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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第三章 血の盟約

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第七十五滴 神聖なる血


 別棟の周りは薄暗く、光源もほとんど見当たらない。

 棟の入口には鍵がかかっていたが、珠羅(しゅら)が内側から開けてくれたため、難なく忍び込むことができた。


「昼に来た時とは、別の場所みたいだね」


「どこぞのお化け屋敷みたいやな」


 本土で行ったことがあるのだろう。何気なく発した霊藻(たまも)の言葉に、宝探しでお化けが出たと騒いでいた生徒の姿を思い出し、天璃(あめり)は小さく吹き出した。


「そういえば、関東に新しい遊園地ができたんだって〜。兄がチケットをくれるらしいから、行ってみない?」


「おー、ええな。せっかくの旅行やねんから、色々と回ってみようや」


 対抗戦の優勝賞品として、天璃たちのクラスには本土への旅行券が与えられている。夏季休暇の時期に合わせて、一週間ほど本土へ行けるため、狩りで落ち込んでいた生徒たちの顔にも、いくらか生気が戻り始めていた。


「ぴえ……っ!」


 突然の物音に悲鳴をあげた兎々(とと)が、霊藻の腕にギュッとしがみつく。


「心配いらへん。ただのネズミや」


 怯える兎々の頭をポンポンと撫でると、霊藻は床下から飛び出してきたネズミに視線を向けた。


「ネズミとか久しぶりに見たかも〜」


(こっち)だと珍しいの?」


「そうでもないよ。ただ、私たちみたいなのがいると、ああいうのは滅多に出てこないからね〜」


 捕食者を怖がるのは、動物の本能だ。ぶわりと毛を逆立てたネズミは、珠羅たちから逃げるように闇の中を駆けていった。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 修繕されたばかりの床に穴を開けたことで、以前よりも被害が大きくなったように思える。

 ポッカリと空いた穴から視線を逸らした天璃は、珠羅の腕からおりると、地下室の奥にある壁へと向かった。


 灰色の壁にはカーストを意味するピラミッドと、空から降る黒い雨が描かれている。


「僅かやが、血のにおいがすんで」


「においがするってことは、近くに入口がある可能性も高いってことだよね」


「おそらくな」


 壁画に触れた天璃の手が、彫られた溝の上をなぞっていく。

 カーストを示すピラミッドと、恵みを表す雨。もし、吸血鬼にとって血液が、神聖なものに当たるのならば──。


 ポケットから折り畳み式のナイフを取り出すと、親指の腹に傷をつける。ぷくりと浮かんだ血液を、天璃は絵の上に押し付けてみた。


 赤い血が、溝を伝うように流れていく。

 突然、壁画が紅く発光しだした。

 ピラミッドの中央に現れた目が、天璃たちの姿を映す。


「なるほどな。隠し通路の鍵やったっちゅうわけか」


 壁がパズルのように分解され、左右に広がった先には、さらに地下へと続く階段が覗いていた。


「天璃ちゃん、ちょっと手借りるね〜」


「え? ……っ」


 スルリと指を絡めた珠羅が、まだ血の浮かぶ指を口元へと運んでいく。

 音を立てて吸われた指に、ピリッと軽い痛みが走った。


「はい、これで大丈夫」


 にこりと笑った珠羅が手を離すも、天璃はすぐに言葉を返せずにいた。

 天璃は珠羅のことを好いているのだと、そう風吹(ふぶき)に言われたあの日から、どこかずっと心が落ち着かないのだ。

 

