第14話 水と油の旅路、揺れる荷台の問答
「うめぇ! やっぱ昼間っから飲むエールは最高だねぇ!」
「……貴様、また飲んでおるのか。バルディアまでの『護衛』としての務めを忘れるなよ」
「堅いこと言うなよ爺さん。酒は燃料だ、燃料。……ほら、坊主も一口どうだい?」
ミレイユさんが、飲みかけの瓶を僕の目の前に突き出した。
ツン、と鼻をつく独特のアルコールの匂い。
「えっ、僕も……?」
「男ならグイッといきな! 細かいことなんて、ぜーんぶどうでもよくなるよぉ?」
「ば、馬鹿者ッ!!」
師匠の鋭い一喝が、馬車の荷台に響き渡った。
「こやつはまだ子供だ! 毒水を勧めるでない! ……アレンもアレンじゃ、興味深そうに鼻をヒクつかせるな!」
「あはは……すみません」
ガタゴトと車輪が鳴る、街道を行く馬車の荷台。
二週間の休息を経て、僕の肋骨はようやく日常生活に支障がない程度まで繋がっていた。
豪快に安酒を煽るミレイユさんと、眉間の皺が深くなる一方の師匠。
僕は二人の間で、オロオロと視線を往復させていた。
「ま、まあまあ師匠。ミレイユさんのおかげで、こうして馬車にも乗れたし、旅のペースも上がったわけですし……」
「アレン、お前がそうやって甘やかすから、この酔っ払いはつけあがるんじゃ!」
「あはは……」
まさに水と油だ。
騎士道精神の塊のような師匠と、自由奔放を絵に描いたような傭兵のミレイユさん。
絶対に混ざり合わないはずの二人が、なぜか僕を挟んで同じ荷台に揺られている。
修行ばかりだった四年前には想像もできなかった、不思議で、どこか賑やかな光景だった。
見慣れた深い森を抜け、景色はなだらかな丘陵地帯へと変わっている。
僕たちを乗せた馬車は、運命を大きく変えることになる目的地――『城塞都市バルディア』へと着実に近づいていた。
ふと、ミレイユさんが飲みかけの瓶を置いて、僕の右腕を見た。
「そういえば坊主。その腕、いつまで包帯巻いてるんだい? 怪我なら、もうとっくに塞がってるだろ」
心臓が、跳ねるように脈打った。
僕は反射的に、右腕を左手で覆い隠すようにして身を縮める。
「え、と……これは、その……。昔の火傷の跡が、ひどくて。あまり、人に見せられるようなものじゃなくて……」
「ふーん?」
ミレイユさんは赤い瞳を細め、射抜くような視線で僕を観察する。
嘘がバレたか。
背中を冷たい汗が伝っていった。
もし、中身が『魔族の腕』だと知られたら、彼女はどうするだろう。
やはり僕を「化け物」と呼んで、あの大剣で斬りかかってくるだろうか。
緊張で固まる僕を見て、ミレイユさんはニヤリと不敵に笑うと、バシッ! と豪快に僕の背中を叩いた。
「あだっ……!?」
「ま、いいさ! 男には、一つや二つ隠し事くらいあるもんだ。無理に聞き出そうなんて無粋な真似はしないよ。……言いたくなったら、いつか言いな!」
「え……?」
「詮索はしない主義でね。アタシが興味あるのは、アンタが『根性のある馬鹿』だってことだけさ」
そう言って、彼女はまた酒を煽り始めた。
豪快で、ガサツで……けれど、驚くほど優しい人だ。
僕は静かに胸を撫でおろしたけれど、同時に、心の中に小さなトゲが刺さったような罪悪感を覚えた。
ミレイユさんの優しさがわかっているからこそ、嘘をつき通している自分が卑怯なものに思えてしまったのだ。
「……ふん。そもそも語るような大層な過去など、こやつにはない」
師匠はそっぽを向きながらそう吐き捨てたけれど、膝の上に置かれたその手が、微かに震えを止めたのを僕は見逃さなかった。




