第八十八滴 計画の破綻
遊園地を出た天璃たちは、観光も兼ねて夕食をとれる店を探していた。
夏なだけあり、まだ空は明るい。街中を歩く珠羅は言わずもがな、霊藻も身長が高めなため、容姿と相まって多くの人の目を惹いていた。
「ほんまかなわんわ。ちょいと歩くたび話しかけられとったら、時間なんて秒で過ぎんで」
「珠羅ちゃんも霊藻ちゃんも、スカウトの名刺がすごい量になってるね」
「ただのナンパと合わせたら、二桁は超えたかな〜」
げんなりした顔の霊藻を、兎々が心配そうに見つめている。人当たりの良い笑みを張り付けた珠羅も、心なしか冷めた空気を滲ませていた。
「いっそ、家の行きつけの店で食べる? 会員制だから、邪魔される心配もないと思うよ〜」
「奇遇やな。うちも今、同じこと考えてん。兎々と天璃がええなら、そうするか?」
せっかくの旅行だ。ペット側としては、飼い主たちに好きな店を選ばせるつもりだったのだろう。
とはいえ、このままでは店の中でもゆっくりできないかもしれない。これ以上、飼い主たちとの楽しい時間に水を差されるのは我慢ならなかったようだ。
「わっ、わたしはみんなとなら……どこでも大丈夫、だよ」
「私もそれでいいと思う」
飼い主側としても、ペットたちの機嫌を損ねるのは望ましくない。迷わず同意したことで、その後の予定はすんなりと決まった。
◆ ◆ ◇ ◇
名店ということもあり、食事はどれも美味しそうだった。
実際、霊藻たちの反応を見る限り口にあったのだろう。以前の天璃であれば、同じように満足していたはずだ。
「珠羅ちゃん、気づいてるみたいだったな……」
いつも通り食べているつもりでも、天璃がもう普通の食事では満たされないことを、珠羅は察しているようだった。察していて、天璃が何も言わないため黙っているのだ。
ふと外の空気を吸いたくなり、お手洗いと銘打って部屋を抜け出した。個室専用の店はちょっとした迷路のように入り組んでおり、どの部屋も襖が閉じられている。
時おり談笑する声が聞こえてくるのを小耳に挟みながら、天璃は店の見事な和風庭園を眺めていた。
「……なぜ、あなたがここにいるのですか」
不意に声をかけられ、背後を振り返る。
呆然とした様子で天璃を見ていた女性は、綺麗な顔立ちを心配そうに歪め、ゆっくりと近寄ってきた。
「とにかくこちらへ。中で話しましょう」
元々、女性のいた部屋なのだろう。エスコートするように腰に手を回した女性へ、天璃が警戒した視線を向ける。
「心配なさらないでください。私はあなたの味方です。記憶を失くしたあなたを家に迎え、匿った人間がいたでしょう? あの人間は、私の協力者なんですよ」
女性の言う通り、行き場のない天璃に手を差し伸べ、世話をしてくれた人がいた。当時はなぜそんなことをしてくれるのか分からなかったが、どうやら目の前の女性の指示だったらしい。
「あなたは学園に行ったと、報告を受けていたのですが……。いえ、そもそも氷雨はどこにいるんです? 氷雨があなたの傍を離れるなど、考えられないことです」
後ろ手に襖を閉めた女性が、掘りごたつに座るよう促してくる。
「どうして、氷雨さんの話がでてくるんですか?」
「記憶がまだ戻っていないようですね。その点に関しては、私としても想定内といったところです。あなたが氷雨の飼い主になるのに、大きな影響もありませんから。問題は、なぜここに氷雨がいないのかです」
落ち着いた様子の女性から、悩ましげな空気が漂う。氷雨がいないことが予想外だったのか、どこか困惑した空気も感じられた。
「私の計画では、氷雨とあなたは初めの狩りの後に出会う手筈になっていました。島には結界があるため、事前に情報は伝えられていませんが……氷雨なら、一目見ればあなたに気がつく。飼い主の制度を使えば、学年に関係なくクラスを変えることができます。ですから今は、氷雨と一緒に居るはずだと思っていたのですが……」
女性が黙ったことで、室内が静寂に包まれる。
思案顔で目を伏せる女性の姿は、考えごとをする時の天璃のようで。何かに思い至った様子の女性が、深刻さの滲む表情で天璃を見つめた。
「まさか……初めの狩りで、生き残ったのですか?」
狩りは獲物にとって、生か死の二択を突き付けられる時間だ。生き残れなかった先にあるのは、死という終わりだけ。
「それは、私に死んでほしかったという意味でしょうか」
「いいえ、違います! あなたも……奥底では気づいているはずです。死というトリガーが、あなたにどんな状況を引き起こすのか」
深層心理を探るような言葉に、天璃の瞳が僅かに揺れる。
「学園に戻り、氷雨と話し合ってください。氷雨であれば、あのような場所でもあなたを守ることができます」
沈黙のあと、天璃は緩く首を振ると立ち上がった。
「私にはもう可愛いペットがいるので、その話は受けられません」
「それは、どういう……」
「迎えが来たので、失礼します」
女性に背を向けた天璃が、襖を開き通路に出ていく。
「待ってください……!」
後を追い外に出た女性の視界に、闇色のとばりが広がった。




