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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第三章 血の盟約

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第八十一滴 真祖


 部屋に置かれていたフロアスタンドが、槍のように少女を襲う。

 最小限の動きで避けた少女は、背後の壁に突き刺さったスタンドには見向きもせず、前方に現れた黒い手を凍えるような眼差しで睨んだ。


「みっちゃん……」


 珍しく怒った様子のみっちゃんが、少女に人差し指を振っている。まるで、なんてことをするんだと叱っているかのような動きだった。


「怪我したの〜?」


 いつの間にか傍にいた珠羅(しゅら)が、固く握られた天璃(あめり)の手を解いていく。

 扉が閉じたままなのを見るに、陰を通ってきたのだろう。天璃を自身の背に隠すと、珠羅は少女に向かってにこりと笑みを浮かべた。


「まさか、夢幻(むげん)寮の寮長が吸血鬼だったなんてね〜。代理しか寄越さないわけだ」


「……邪魔すんな。お前に用はない」


 アイスブルーに戻った瞳が、珠羅の姿を映す。

 そこを退けと威圧する少女を、珠羅は飄々とした態度で受け流した。

 

「嫌がってる相手に、無理強いするのは良くないよ〜。それに、飼い主を守るのはペットの役目だからね」


「いちいち癪に触るやつだな。でも、そうか。お前が阿留多伎(あるたき) 珠羅か」


 納得した様子の少女が、珠羅を正面から見据える。


「歴代の幻想種(ファンタジア)の中で、最も濃い血を持つと言われるだけあるな。私を真祖と理解した上で喧嘩を売ってきたのは、お前が初めてだよ」


 ──真祖。吸血鬼の中でもたった数人しか存在しない、血のカーストの頂点。そして、完全な不老不死を手にした、最凶の吸血鬼のことだ。


「私とお前の力量は、ほぼ互角ってところか。まったく……おかしな話だよな。先祖返り(にせもの)がどうして、そんなにも濃い血を受け継げたのか。お前の気配は、遥か昔に戦った神々のものとよく似ている」


 偽物が本物に並ぶなど、普通ならあり得ないことだ。しかし、永い時を生きてきた真祖から見ても、珠羅の異質さは際立っていた。


「でも、だからこそ不愉快だ。どうしてお前が……」


 少女の視線が、天璃の方へと向けられる。珠羅の後ろに隠れているのが気に食わないのか、少女は眉を顰めると、何かを堪えるように顔を歪めた。


 突然、天璃を抱き寄せた珠羅が、その場から飛び退いた。直後、扉が急速に熱を帯び、壁との境目から炎が吹き込んでくる。


 チリチリと金属が溶け、接続部分が焼き切れていく。やがて炎がおさまると、もの凄い轟音と共に扉が内側へと倒れてきた。


「貴様ら、いつまで無駄口を叩いているつもりだ」


 ぽっかりと空いた壁の先には、仁王立ちで腕を組む夏論(かろん)の姿があった。


(ドラゴン)って耳がいいんだっけ〜」


「貴様らが喧しいだけだ」


 苛ついた様子の夏論が、ギロリと珠羅を睨む。

 珠羅の腕の中にいる天璃と、前方に立つ少女を見比べると、夏論は不機嫌そうな雰囲気のまま「早く席に着け」と親指を傾けた。


「用があるのは、そいつだけだ。お前たちは、どこへなりとも行けばいいだろ」


「ダメに決まってるでしょ〜。あんまりしつこいと、嫌われちゃうよ?」


「お前を排除すれば、その心配もなくなるかもな」


 互いに引く気がない以上、決着のつけ方は一つしかない。弱肉強食の学園では、強い者が正義となる。

 一触即発の空気を感じ、天璃が珠羅の袖を握る中、夏論が少女の方へと進み出た。


「そうか。ならば、私も参加しよう」


 予期せぬ宣言に、少女の視線が探るような色を含む。


「このまま続けるなら、貴様の敵が増えるだけだ」


 いくら真祖でも、幻想種(ファンタジア)二人を相手にするのは分が悪い。いくらかの沈黙のあと、少女は渋々といった様子で口を開いた。


「……まったく、次から次へと。そんなに警戒しなくても、今回は手を引くさ。会議にも参加する。これでいいだろ」


「今回だけじゃなくて、二度と手を出さないでほしいんだけどね〜」


「嫌だね。そもそも、お前にそいつは相応しくない」


 天璃たちの横を通り、少女が部屋を出ていく。

 すれ違いざま一瞬だけ合った視線には、ひどく複雑な感情が滲んでいた。



「司空さん。さっきは──」


 手助けの感謝を伝えようと、踵を返した夏論に声をかける。


「勘違いするな。貴様らの勝ち逃げを、許すつもりはないだけだ。いずれ必ず……借りは返す」


 足を止めた夏論だが、天璃の方を振り向くことはなく。それだけ言うと、颯爽とその場から去っていった。


「私たちも戻ろうか」


「そうだね〜」


 これ以上待たせては、夏論に何と言われるか分からない。腕の囲いから抜け出た天璃は、怪我をしていない方の手で、珠羅の手に軽く触れた。

 意図を察した珠羅が、天璃の手に指を絡める。


「珠羅ちゃん」


「んー?」


「助けにきてくれて、ありがとう」


「どういたしまして」


 天璃だけに向けられる、柔らかみのある声。出会った頃と変わらず冷んやりとした体温に、天璃は心が凪いでいくような安心感を覚えた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「あー! 氷雨(ひさめ)さま、こんなところにいた!」


 会議室に戻った天璃たちに続けて、別の生徒が室内に飛び込んでくる。生徒は先ほどの少女を見るなり、氷雨さまと呼び半泣きで駆け寄っていった。


「もーもーもー! 急にいなくならないでくださいよ。探したんですからね!」


「なんだよ。牛の真似でもしてんのか?」


「違いますー!」


 半泣きから一変、憤慨した生徒が地団駄を踏む。


「いっつもわたしに会議を押し付けて、どこかに行ってしまうんですから! ……って、あれ? そういえば、どうしてここにいるんですか?」


「昼寝にきてたんだよ。まったく、大袈裟なやつだな」


「昼寝って……もしかして、また備品室で寝てたんですか? だったら、そのまま会議に参加してくれればいいじゃないですかー!」


「騒々しい」


 嘆きが止まらない生徒を、夏論がギロリと睨みつけた。一瞬で青ざめた生徒が、「すみません……」と口を噤む。


「仕方ないだろ。あそこのベッド、寝心地がいいんだ。あのまま寝てたかったが、そうもいかない状況だったからな」


 氷雨の視線を辿り、生徒が天璃の方を見た。


 

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