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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第三章 血の盟約

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第七十四滴 知らぬが仏


 大は小を兼ねるが、愛は恋を含まない。

 たった一人だけを選び慕う感情が、天璃(あめり)にはよく分からなかった。


 もし珠羅(しゅら)が恋人という形を望むのであれば、それらしく振る舞うことはできただろう。

 なぜなら、天璃は目的のためなら自らを駒として使うことも厭わない。そういう人間だからだ。


 計算された言動。不可欠であるがゆえの特別扱い。

 マリオネットのように操作された感情に、恋が絡むことなどありはしないと、そう……思っていた。



『どうか──でください! このままでは──』


『──には、不可能だと──』


 痛い、苦しい、悲しい。もう、終わりにしたい。

 ひどく疲れ果てた感情が、波のように押し寄せてくる。


 叶えられない願いの矛先は、自分か他者、どちらかを傷つけることでしか止められない。

 それならいっそ、全てを“無かったことに”してしまえたら──。


 声が遠ざかる。

 静寂の満ちる暗闇は、天璃に安息と、深い眠りを与えてくれた。




 ◆ ◆ ◆ ◇




 カチャンと、薬棚を閉める音が響く。

 壁を背に立っていた珠羅へ丸椅子を押しやると、神領(しんりょう)はデスクの椅子に身体をもたれさせた。


「疲れ気味?」


「おまえたちのせいでな」


「え〜、そんなことないと思うけど」


 神領が働きすぎなのは、今に始まった話ではない。軽い口調の珠羅だが、言外にそんな意図が透けて見えた。


「最近は心労も多いんだ。僕が過労死したら、阿留多伎(あるたき)の家に請求書が行くかもな」


「あはは。良いんじゃない? あの家、お金だけは腐るほどあるからね〜」


 飄々とした態度に、小さく息をつく。適当に髪を括った神領が、真面目な顔つきで口を開いた。


「遠回しはどうにも苦手でな。率直に聞くぞ。阿留多伎、おまえ……御門(みかど)に自分の血を飲ませてるだろ」


「なんのこと?」


 にこりと笑った珠羅に、神領が視線を鋭くさせる。


「前から疑ってはいたんだ。それと、その口元の血はなんだ」


「ああこれ? これはさっき、舌を噛まれた時のかな〜」


「……噛まれた? まさか、御門が噛んだのか?」


 予想外の返しだったのだろう。動揺をあらわにした神領が、うっすらと疑惑を滲ませる。


「苦しそうだなーと思って口を塞いだら、思いきり噛まれちゃった。まあいきなりだったし、本能みたいなものだからしょうがないけどね〜」


「いや、完全に自業自得だろ」


 あの状態で、理性が働く方が驚きだ。反射的に舌を噛んだのだろうが、もとを正せば珠羅の行動に問題がある。

 そう内心で続けた神領は、ふと湧き上がった違和感に、ピタリと動きを止めた。


「そもそも、なぜそんな真似をした。阿留多伎……おまえいったい、何が目的なんだ?」


 アーモンド型の目が、ゆるりと細められる。


「神領先生にはお世話になったから、忠告しといてあげる。今後も平和に過ごしたいなら、この件からは手を引いた方がいいよ〜。これ以上踏み込んだら、生きて戻れなくなるかもしれないからね」


「……脅しか?」


「事実だよ」


 行きすぎた好奇心は、いずれ身を滅ぼす。毒のない笑みには、いっそ愛嬌さえ感じられた。

 肩から流れ落ちた黒髪は、夜の訪れを示す空のようで。


 触らぬ神に祟りなし。

 そんな言葉が、神領の脳裏をよぎっていった。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 天璃が目を覚ましたのは、夜も更けた頃だった。

 ふわふわの枕と、シルクのように滑らかなシーツ。寮にある自室のベッドの上で、天璃は不思議そうに目を瞬いた。


「起きた?」


 隣で身体を起こした珠羅が、様子を確認するように覗き込む。


「……しゅらちゃん」


「うん。なぁに?」


「私たしか、作業場の奥で風吹(ふぶき)さんと話してたはずじゃ……」


 記憶が曖昧だ。プツリと途切れた糸を手繰り寄せながら、天璃はまだ眠気の残る顔で珠羅を見つめた。


「いきなり倒れるからびっくりしたよ〜。ひとまず医務室まで運んだんだけど、なかなか起きないから寮に戻ることにしたんだ〜。調子はどう? どこか痛いところはある?」


「ううん。どこも痛くないけど……」


 自分がどうして倒れたのかも分からない。困惑する天璃にニコリと笑いかけると、珠羅は「もう少し寝ておきなよ」と話しながら、天璃の目元を手のひらで覆った。


 真っ暗な視界に、再び眠気が襲ってくる。


「やっぱり、天璃ちゃんだったんだね」


 珠羅が何かを口にするも、もはや天璃に聞き返す気力はなかった。

 ただ、頬を撫でる珠羅の手を、なぜだかずっと握っていてあげたいと──そう、強く思っていた。




 ◆ ◇ ◇ ◇




 校舎の上階にある一室で、まだ小学生くらいの幼女が椅子をよじ登っている。

 三度のノックを終え、重厚な扉を開いた結解(ゆげ)は、社長椅子に座ろうと試みる幼女の姿を目にするなり、足早に傍へ近づいていった。


「呼んでくだされば、手をお貸しすると申し上げたはずです」


「むむっ! 心配ご無用! こう見えて、足腰は鍛えているからな……あっ」


 椅子から滑り落ちた幼女が、床に尻餅をつく。気まずそうに立ち上がった幼女は、少し悩んだあと、結解に向かって万歳のポーズをとった。


「手間をかける」


「いつものことです」


 淡々と応えた結解が、幼女を椅子に座らせる。

 ダラリと垂れた袖を揺らすと、幼女は窓から見える学園の景色を一望した。


「吸血鬼たちが、これまでになく活発になっている。あの子が来たことで、永きに渡る我々の戦いにも、ようやく変化が訪れようとしているわけだ」


 幼い容姿とは反対に、話し方は随分と大人びている。


「君には苦労をかけるな」


「先祖代々、結解はこの時のために血を繋いできました。私の代で結末を見られるのなら、むしろ幸運だと言えるでしょう」


 結解らしい返しに微笑んだ幼女が、椅子をデスクの方へ半回転させる。


「一度、あの子と話がしてみたい。近々ここに連れてきてくれないか」

 

「寮に連絡を入れておきます」


 満足気に頷いた幼女が、長い袖をブンブンと回す。


「君ももう休みたまえ。実験が上手くいっていない以上、今しばらくは猶予があるはずだ」


「では、本日はこれで失礼します」


「うむ。……いい夢を」


 扉に向かう結解の背に、少女が優しく声をかける。

 閉まっていく扉の先で、結解は微かに表情を緩めると、綺麗な所作で一礼した。


「学園長も、いい夢を」


 

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― 新着の感想 ―
血を飲むという行為は、とても素晴らしいものです。ありがとうございます
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