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【絶望から始まる英雄譚】呪われた右腕が輝く時、世界は彼を『王』と呼ぶ 〜半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零
第一章 呪われた右腕

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第12話 凸凹な旅路、バルディアへの第一歩

 

 ミレイユさんは師匠の猛抗議を柳のように受け流し、霧が晴れるふもとまで僕を担いだまま一気に山を駆け下りてしまった。


 ようやく地面に降ろされたところで、師匠は僕の体の惨状――全身の打撲に加え、肋骨までもが折れていることを知った。

 それを確認した瞬間、師匠の顔面は見る間に沸騰し、凄まじい「雷」が落ちた。


「この大馬鹿者がッ! 無茶をするなとあれほど言っただろう! 自分の身も守れん奴が、他者を守ろうなどと百万年早いわッ!!」


 草むらの上で正座させられ、項垂うなだれて説教を受ける僕。

 そのすぐ傍らでは、どこから取り出したのか、ミレイユさんが酒瓶を片手に、さっきからずっと楽しそうに喉を鳴らして笑っていた。


「ガハハハ! いいねぇ爺さん、もっと言ってやりな! 坊主も、そんな腕でウサギなんか守るからさ」


 夕日に照らされた彼女は、説教される僕をまるで酒のさかなにでもしているかのようだ。

 怒髪天をく勢いの師匠と、上機嫌で酒を煽る女傭兵。


 ……僕の旅の初日は、前途多難なんて言葉じゃ足りないくらい、とんでもない賑やかさで幕を開けた。


「とにかくだ、爺さん。この坊主は当分、まともに動けやしないよ。……あんた一人で、手負いのガキを守りながらバルディアを目指すのは、少々骨が折れるんじゃないかい? アタシがいたほうが、何かと『安全』だと思うけどねぇ」


 ミレイユさんは酒が回ってきたのか、さらに上機嫌な様子で師匠に視線を向けた。

 その言葉は挑発的だったけれど、悔しいかな正論だ。

 今の僕は、一人で歩くことさえままならないのだから。


 師匠はしばらくの間、険しい表情で考え込んでいたが、やがて忌々しそうに大きく舌打ちを漏らした。


「……ええい、認めよう。貴様を『傭兵』として雇う。正当な報酬も支払おう。その代わり、金を受け取る以上はわしの指示に絶対に従ってもらうぞ。いいな?」


「はいはい。了解しましたよ、ボス。……ところで、あんたたち、あんな山奥で何をしていたんだい?」


「……アレンの修行だ」


 師匠は余計な詮索を封じるように、短く、突き放すような声で答えた。


「へぇ、山籠もりってやつかい。一区切りついたから街に出ようってことか。

……でもさ、爺さん。あんた、指導者としてはなかなかやるね。確かにこの坊主の腕はまだまだだが、すごく『いいもの』を持ってるよ」


 ミレイユさんは手近な岩にどっかりと腰を下ろしたまま、酒瓶を傾けてニヤリと僕を見た。


「ただの我流じゃない。あんたが叩き込んだ『基礎』の硬さ。それに――死に際でも濁らなかった、あの真っ直ぐな『目』だ。あれは、付け焼刃の修行で手に入るもんじゃない。いい素材だねぇ、アレン坊主は」


 プロの傭兵からの、思いがけない高評価。

 僕は正座したまま、照れくささと気恥ずかしさで、思わず俯いて地面の草を見つめた。


「……ふん。褒めても報酬は上げんぞ」


 師匠は素っ気なく鼻を鳴らしたが、その視線はどこか誇らしげに、僕の頭の上をかすめていった。


 結局、その日は山を下りきった河原で野宿することになった。

 師匠が不機嫌そうに火をおこし、ミレイユさんは「雇われ仕事の第一弾だね」なんて言いながら、手際よく仕留めた魔猪『ワイルドボア』をさばいていく。


 夜、焚き火の爆ぜる音を聞きながら、師匠が僕の傷を改めて診てくれた。

 折れた肋骨を固定し、新しい包帯を巻くその手は、いつもより少しだけ優しかった気がする。


「……バルディアまでは、まだ距離がある。道中、お前は余計なことを喋るな。いいな?」


 蚊の鳴くような小声で念を押す師匠の視線は、焚き火を挟んだ向こう側――大きな岩を枕にして、豪快に寝息を立てているミレイユさんに向けられている。

 彼女が熟睡している隙を狙った、切実な警告だ。


 僕はただ、その厳しい瞳を見つめ返しながら、小さく頷くことしかできなかった。



 翌朝。

 朝靄あさもやが晴れ、小鳥のさえずりが響く中で、僕たちの旅が再開された。


「よっと。ほら坊主、今日も特等席だ。しっかり捕まりなッ!」


 ミレイユさんは昨日と同じように、僕をひょいと背負い上げた。

 寝起きの体には彼女の背中の硬さが少し響いたけれど、歩き出すと同時に伝わってくる一定のリズムが、心地よい揺りかごのように、不思議と体の痛みを和らげてくれる。


「おい、ミレイユ! アレンをあまり揺らすなと言っておろうが! もっと慎重に歩け!」


 後ろから馬の鼻息のような勢いで、師匠の怒鳴り声が飛んでくる。


「わかってるって、爺さん。アタシを信じなよ。これでもプロなんだ、揺れちゃいないさ」


 ミレイユさんは呆れたように肩をすくめると、僕を背負い直して前方を指差した。


「……あと二日も歩けば、街道沿いの村に着く。そこでバルディア行きの定期馬車に乗せてもらえば、歩くよりずっと早く、楽に着けるよ。まずはその村を目指す。文句はないね?」


 彼女の迷いのない言葉に、師匠は忌々しそうに鼻を鳴らしたものの、僕の顔色を見てそれ以上の抗議を飲み込んだ。


 相変わらず騒がしくて、ちぐはぐな僕たちの足取り。


 けれど、ミレイユさんの背中越しに見える景色は、森の中で師匠と二人だけで過ごした四年間とは、まるで違う色をしていた。


 木漏れ日が揺れる鬱蒼うっそうとした深い森。

 その先に待っているのは、僕がまだ知らない「外の世界」だ。


 ズキズキと痛む脇腹をこらえながら、僕はミレイユさんの逞しい肩に、そっと顎を乗せた。

 伝わってくる体温が、朝の冷たい空気を忘れさせてくれる。


 ――僕を背負うこのリズムが、心地いい。


 師匠の叱責と、ミレイユさんの笑い声。


 その二つが混ざり合う不思議な調べを子守唄代わりに聞きながら、僕はバルディアへと続く未知の道へと、ゆっくりと踏み出していった。




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