第九十滴 解けない嘘
「御門さんに接触した理由は、とある未来が見えたからです。ぼくはその未来を、何としても実現させたい。対抗戦で協力したのも、その未来に近づけるため必要なことだったからです」
利害の一致。対抗戦での申し出は、天璃にとっても利があることだった。
しかし今の朽苑は、その一歩先に踏み込もうとしている。
「秘密を明かせとは言いません。ただ、御門さんがしようとしていることに、ぼくも関わらせてほしいんです」
「梵さんは、私といることで見える未来をもっと知りたいんだね」
他者と繋がることで、強制的に未来が見えてしまう。言い換えれば、関わった相手のより深い未来が見えるということだ。
朽苑の望む未来がどんなものかは分からない。けれど、少なくともその未来に、天璃の存在は欠かせないようだった。
「代わりと言ってはなんですが、御門さんがぼくの力を必要とする際は、可能な限り協力するとお約束します」
いかがでしょうと微笑む朽苑に、思案顔の天璃が目を伏せる。
「聞いてもいいかな?」
「何なりと」
「朽苑さんの望む未来は、私にとっても好ましいものだと言える?」
共犯と呼ぶのなら、双方に益がなければならない。疑惑を抱えたまま手を取り合うのは難しい話だ。
布越しの視線が、じっと天璃に向けられているのを感じる。
「全てを好ましいとは言えません。選択の結果、失われるものもあります。ただ……御門さんにとって、最も大切なものは守りぬくことができます」
「そっか」
自然とこぼれた相槌は、吹き抜ける風のように透明で。
「何かを選べば、何かが弾き出されるのは当然のことだよ。もし選ばなければ、失いたくないものから消えていく可能性を高めることになる。関係性に名前を付けるのも、優先順位を作るのも、結局は守りたいものを選別するための行為だからね」
手のひらに乗せられるものは、ほんの僅かだ。増やせば増やすほど、端から順に転がり落ちていく。
「いいよ。共犯者になろう」
決して手放したくないものを守り切れるのなら、その未来は天璃にとって悪いものではない。
ザワザワとした波のさざめきが、辺りに戻ってくる。
緩んだ空気の中で、朽苑が微かに息をつく音がした。
◆ ◆ ◇ ◇
ゲームクリアの文字に、コントローラーを置く。
機械からカセットを取り出した天璃が、隣に座る珠羅へ声をかけた。
「このゲーム、続編とか出るのかな」
「これね〜、まだ発売されてないんだって。兄がゲーム会社に投資してて、そのツテで貰ったみたいだよ」
閉鎖的な場所にいるため、世間の事情には疎くなっている。しかしまさか、先行プレイだったとは思わず、天璃はまじまじとカセットケースの表面を見つめた。
「来月には売りに出すって言ってたから、本土でも予約は始まってると思うよ〜」
「お兄さんとは、よく連絡し合ってるの?」
「二番目の兄は、結構マメなんだよね。通信機器が繋がらないからって、荷物と一緒に手紙を入れてくるんだけど、返事しないと面倒なことになるから、仕方なく返してるんだ〜」
どうやら、兄の方は珠羅のことをそこそこ気にかけているらしい。その兄がゲームの感想を聞きたがっていたと知り、天璃は持っていたケースを片付けると、再び珠羅の隣に腰掛けた。
「今回のはアクションや謎解き要素も良かったけど、ストーリーが特に面白かったかな」
記憶喪失の主人公が、偶然出会った青年と旅をしながら記憶を取り戻していく物語だ。天璃との共通点もありながら、正反対の道を進んでいく主人公の姿がとても興味深く感じられた。
「でもまさか、主人公が最後にどっちも振るとは思ってなかったな〜」
珠羅の言葉に、天璃が黙って目を伏せる。
どっちもとは、主人公と旅をしている青年。そしてもう一人、別の男を指していた。
旅を続けるうちに、主人公は青年と相思相愛になっていく。とある出来事をきっかけに、二人は晴れて恋人同士となるも、主人公の恋人を名乗る男が現れ事態が一変する。
記憶のない主人公は、恋人を名乗る男を拒絶するものの、やがて記憶を取り戻したことで心変わりしてしまうのだ。
気持ちに嘘はつけないと青年を振った主人公だが、罪悪感により男の手を取ることもできず、結果的に一人で生きていくことを決める。
いっそ、記憶を取り戻さない方が幸せだったのではと呟く主人公の姿を最後に、エンディングが流れるのだ。
「天璃ちゃんが主人公だったら、どうする?」
珠羅からの問いかけに、天璃が視線を上げる。
信じることと、疑いを捨てることはイコールではない。たとえ信じていても、移り変わる流れの中で、変わらないものを確かめたくなる時もあるものだ。
「私だったら、ずっと嘘つきのままでいるかな」
「ふーん」
永遠に解けない嘘は、果たして嘘と言えるのだろうか。
そっけなく聞こえる相槌だが、珠羅の機嫌はすこぶる良さそうだった。
──本当に、可愛い人。
小さく笑んだ天璃に気づき、珠羅が目を細める。
ソファーに押し倒され、天璃を囲うように漆黒の髪が垂れた。
後片付けをしていたみっちゃんが、慌てた様子で陰に引っ込んでいく。
重なった唇から漏れた吐息が、業の深さを表しているようだった。




