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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第四章 記憶の真髄

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第九十三滴 不穏な影


 圧と言えばいいのか。期待と取ればいいのか。あるいは、そのどちらもなのか。

 友好的とは言い難い態度だが、天璃(あめり)も珠羅(しゅら)も些細なことを引きずる性(たち)ではない。


 売られた喧嘩は買う。でも、今は別の時間。

 それはそれ、これはこれといった具合に切り替えが上手いため、生徒が去った後は普通にお茶を楽しんでいた。


 しばらく天穹寮(てんきゅうりょう)を満喫した天璃たちは、いったん様子を確認しようと宙空寮(ちゅうくうりょう)へ戻ることに決めた。




 ◆ ◇ ◇ ◇




「うわああああ!」


「むりむりむり! ほんっとうに無理!」


 扉から転げるように出てきた生徒たちは、一様に怯えた表情をしている。中には気絶する者もおり、宙空寮はまるで阿鼻地獄のような有様になっていた。


「ほんま刺激的やったわぁ。今年の宙空寮は、えらいもん出してきはるなぁ」


「あたくしも、久しぶりにゾッとしましたよ」


 扉から出てきた清妃女(きよひめ)は、袖で口元を隠している。鳥肌をさすった銭(ぜに)の後ろでは、茶美(ちゃみ)が尻尾を逆立て威嚇していた。


「相手の恐れるものを見せるお化け屋敷、ですか。もはやお化けと言っていいのか分かりませんが、インパクトという点では一番でしょうねぇ」


「どないして作ったんやろ。ああでも、誰の案かなら当てれる気するわぁ」


「お察しの通り、これを考えたのは御門(みかど)さんですよ」


 糸目を弓なりにしならせた銭が、ご明察とばかりに笑う。


「ウガーッ! またあの性悪女にゃ!」


「飼い主とペットは似るっちゅう話もあるさかい。あのくらい性格が歪んでへんと、飼い主はつとまらんのかもしれへんねぇ」


「それでいくと、あたくしも性格が歪んでるってことになりますけどねぇ」


「いややわぁ、銭ちゃん。喧嘩売ってはるん?」


「そんなまさか」


 あははうふふと笑い合う銭たちの背後では、時間差で青白い顔の生徒が這い出てくる。

 宙空寮に着いた天璃が悲惨な現場を眺めていると、上の階から降りてきた霊藻(たまも)が声をかけてきた。


「なんや、催し見に行っとったんとちゃうんか」


「天穹寮の方は行ってきたよ。夢幻寮(むげんりょう)は午後から行くことにして、いったんこっちに戻ってきたんだ」


 納得した顔の霊藻が、「せやったか」と相槌を打つ。


「兎々(とと)ちゃんの具合、良くなった?」


「だいぶ良ぉなったで。うちらも午後から見て回る予定や」


「なら良かった。こっちも、特に問題なさそうだね」


 食堂の方に目を向けた霊藻が、惨状を見て肩をすくめる。


「維持だけなら、ここにおらんでも出来るからな」


 管理する人員さえいれば、霊藻たちが寮に残る必要はない。とはいえ、霊藻も天璃と同じように、念のため様子を見に来たのだろう。


 対象の恐れるものを見せるお化け屋敷。それが──天璃の考えた宙空寮の出し物だった。

 中の構造は、遊園地に行った際、珠羅と入ったお化け屋敷を参考にしている。幻術において霊藻の右に出る者はいないため、あとはいくつか条件を満たすだけだった。


「天璃たちは、これからどないするん?」


「部屋でお昼を食べてから、夢幻寮の方に向かおうと思ってるよ」


 確認するように見上げた天璃へ、珠羅がにこりと笑う。


「ほな、夢幻寮の方は一緒に行かへんか?」


「もちろん。部屋にいるから、また声をかけてくれる?」


「りょーかい」


 元々は四人で回る予定だったが、兎々がダウンしたため別行動に変えていたのだ。断る理由もないため、迷わず頷く。


 また後でと手を振った霊藻が、食堂前に立つ清妃女の姿を見かけ、表情を一変させた。

 ひとまず部屋に戻ろうと、天璃は珠羅と共にエレベーターの方へと向かった。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 部屋のチャイムが鳴った音に、天璃は意識を浮上させた。

