見ちまってなぁ」
男はそこで言葉を切ると、値踏みするような視線を僕たちに向けたまま、ガサついた手のひらを目の前に突き出してきた。
「通行料を払ってもらおうか。このバルディアの夜道を安全に歩くための『護衛料』だ」
なるほど。
ただの強盗、か。
僕はホッと息を吐いた。
てっきり自分を狙う「魔族狩り」かと思って心臓が止まりかけたけれど、金目当てなら、まだマシだ。
「……だ、そうだよ爺さん。どうする?」
「ふん、下らん」
師匠は鼻で笑うと、興味なさそうに僕を見た。
「アレン。お前は前の五人をやれ」
「えっ、僕がですか……?」
「新しい剣の試し斬りには丁度いい相手じゃろう。……後ろの三人は、そこの傭兵に任せておけばいい」
師匠に指名され、ミレイユさんが「ああん?」と眉をひそめた。
「人使いが荒いねぇ爺さん! ……ま、頂いた分の働きは見せてやるよ」
ミレイユさんが楽しそうに背中の大剣に手をかける。
僕は安心して、前方の敵に向き直った。
「いいか、アレン。手加減はしてやれよ?」
「は、はい」
師匠の指示に、僕は一歩前に出る。
それを見た男たちが、ドッと笑い声を上げた。
「ギャハハ! おい見ろよ、こんな細っこいガキが出てきやがった!」
「おいボウヤ、怪我しないうちにママの元へ帰りな!」
嘲笑を浴びながら、僕は背中の黒鋼の剣の柄をしっかりと掴んだ。
右腕の奥が、外の殺気に当てられてピリピリと脈打つ。
(大丈夫だ……。この剣があれば、僕は「僕」でいられる)
僕は静かに、けれど一気に『黒鋼』の剣を抜き放った。
ズオォッ……!!
抜刀と同時に、重厚な金属音が路地の空気を物理的に震わせる。
魔導灯の淡い光を反射することもなく、ただ周囲の闇を吸い込むような漆黒の刀身が姿を現した瞬間、男たちの笑い声が、水を打ったように止まった。




