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【絶望から始まる英雄譚】呪われた右腕が輝く時、世界は彼を『王』と呼ぶ 〜半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零
第一章 呪われた右腕

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第21話 賑やかな背中、路地裏の牙

 

 店を出ると、外はもう夕暮れ時だった。  

 空が赤く染まり、バルディアの巨大な城壁が、街に長い影を落としている。  


 師匠は立ち止まると、懐から革袋を取り出し、ミレイユさんに放り投げた。


「受け取れ。……約束の護衛料じゃ。もうここまででいい」


「おっと」  


 ミレイユさんは飛んできた袋を片手で軽々と受け止め、紐を緩めて中身をチラリと覗き込んだ。


 ジャラリ、という硬い音と共に、隙間から鈍い黄金色の輝きが溢れ出す。


「……へぇ、意外と弾むねぇ。契約以上の額じゃないか」


 ミレイユさんはニヤリと口元を緩めるが、師匠の目は一切笑っていなかった。  

 赤く染まった夕闇の中、フードの奥から射抜くような鋭い眼光を彼女に向ける。


「多く入れた分は、貴様の記憶を消す代金と思え。……あの路地裏での一件、決して他言するでないぞ。もし約束を違えれば……わかっているな」


 低い声に含まれた、剥き出しの殺気。

 ミレイユさんは肩をすくめ、革袋を懐にしまった。


「はいはい、わかってるよ。アタシは口が堅いのが売りでね」


 彼女は片目を閉じ、パンパンと懐を叩いた。


「これだけ貰えりゃ十分さ。秘密は墓場まで持ってってやるよ」


「ならばよし。……これで契約は終了じゃ。わしらは宿を探して休む。お前は好きに行け」


「えっ、師匠? ミレイユさんとお別れなんですか?」


「当たり前じゃ。これ以上、部外者と馴れ合うつもりはない」


 僕は寂しい気持ちを抑えて、ミレイユさんに頭を下げた。  

 師匠との二人の旅は、厳しくて、どこか張り詰めている。

 でも、彼女の底抜けの明るさや、時折見せるいい加減な振る舞いは、そんな僕たちの空気をいつも柔らかくしてくれていた。  


 本当にお別れなんだと思うと、急に心細さが込み上げてくる。


「ミレイユさん、ありがとうございました。……オークの群れから助けてもらった時のこと、一生忘れません。ミレイユさんと一緒に旅ができて、僕、すごく心強かったです」


「なーに湿っぽい顔してんだい、アレン」


 ミレイユさんはニカっと笑うと、当然のように僕の肩に腕を回した。


「金も入ったことだし、今日はパーっと飲もうじゃないか! ほら爺さん、いい宿を知ってるんだろ? 案内しな!」


「なっ……!? 貴様、人の話を聞いておったのか! 契約は終わりだと言ったはずじゃ!」


「堅いねぇ。旅は道連れって言うだろ? それに、アタシはこのボウヤが気に入ったんだ。もうちっと付き合ってやるよ」


「頼んでおらんわ! 帰れ!」


「あーあー、聞こえなーい。さあアレン、行こうか!」


 ミレイユさんは師匠の抗議を完全に無視して、僕をグイグイと引っ張っていく。  

 師匠はこめかみに青筋を浮かべ、わなわなと拳を震わせている。


「ええい、離さんか馬鹿者! アレン、流されるな! わしらの旅は遊びではない! 過酷な修行の旅だと言ったであろうが!」


 師匠の抗議は、もはや悲鳴に近い響きを帯びていた。

 けれど、ミレイユさんはそんな「元・王都分隊長」の威厳などどこ吹く風。

 ガシッと僕の首根っこを掴んだまま、意気揚々と石畳を闊歩していく。


「あはは……」


 僕は苦笑いするしかなかった。


 師匠には悪いけれど、この騒がしい時間がまだ続くことが、僕は素直に嬉しかった。


 だが、夕闇が深まりゆくバルディアの街角――。  


 賑やかな僕たちの背後には、既にドス黒い影が忍び寄っていた。


  路地裏の湿った闇の中、数人の男たちが獲物を待つ獣のように息を潜めている。   

 男たちは互いに目配せをすると、影に溶け込むようにして、僕たちの後を追い始めた。



 バルディアの夜が、静かに、けれど確実に牙を剥こうとしていた。




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