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【絶望から始まる英雄譚】呪われた右腕が輝く時、世界は彼を『王』と呼ぶ 〜半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零
第一章 呪われた右腕

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第11話 赤髪の旋風、大剣を背負う女

 


 ドゴォォォォォンッ!!



 鼓膜を震わせる凄まじい衝撃音。

 直後、僕を押し潰そうとしていたオークたちが、まるで巨大な暴風雨に弾き飛ばされたかのように、まとめて後方へと吹き飛んだ。


「あ、れ……?」


 もうろうとする意識の中で、僕はゆっくりと目を開ける。

 舞い上がる土煙。

 その中から現れたのは、自分の身の丈ほどもある巨大な「大剣」を、羽毛のように軽々と肩に担いだ一人の女性だった。


 燃えるような赤髪を高い位置でポニーテールに束ね、露わになった褐色の肌。

 身にまとった革鎧は驚くほど露出が多く、それは彼女が己の速さと力に、絶対の自信を持っている証拠に見えた。


 端正で美しい顔立ち。

 だが、射抜くように鋭い赤い瞳には、獲物を前にした猛獣さながらの獰猛な光が宿っている。


「おいおい、オーク風情が群れてんじゃないよ。アタシの通り道だ、どきなッ!」


 女性は担いでいた大剣を、まるで紙切れでも振るうかのように無造作に一閃させた。

 ただの、横薙ぎ。

 けれど、その一撃が巻き起こした猛烈な衝撃波だけで、残っていたオークたちが文字通り「木の葉」のように空へ舞い上がった。


 まさに圧倒的な、暴力。


 肉の壁が瞬時に崩壊し、あっという間に敵を全滅させた彼女は、ふぅ、と短く息を吐いてから、地面に這いつくばる僕へと視線を向けた。


「おい、そこのボロボロの坊主」


「へ、は……っ、はい!?」


 声をかけられただけで、全身の傷が跳ねるように痛む。

 彼女は大剣を軽々と肩に担ぎ一歩近づくと、呆れたように僕を見下ろした。


「なんで逃げなかった? その程度の腕なら、死ぬってわかってただろうに」


 僕は痛む体を引きずりながら、背後を振り返った。


 そこには、無傷のまま、驚いたように鼻をヒクヒクさせている小さい『ホーンラビット』がいた。


「……この子が、逃げ遅れてたから」


 かすれた声で僕がそう答えると、彼女は呆気にとられたように目を丸くした。

 そして次の瞬間、腹の底から響くような声でケラケラと豪快に笑い出した。


「ハハハハッ! なんだそりゃ! 自分の命より、その兎一匹を守ったってのかい? こりゃまた、とびきりのお人好し……いや、とんだ大馬鹿野郎だねぇ!」


 彼女は笑いながら僕に歩み寄ると、バシッ! と背中を叩いた。  


「がはっ……!?!?!?!?」


 折れたあばらに響く衝撃。

 僕は叫ぶ暇もなく、泥だらけの地面でのたうち回った。

 そんな僕の様子を面白がるように、彼女はニヤリと不敵に笑う。


「嫌いじゃないよ、そういう馬鹿は」


「え……っ、あ……」


「アタシはミレイユ。見ての通り、通りすがりの傭兵さ。……にしても、酷い有様だね。そのまま放っておいたら、今度こそ死んじまうよ。ほら、貸しな」


 ミレイユさんは僕の返事も待たず、強引に腕を掴み上げた。


 端正な顔立ちには不釣り合いな、剣凧けんだこの刻まれた戦士の掌。

 けれど、その指先の動きは驚くほど繊細で、迷いがない。


 傷口に塗り込まれる軟膏からは、鼻を突くような鮮烈な薬草の匂いがした。

 師匠がいつも塗ってくれる薬とは違う匂いだ……なんて、ぼーっとする頭でとり留めもないことを考えていた、その時だった。


「アレン! 無事かッ!?」


 霧を切り裂くようにして、聞き慣れた怒声が響いた。

 遅れて駆けつけてきたのは、肩を激しく上下させ、額にうっすらと汗を浮かべた師匠だった。


「あ、師匠……」


「む……? 貴様、何者だ。わしの弟子に何をしている」


 僕が生きているのを確認した直後、師匠の隻眼せきがんが鋭く細められた。

 瞬時に殺気が膨れ上がり、師匠の手が腰の剣へと伸びる。


 一瞬にして辺りの空気が凍りついた。


 けれど、ミレイユさんは動じるどころか、面白がるように口端を吊り上げただけだった。


「おいおい、挨拶より先に剣に触るとはね。随分と余裕のない爺さんだ」


「……何だと?」


「見てわからないのかい? 手当てだよ、手・当・て。礼を言われるならまだしも、剣を向けられる筋合いはないねぇ」


 ミレイユさんはニヤリと不敵に笑い、師匠の殺気を真っ向から受け流した。

 師匠を「爺さん」呼ばわりし、対等以上に渡り合うその度胸に、僕は痛みも忘れて息を呑んだ。


「まあいいさ。この坊主、気に入ったよ。……ところで、目的地はどこだい? どこへ行こうとしてるんだ?」


 先ほどまでの緊張感が嘘のように、彼女は屈託のない笑みで問いかけてきた。


「あ、あの……『城塞都市バルディア』へ……」


 僕が正直に答えると、隣に立つ師匠から、これ以上ないほど深く、重いため息が漏れた。


「……お前は、余計なことを喋るな」


 師匠は僕をたしなめるように一瞥してから、再び冷徹な視線をミレイユさんへと向けた。


「とにかく、助けてもらったことには礼を言う。だが、わしらは先を急ぐ身でな。……もういい、世話になった」


 それ以上は一文字も喋らせないと言わんばかりに、師匠は突き放すような言葉を投げた。

 そして露骨にミレイユさんから目を逸らすと、僕の肩を抱いて強引に歩き出そうとした。


「まぁまぁ、待ちなよ爺さん。アタシはこの坊主が気に入ったって言っただろ?」


 背後から響くミレイユさんの声には、少しの怯えも、遠慮もなかった。


「この霧の先に伝説の幻獣『ミスト・リンクス』が出るって噂を聞いてね。一度その姿でも拝んでやろうかとここまで来たんだが……予定変更だ。バルディアまでアタシが護衛してやるよ。拒否権はないからね!」


「な、何を勝手に……!」


「いいから行くよ! ほら坊主、掴まりなッ」


 ミレイユさんは僕の返事を聞くより早く、大きな大剣を背負っているとは思えない身軽さで僕をひょいと担ぎ上げた。


「ちょっ……、ミレイユさん!?」


「ガハハ! 軽いねぇ、ちゃんと飯食ってんのかい? さあ、出発だ!」


 彼女はスタスタと、霧の先へと歩き出した。

 後ろからは「待たんか、この馬鹿者がッ!」という師匠の怒鳴り声が追いかけてくる。


 背中で揺られながら、僕は思わず苦笑いしてしまった。


 なんだか、とんでもない嵐に巻き込まれちゃったみたいだ。


 でも、不思議と悪い気はしなかった。  



 僕を背負うその背中は、鋼鉄のようにたくましくて――驚くほど温かかったから。





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