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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第四章 記憶の真髄

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第九十四滴 夢幻


 夢幻寮(むげんりょう)の中に足を踏み入れると、涼しげな空気が漂ってきた。

 山の湖畔にいるような清らかさと、氷山の一角に取り残されたような鋭さ。静と動。二つが混じり合った空気を、天璃(あめり)はどこか心地よく感じた。


「天璃さま! 来てくださったんですね!」


 扉に向かう天璃たちを、明るい声が呼び止めた。駆け寄ってきた舞宵(まよい)の表情は、喜色に染まっている。


「阿留多伎(あるたき)さまもご一緒のようで。あの、そちらの方々は……?」


「同じクラスの友人だよ。一緒に見にきたんだ」


「そうでしたか!」


 霊藻(たまも)たちに向けて、舞宵がぺこりと頭を下げた。同じように頭を下げる兎々(とと)の隣で、霊藻が「よろしゅう」と口にする。


「ああ、そうだ! 今年の出し物は凄いですよ! この三年間で初めて、氷雨(ひさめ)さまがやる気を出してくれまして……。これも全て、天璃さまのおかげです……!」


 ウルウルした目で感謝を告げる舞宵に、天璃が苦笑を浮かべた。


「ゆっくり見ていってくださいね!」


 食堂の前に着いた舞宵が、両手で扉を開く。

 ふわりと舞う冷気の先に広がっていたのは、全てが氷で作られた世界だった。


 壁も、置物も、階段も。何もかもが氷でできている。水晶のような表面がキラキラと光を反射し、まるで童話の世界のように幻想的だ。


 ふと氷の花瓶に飾られた花を見つけ、天璃はその場で足を止めた。


『もう秋なのに、まだ暑いくらいだね』


『あー、分かる。湿っぽくてだるいよな』


 どこからか、声が聞こえる。


『ちょっと待ってろ。……ほら、これで良くなっただろ? 氷が溶けることはないし、冷気も抑えてあるから寒くないはずだ』


『うん。ちょうど良いよ。ありがとう、氷雨』


『どーいたしまして』


 目の前に見える光景は、ここではないどこかを映していた。

 壁や床が氷で覆われ、星々のように煌めいている。満足そうに笑った氷雨の手には、一輪の氷花が握られていた。


 天璃の方に手を伸ばすと、そっと氷花を髪に差し込む。


『やるよ。天璃によく似合ってる』


 髪から離れた手が、そのまま頬を愛おしげに撫でていく。

 くすぐったさに身を震わせると、天璃は氷雨を見つめ柔らかく微笑んだ。

 

「天璃ちゃん?」


 ハッとした天璃の視界に、現実が戻ってくる。天璃を覗き込んだ珠羅が、額に手のひらを当てた。


「なんや、具合でも悪いんか?」


「あっちに椅子……あるよ」


 心配そうな兎々が、休めそうな場所を指で示す。


「大丈夫だよ。少しボーッとしてただけ」


 平気だと首を振ると、天璃は額に触れていた珠羅の手を優しく包んだ。

 どこかの城内を再現したような空間には、氷の絵画や調度品なども飾られている。ふとそれに気づいた兎々の表情が、パァッと明るさを増した。


「スイッチ入ってもうたな。すまんけど、ちょいと別行動になるわ」


「時間はあるから、ゆっくりでいいよ」


 兎々に付き添い、霊藻が展示物の方へ向かう。珠羅と手を繋いだまま、天璃がテラスでも見に行こうかと考えていた時だった。


「阿留多伎さま」


 駆け足で近寄ってきた舞宵が、遠慮がちに声をかけてくる。


「実は、入口の方で結解(ゆげ)先生にお会いしたのですが、阿留多伎さまを探されているようでして……」

 

「結解先生が?」


「はい。阿留多伎さまに、お話ししたいことがあるそうです」


 申し訳なさそうな顔の舞宵が、「お邪魔してすみません」と眉を下げた。


「私はここで待ってるから、珠羅ちゃんは結解先生のところに行ってきて」


「すぐ戻るね〜」


 面倒そうな空気を滲ませる珠羅だが、相手が教師のため断るわけにもいかないのだろう。しぶしぶ離れた珠羅を見送り、天璃は室内をぶらりと回ってみることにした。


 氷の蔦が伸びるテラスに出ると、見覚えのある後ろ姿があった。振り返った朽苑(くおん)が、天璃の名前を呼ぶ。


「梵(そよぎ)さんも来てたんだね」


「ぼくの寮はここなので、ついでみたいなものですが」


 黒い布の下で、形のいい唇が笑みをかたどる。


「催しは成功したみたいですね」


「成功するって分かってたからね」


 正確には、見えていたと言うべきか。

 霊藻の幻術、希杏(きあん)のリスト。そして、朽苑の未来視。この三つが揃ってこそ、今回の出し物は真価を発揮することができる。


 リストを手に入れた天璃は、とある目的のため何パターンかの仮説を立てた。深層心理の中でも、特に探られたくない部分。当(・)た(・)り(・)を引くために、必要な情報をいくつかに分けて用意したのだ。


 朽苑の未来視は、他者と関わるほど相手の未来を多く見ることができる。天璃は朽苑にリストを渡し、「私がこの結果に満足してるかどうか見てほしい」と言った。


 見える未来は、どの時間軸でも構わなかった。要は、成功したかどうかが分かればいい。

 満足した場合、身体のどこかにそれと分かる装飾品をつけておく。未来の天璃がそれを身につけていれば、成功というわけだ。


 もし朽苑が一つ目の未来に首を振れば、そのリストは破棄し、次の候補に移るつもりだった。何度か繰り返せば、いずれ最適解に辿り着く。

 初めは混乱していた朽苑も、天璃の目的に気づいてからは積極的に協力してくれた。


「ぼくの未来視をあんな風に使ったのは、御門(みかど)さんが初めてですよ」


 楽しそうに話す朽苑は、寿命が削れたことよりも、天璃という人間を知れたことの方が嬉しいようだった。

 誰とも関わりを持ってこなかった朽苑にとって、天璃は今や唯一の話し相手だ。どこか特別に思ってしまうのも、ある意味、自然なことだったのかもしれない。


「早く探し物が見つかるといいですね」


「そうだね」


 失った記憶。取り出された血液。そして──。

 胸元を握った天璃が、空を見上げる。氷に反射した日差しが、やけに眩しく感じた。


 室内に戻った天璃は、懐かしさの滲む光景をぼうっと眺めていた。

 自分が何者なのかも分からないまま、感情だけが欠けたものを求めて暴れている。軽く息をついた天璃は、不意にぞわりとした気配を感じ、反射的に辺りを見回した。


 ピシリ、と嫌な音が鳴る。

 身体に影が落ち、天璃は頭上に視線を向けた。


「……え?」


 巨大な氷のシャンデリアが、天璃を目掛けて振ってくる。

 甲高い音が響いた直後、辺りに生温かい鮮血が散った。


 

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― 新着の感想 ―
!?!? 氷雨さんがこんなヘマするとは思えないし、え?なに!?!?
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