 大方、昼食が届いたのだろう。ドアを開けた先には、予想通りワゴンを引いた希杏(きあん)の姿があった。


「お食事をお持ちしました」


 仕事用の空気を纏い、どこか控えめな態度の希杏だったが、ドアが閉まった途端、咲き乱れる花の如く感極まった様子で迫ってくる。


「催しは大成功ですね! 皆様、幸せそうな顔で出ていらっしゃるので、私(わたくし)はもう羨ましくて羨ましくて……!」


「……気になるなら、後で入ってみたら?」


「よろしいんですか!?」


 半ば強制的に参加させられる生徒とは違い、教員の参加は自由だ。他の教員は絶対に遠慮したいと話していたが、希杏が望むなら空き時間にでも試してみればいい。

 そう続けた天璃は、歓喜する希杏の姿を前に、何とも言えない感情になった。


「それに、今回は名張(なばり)さんにも協力してもらったからね」


「リストの件ですか。名張には情報屋としての面もありますから、色々と駆使させてもらいました。なにより、他ならぬ御門様のためならこの名張希杏……一肌どころか、全て脱がせていただきます!」


「気持ちは分かったから、脱ごうとしないで」


 服に手をかける希杏を、天璃が生気のない目で止める。

 希杏は今回の出し物を完成させるにあたって、協力を依頼した内の一人だった。


 天璃の計画を聞いた際、霊藻は出来ないこともないが、今のままでは難しいと答えた。

 幻術とは化かす側の目的によって、相手を極楽のような気分にも、地獄のような気分にもさせられる。つまり、術中に引き込めさえすれば、対象の深層心理を幻に反映させることも可能なのだ。


 とはいえ、猛獣は精神面も強靭な者が多く、人間のように容易くとはいかない。より深く引き込むためには、ある程度対象を理解しておく必要があった。


「先祖返りは、裏社会において否が応でも注目される存在です。どんな幼少期をすごし、どんな価値観を持っているのか。人間とは異なる存在を観察することは、結果的に人間社会の安寧にも繋がるのです」


「名張には、たくさん顔があるんだね」


 核心を突いた声色だった。微笑みで応えた希杏を、天璃も黙って見返す。


 裏社会の監視と、情報屋。もしそれらを一手に担うことができるのならば、家(彼ら)の価値は桁違いに上がるだろう。

 いくら性格に難があっても、仕事には困らないはずだ。天璃自身もまた、使い勝手のいい駒を未だに愛用している。


「そういえば、御門様。最近、学園内で不穏な動きが見られるそうです」


「不穏な動き?」


「はい。それも、先祖返りとは違った……」


 天璃の背後を見た希杏が、途中で口を噤んだ。


「話、終わった?」


 するりと回された腕が、天璃をすっぽりと抱え込む。

 なかなか戻ってこないため、迎えに来たのだろう。退屈さを滲ませた珠羅が、希杏に不満げな眼差しを向けた。


「はうっ! こちら、本日の昼食です……! では、私(わたくし)はこれで!」


 胸元を押さえた希杏が、迅速な動きで部屋を出ていく。

 空気が読めて仕事もできる。性格がああでなければ、引く手は数多どころか、学園(ここ)にさえいなかっただろう。


「阿留多伎(あるたき)様がいらっしゃるので、問題ないとは思いますが……どうかお気をつけくださいね」


 去り際に囁かれた言葉が、耳に残っている。

 一抹の不安をかき消すように、天璃は首元に回された珠羅の腕をぎゅっと握りしめた。


 

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