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【絶望から始まる英雄譚】呪われた右腕が輝く時、世界は彼を『王』と呼ぶ 〜半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零
第一章 呪われた右腕

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第13話 雲の寝床と、束の間の休息

 

 道中、師匠は無言で先頭を突き進み、姿を現す魔物を片っ端から切り伏せていった。

 対するミレイユさんは、僕を担ぎながらもしんがりを完璧に守っていた。

 背後から奇襲を仕掛けてくる魔物を、巨大な大剣を片手で軽々と振るい、まるで羽虫でも払うかのように無造作に片づけていく。


 二人の圧倒的な力の差を見せつけられ、僕は彼女の背中で揺られながら、なされるがままに運ばれるしかなかった。


 ミレイユさんに担がれて、今日で二日が経つ。

 さすがに自分でも歩けると何度も訴えたのだが。


「そんなノロノロ歩かれたんじゃ、いつまで経っても村に着かないよ。四の五の言わずに、大人しく担がれてな」


 取り付く島もないほど一蹴されてしまい、僕は結局、今も彼女の逞しい背中にしがみついている。


 そうしてようやく、鬱蒼とした森の出口が見えてきた。

 ミレイユさんの言葉通り、二日後の昼下がり。

 僕たちはようやく最初の目的地にたどり着いた。


 そこは『マルカ村』という名の集落だった。

 村の周囲は魔物除けのための頑丈な木の柵でぐるりと囲まれていたけれど、簡素な正門をくぐり抜けた瞬間、僕は思わず目を見開いた。


「すごい……」


 想像していたよりも、ずっと大きい村だった。

 僕の故郷である『リムル村』が霞んでしまうほどの規模だ。

 立派な看板を掲げた宿屋が二軒もあり、村の中心へと続く大通りには、色鮮やかな露店がずらりと並んでいた。


 鼻をくすぐる熟した果物や、どこかで肉を焼く香ばしい匂い。

 行き交う村人たちの表情はみな穏やかで、そこには僕が四年間過ごした「生きるか死ぬか」の殺伐とした山の空気なんて微塵もなかった。


「ははっ、坊主、口が開きっぱなしだよ。こんな小さな村で驚いてたら、バルディアに着いた時にはお前の顎は外れちまうな」


 僕を背負ったまま、ミレイユさんは愉快そうに笑いながら、活気溢れるマーケットの中を突き進んでいく。


 マーケットを抜け、ミレイユさんは迷うことなく一軒の宿へ足を踏み入れた。

 カランカラン、と乾いた鈴の音が響く。

 ドアを潜ると、木の温もりが漂うカウンターがあり、恰幅の良い女将が「いらっしゃい」とにこやかに迎え入れてくれた。


 けれど、僕を背負ったミレイユさんの姿を認めた瞬間、女将は驚いたように目を見開いた。


「あらあら、あんた。もう帰ってきたのかい? 例の『ミスト・リンクス』には会えたのかい?」


「いや、霧に入ってすぐにこのお人好しどもに捕まっちまってさ。……部屋、空いてるかい?」


「空いてるよ。何部屋だい?」


 女将の問いかけに、僕の背後から師匠がすかさず割って入った。


「二部屋頼む。……わしと、この弟子で一部屋。そちらの女が一部屋だ」


 その声は、一分の隙もないほど断固としていた。

 するとミレイユさんは、肩越しにニヤリと不敵な笑みを浮かべて言い放った。


「なんだい、爺さん。アタシは別に、三人一緒の部屋でも構わないけどねぇ?」


「ふざけるなッ! 貴様、少しは慎みというものを……!」


 顔を真っ赤にして憤慨する師匠の横で、僕はミレイユさんの背中に担がれたまま、ただオロオロとするしかなかった。


 師匠が鍵を受け取り、ミレイユさんの「三人一部屋」という冗談を背中で聞き流しながら、僕たちは二階の部屋へと向かった。


 部屋に入ると、そこには簡素ながらも清潔なベッドが二つ並んでいた。

 ミレイユさんにそっと降ろしてもらい、僕は吸い込まれるようにベットの上へと倒れ込む。


「……っ、ふかふかだ……」


 四年間、固い木の板や冷たい岩の上で寝てきた僕にとって、それはまるで、地上に降りてきた雲の寝床のようだった。


 僕がベットの柔らかさを堪能していると、ミレイユさんは穏やかな笑みを浮かべ、自分の部屋の鍵を師匠から受け取った。


「じゃあ、アタシも部屋でくつろぐとするよ。後で下の食堂でね」


 彼女は軽く手を振ると、大剣を担ぎ直して颯爽と部屋を出て行った。


 入れ替わるように、師匠が静かに僕の横へと腰掛ける。

 改めて肋骨の具合を確かめるように、包帯の上からそっと手を当てた。


「アレン。この村にはしばらく滞在する。いいな、右腕には細心の注意を払え。あの女……ミレイユの前では特にだ」


 師匠の低い声に、僕はシーツに顔を埋めたまま小さく返事をした。

 窓から差し込む夕日は優しく、僕は階下から漂ってくる美味しそうな料理の匂いを感じながら、いつの間にか深い眠りに落ちていた。



 数時間後。

 少し体力が回復した僕は、師匠に肩を貸してもらいながら一階の食堂へと降りた。

 そこでは、すでにミレイユさんがテーブルいっぱいに料理と酒を並べ、豪快に肉にかぶりついていた。


「おっ、起きたかい。ほら、ここのエールと煮込みは最高だよ。坊主も食いな!」


 促されるまま席に着くと、目の前には湯気を立てた具沢山のスープと、焼き立てのパンが運ばれてきた。

 一口食べると、その温かさが五臓六腑に染み渡る。


「……で、爺さん。これからの予定だが、いつ出発するんだい?」


 ミレイユさんがジョッキを置き、真剣な目で師匠を見た。

 師匠は僕の、まだぎこちない手の動きをじっと見つめてから、静かに口を開いた。


「……二週間だ。二週間、この村に留まる」


「はぁ? 二週間だって? バルディア行きの馬車なら三日おきに出てるよ。それに乗ったら数日で着くのに」


「アレンの怪我が完治するまで、無理はさせん。骨が繋がらぬうちに馬車に揺られれば、一生の後悔になりかねんからな。……貴様の報酬は、滞在期間分も上乗せして払おう」


 師匠の断固とした言葉に、ミレイユさんは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに「くっ……」と喉を鳴らして笑った。


「アハハハ! 太っ腹だねぇ、ボス! 了解だよ。アタシにとっちゃ、酒の旨い村で休みをもらったようなもんだ。二週間、たっぷりこの坊主の静養に付き合ってやるよ」



 こうして、僕たちの旅は本格的に動き出す前に、マルカ村での「二週間の休息」という予期せぬ停滞期に入ることになった。




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