「面倒が増える前に、早いとこ証拠集めて帰んで」


 顔を茹蛸のように染めた兎々の隣では、霊藻がもう慣れたと言わんばかりの様子で立っている。

 通路に足を踏み入れた天璃たちは、壁沿いに灯った松明の炎を辿り、ぼんやりと照らされた階段を下りていった。


「この炎、ほんまもんやあらへんな。幻術で作られとる」


「吸血鬼は、夜目がきくはずだよね。わざわざ灯りをつける理由があるとすれば」


「他の種族を連れ込むためやろな」


 天璃の言葉を引き継ぎ、霊藻が導き出された答えを口にする。


「通路……別れてる、ね」


「どっちに行く〜?」


 分かれ道を前に立ち止まるも、三人の視線は一様に天璃の方を向いていた。

 思案顔で目を伏せた天璃が、ポツポツと考えを語っていく。


「もしここで実験が行われているんだとすれば、吸血鬼の往来も盛んになるはず。つまり、気配が多く残る方に進めば、当たりを引ける可能性も高くなると思う。でもその場合、吸血鬼と遭遇する確率も高くなるってことだから……」


「わっ、わたしなら、大丈夫だよ……!」


 悩んでいる理由が、兎々の身を心配してだということに気づいたのだろう。天璃の迷いを断ち切るように、兎々が声を上げた。

 小刻みに震えながらも、兎々の目には強い意志が宿っている。


「こうなった兎々は、梃子(てこ)でも動かんで。ま、初めから危険は承知の上や。うちと阿留多伎(あるたき)もおるんやし、天璃の思う方に進んでみればええ」


 心なしか、兎々への過保護具合が減ったようだ。嬉しそうに頬を緩めた兎々を、霊藻も優しく見つめている。

 霊藻の柔らかく細まった眼差しが、珠羅のそれと似ているような気がして。天璃は騒つく心を抑えるように、胸元の制服をそっと握った。


「じゃあ、右に進もうか」


 天璃が右を選ぶなり、三人とも迷うことなく右の道を進んでいく。ふと天璃を見た霊藻が、好奇心から疑問を口にした。


「そういえば、右を選んだ理由はなんなん?」


「ネズミだよ」


「ネズミ?」


 不思議そうな声で、霊藻が言葉を繰り返す。


「さっき、猛獣がいる時に、ネズミみたいな動物は滅多に出てこないって話をしてたでしょ? それなら、今回はどうして出てきたのかなって思ってたの」


 隣を見上げた天璃に、珠羅がにこりと笑みを浮かべる。


「偶然はちあったならともかく、珠羅ちゃんや霊藻ちゃんがいる場に、後から出てきたよね。しかもあのネズミ、こっちを認識する前から毛が逆立ってた」


「なるほどな。()()()()から逃げてきた途中で、うちらと遭遇したっちゅうわけか」


 要するに、珠羅たちがいることに気づかないほど、必死だったのだ。

 夜の別棟。床下から現れたネズミ。いったい何から逃げてきたのかなんて、あえて語るまでもない。


「ネズミが出てきたのがこっちの方角だったから、右が良さそうだなって思ったの」

 

「相変わらず、頭の回るやっちゃな」


 斜め上を指差した天璃に、霊藻が口角を上げる。


 不意に、霊藻が足を止めた。

 天璃を囲うように、珠羅の腕が前方に回される。


「──阿留多伎!」


「大丈夫。分かってるよ〜」


 飛んできた刃を受け止めた珠羅の手の中で、どろりと短剣が形を失っていく。


「……お前たち、先祖返りか。どうやってここに入ってきた」

 

「ほんま、話をすればやな」


 兎々を背に庇っていた霊藻が、やれやれと言いたげな顔でローブの相手を見た。

 全身を覆う黒いローブと、目深に被られたフード。そして何より、血液操作による攻撃。


 通路の先に立つ吸血鬼は、強い敵意と、警戒心をあらわにしていた。


「ここはうちが何とかする。阿留多伎(あるたき)は、兎々と天璃を守っといてや」


 霊藻が一歩前に出るのと同時に、天璃が兎々を手招きする。兎々が安全な場所まで移ったのを確認すると、霊藻は手のひらに蒼い狐火を浮かべた。


「催眠や幻術は、吸血鬼の得意とするとこや。せやけどな、それはうちにとっても言えることやねん」


 霊藻の唇が、三日月のように吊り上がる。


「ちょいと遊んだろか」


 爛々と光る金色の目は、獲物を見つけた捕食者のそれだった。


 

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