第九十一滴 会議
夏休みが終わり、日差しが幾分か和らいできた。
登校したクラスメイトの顔ぶれは、休み前とほとんど変わっていない。旅先で一人だけ逃げ出した獲物はいたものの、行動を読んでいた百目鬼によって難なく捕えられていた。
休みの間は獲物の補充ができないため、狩りも一度しか行われなかったらしい。ちょうど旅行中だった一組は狩りに参加していないため、他のクラスと異なり生徒の補充は行われないようだった。
「そういや、寮の催しなんにするか決まったん?」
「まだ決まってないよ。ただ、考えてることはあるかな」
「手伝いが必要な時は声かけてや。天璃がおるだけで、えらいもんが見れそうな気するわ」
にんまりと笑った霊藻の隣で、兎々がコクコクと首を縦に振っている。買い被りすぎだと苦笑した天璃は、時計を見上げおもむろに席を立った。
「会議、今日やったんか」
「どうせ形だけだけどね〜」
天璃に続き席を立った珠羅が、笑顔のまま皮肉を口にする。
霊藻たちに見送られ、天璃と珠羅は会議室へと向かった。
◆ ◆ ◇ ◇
夏論の雷によってボロボロになっていた室内は、綺麗に修繕されていた。
太陽、月、星。寮の象徴が描かれた椅子には、それぞれの寮長が腰掛けている。
珠羅の隣に座っていた天璃は、斜め前から突き刺さる視線を感じ、涼やかなアイスブルーを見返した。
「ねえ、ちょっと見すぎじゃない?」
「お前に関係ないだろ。減るもんでもないのに、心の狭いやつだな」
鼻で笑う氷雨に、珠羅もにっこりと笑みを返す。腕を組んだ夏論が、不愉快だと言わんばかりに眉を寄せた。
「舞宵さんはいないんだね」
「……楪には、今回から来なくていいって言ったからな」
天璃には棘のない口調で話す氷雨に、夏論の視線が一瞬だけ向けられる。
「気に入ってるなら、あの子を飼い主したらいいのに」
「お前、吐き気がするほど性格悪いな。天璃もなんでこんなのをペットにしたんだよ」
「可愛いからかな」
「かわ……いや、いい。昔からそうだったな。天璃の基準は、いつもどこか変わってるんだ」
懐かしむような、それでいて柔らかな響きだった。天璃を見つめ微笑む氷雨に、珠羅の瞳が暗さを増す。
「飼い主にするつもりはないのに、どうして一緒にいるの?」
「近くに置いといた方が、色々と都合が良いだろ」
天璃の問いかけに、氷雨がなんてことないように答えた。舞宵自身も使いっ走りだと話していたのを考えるに、今後も契約を結ぶつもりはないのだろう。
「天璃のとこは、何をするか決まったのか?」
「いくつか候補はあったんだけど、今の時間でほとんど決まったかな」
「その顔……絶対まともなもんじゃないだろ」
表情に出にくい天璃だが、氷雨には問題なく読み取れるようだ。呆れの滲んだ声には、どこか諦めも混じっている。
「氷雨さんのところは?」
「氷雨でいい。さん付けとか、違和感しかないからな」
感情を押し込めるように、氷雨が片肘をつく。
「去年までは楪がやってたから、出し物とか言われてもパッとしないんだよな。ま、適当になんかやるさ」
「去年、か。珠羅ちゃんは、どんなことしたの?」
「んー? あっちの世界に興味があるって猛獣がいたから、その場にいた全員を招待しようとしたら、なぜか中止になっちゃったんだよね〜」
あちらの世界とは、珠羅に狩られた獲物──東くくりが送られた場所のことだろう。
正気を保つことさえ困難な世界。もし中止になっていなければ、とんでもない事態になっていたはずだ。
「フン。どいつもこいつも、軟弱なやつばかりだ」
これだから弱者はと嘲りを浮かべた夏論は、どうやらあちらの世界に興味があるようだった。
「司空さんは、どんなのにするつもりなの?」
「準備はあいつに一任している。知りたければ、あいつにでも聞け」
「あいつって、獅子内さんのことだよね」
対抗戦で面白半分に脇腹を裂いてきた未来留は、未だに天璃への執着を抱えているようだった。
天璃としては、出来ることならあまり会いたくない相手でもある。
室内に、授業の終わりを知らせる鐘の音が響いた。
時間が来るやいなや颯爽と去っていった夏論を横目に、天璃たちも席を立つ。
「天璃」
氷雨に呼び止められ、天璃はその場で足を止めた。
「なにか……思い出したりしたか?」
「まだなにも」
苦しげな氷雨の姿を前にして、少しだけ胸が痛む。
そうかと呟いた氷雨に背を向け、天璃は珠羅と共に会議室を後にした。
◆ ◆ ◆ ◇
日が落ち始め、寮への帰路に影が伸びていく。
いつものように腕を組み、珠羅と寄り添いながら歩いていた天璃は、随分と静かになった蝉の鳴き声に辺りを見回した。
「夜ご飯、このまま食堂で食べていく?」
「ううん。今日は、部屋で食べたいかな」
言葉の裏に含まれた意図に気づき、珠羅がゆるりと目を細める。
赤く染まった夕焼けが、まるで血のように鮮やかで。
じわじわと湧き上がる食欲に蓋をするように、天璃は瞼をそっと閉じた。




