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【絶望から始まる英雄譚】呪われた右腕が輝く時、世界は彼を『王』と呼ぶ 〜半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零
第一章 呪われた右腕

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第20話 黒鋼の重み、師匠の祈り

 

 バルディアの職人街に店を構える『黒鉄屋くろがねや』。

 そこで僕の目の前に出されたのは、夜の闇そのものを鍛え上げたような、無骨な黒い塊だった。


 鉄を超えた最強の金属、『黒鋼くろがね』。

 店主のガントンさんが持てる技術のすべてを注いだというその剣は、薄暗い店内であっても、底知れない闇のような光を放ち、周囲の空気を重く支配していた。


「こいつは自信作なんだが、重すぎて、並の人間じゃ持ち上げることすらできねぇ。作ったはいいが、相応しい使い手が現れなくてな……ずっと店の奥で眠ってたんだ」


 ガントンさんは愛おしそうに、けれど悔しそうに剣の峰を撫でた。


「……持ってみても、いいですか?」


「ああ。もし扱えるなら、こいつにとっても本望だろうよ」


 試すような、祈るような目で、ガントンさんが太い腕を組み、僕を凝視する。  


 僕は鞘から剣を抜き放ち、その重厚な柄を、「右腕」で力強く握りしめた。


 ずしり、とした確かな重み。

 けれど――不思議と重くない。

 右腕の奥が、ドクンと激しく脈打った。  

 まるで磁石が引き合うように、その圧倒的な質量が吸い付くように僕の手のひらに馴染んでいく。


(これだ……これなら、全力で振れる!)


「……っ!!」


 僕は片手で、その巨大な黒い塊を頭上へと振り上げた。



 ゴォォォォンッ!!



 地を這うような低い咆哮を伴い、黒い刀身が空を裂く。  

 まるで空気が悲鳴を上げたかのような音だった。


「なっ……!?」


 ガントンさんが、信じられないものを見たというように目を見開いた。

 後ろでは、ミレイユさんが「へぇ、やるねぇ……」と楽しげに口笛を吹き、目を細めている。 


「どうじゃ、アレン」


「……うん。これなら、いける気がする。師匠」


 しっくりきた。

 指先から腕へ、そして心臓へと伝わるこの「重み」が心地いい。


 この頑丈さなら、オークの骨だろうが、岩だろうが砕ける。  


 僕は興奮してガントンさんを見た。


「ガントンさん! これ、ください!」


「……ふん。まさか、俺の最高傑作が、こんなガキになつくとはな」


 ガントンさんは呆れたように、けれどどこか満足げに鼻を鳴らした。


「持ってけ。代金はいらねぇ」


「えっ!? でも、タダなんて……そんなの悪いです!」


「バカ野郎。金のために打った剣じゃねぇ。……そいつが『行きたい』って言ってるんだ。俺に止める権利はねぇよ」


 ガントンさんは、じっと僕の黄金の瞳を正面から見据えた。


「いい目をするようになったじゃねぇか。店に入ってきた時のおどおどした目より、そっちの方が数倍マシだ。その目を忘れるなよ」


 ぶっきらぼうな、けれど職人としての魂がこもった笑み。


「……ありがとうございます、ガントンさん。大切にします!」


 僕は深く頭を下げ、新しい相棒――『黒鋼』の剣を黒革の鞘へと納め、背中に背負った。

 背中を介して伝わる、ずっしりとした重厚な質量。

 それが、今は何よりも心強く、頼もしい。


「あと、防具はどうする? その布切れ一枚じゃ、命がいくつあっても足りんぞ」


 ガントンさんが顎で棚をしゃくった。  

 そこには剣だけでなく、革鎧や鉄の胸当ても並べられていた。


「あ、そうでした……。えっと、じゃあこの革鎧を……」


「サイズを測ってやるからこっちへ来い。鎧ってのはな、緩すぎりゃ動きを邪魔し、キツすぎりゃ呼吸を止める。素人は黙って俺に任せろ」


「い、いえ! このままで大丈夫です! 紐で自分で調整しますから!」


「……チッ。勝手にしろ」


 結局、僕は動きやすそうな「魔獣の革鎧」と、予備のブーツも一緒に購入することにした。  

 これで装備も一通り整った。


   最後に革鎧の紐をぐっと締め直した僕の元へ、師匠が一歩、静かな足取りで歩み寄ってきた。


 そして、僕の肩にずしりと重い手を置いた。


「アレン。……その重さを、生涯忘れるな」


「え?」


 顔を上げると、フードの隙間から師匠の鋭い、けれどどこか祈るような眼差しが僕を射抜いた。

 それはいつもの厳格な「師匠」の目ではなく、どこか遠い未来を憂い、祈るような、複雑な色をたたえていた。


「剣を持つということは、単に力が手に入るということではない。その重みは、これからお前が背負う命の重さだ。……その剣を使いこなしたいのなら、まずは自分自身に負けぬよう、その重さを誇りに思え」


 師匠の声は、いつになく厳かだった。  

 僕は背中に背負った黒鋼の剣の感触を確かめるように、拳を握りしめた。


「……はい、師匠」


 短く答えた僕の頭を、師匠は一度だけ、大きな手で無骨に撫でた。  

 それは、師匠としての手ではなく、どこか不器用な父親のような温かさだった。


「……ガントン。世話になったな。防具の代金だ、取っておけ」


 師匠はカウンターに金貨を置くと、一度も振り返らずに店を出ようとした。  


 ガントンさんはそれを黙って見送っていたが、最後にぼそりと呟いた。


「……生きろよ。死にぞこない。……そこのボウヤを一人前にして、俺に自慢しに来るまでな」


 師匠はその言葉に答えなかった。

 ただ一瞬、その広い背中がわずかに震えたように見えた。


 師匠は静かに重い鉄の扉を押し開ける。

 再び僕たちの全身を、バルディアの熱気と喧騒が包み込んだ。

 背中にかかる黒鋼の重みは、さっきよりも少しだけ、誇らしく感じられたんだ。




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