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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第三章 血の盟約

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第七十三滴 記憶の断片


「どう、というのは……」


「そのまんまの意味だよ。珠羅(しゅら)に対して、思ってることを聞かせてほしい」


 正直な気持ちが知りたいのだと話す風吹(ふぶき)に、天璃(あめり)は迷うことなく、一つの結論を口にした。


「可愛いです」


「……ん?」


「見た目もですが、中身も可愛いです。つまり、全部可愛いです」


「……んん?」


 予想外の答えだったのだろう。困惑した様子の風吹(ふぶき)が、戸惑いつつも耳を傾けている。


「温度のない笑顔も、私を見る時のあどけない表情も、甘えるのが好きなのに尽くしたがるところも」


 感情が抜け落ちた瞳も、闇夜に浮かぶ月のように柔らかい眼差しも。他者に関心の薄い珠羅が、天璃だけは手放したくないと思っていることも。


「とにかく、何もかもが可愛いんです」


 珠羅が天璃に何をしているのか、気づいていない訳ではない。それでも、満足げに笑う珠羅を目にするたび、天璃はこれでいいような気がしてしまうのだ。


「昔……ある人が言ってたんだけどさ。女性が誰かを可愛いくてしかたがないと思うのは、底なしに深い愛情の現れなんだって。天璃は、珠羅のことがすごく好きなんだな」


 まるで、心を鈍器で殴られたかのような感覚だった。


 ──珠羅のことが、好き?

 脳内で繰り返した言葉が、空っぽの心を埋めていく。


 珠羅のことは大切だ。可愛いとも思うし、最も優先すべき相手だとも思っている。

 しかしそれは、珠羅が天璃にとって必要不可欠な存在だからだった。


 経験したことのない感覚に、意識がグラグラと揺れ始める。塗り潰された記憶を切り裂くように、稲妻のごとき光が走った。


『目には見えなくとも、心には感触があるのです。悲しければ擦り傷のように痛み、嬉しければ真綿で包まれたかのように温かくなる。愛も同じです。私は貴女を愛しているからこそ、こうしてお傍にいることが、心地よいと思えるのですよ』


 誰かも分からない声の主が、なぜだかとても懐かしく感じる。


「あー、なんか安心した! 叶う見込みのない片想いって、苦しいだろ。珠羅には、そんな思いしてほしくなかったからさ」


 スッキリした顔で笑う風吹を前にしながら、天璃の目は別の場所を見ていた。


『苦しいんです……っ! 貴女は──でも、私はただ──を──愛──』


 先ほどとは別の声だ。けれど、同じくらい懐かしい声に、心を丸ごと鷲掴まれたかのような痛みを覚えた。


「なんか、作業場が騒がしいな」


 扉越しに、ざわざわとスタッフの声が響いている。

 何かあったのかとドアノブを捻った風吹は、飛び込んできた光景にポカンと口を開けた。


「どれか分からなかったから、全部持ってきちゃった〜」


「はああああ!? ちょ、持ってきすぎだって! 一回で全部運んでくるとか、色々と規格外すぎるだろ!?」


 山のように積み上げられた段ボールは、作業場の入口を塞ぎかねないほどだ。片付けの労力を思い、風吹はしょぼくれた犬のように項垂れた。


「天璃ちゃん?」


 不意に、珠羅の纏う空気が変わった。


 椅子から立ち上がった天璃は、けれど珠羅の方を見ることはなく。胸元を強く握りしめ、引き攣った呼吸を繰り返している。

 異変に気づいた風吹が声をかけるよりも早く、崩れかけた天璃の身体を珠羅が抱え込んだ。


「落ち着いて。大丈夫だから」


 背中をさする珠羅の手が、一定のリズムを刻む。


「誰か、神領(しんりょう)先生を呼んできてくれ!」


 スタッフに指示を飛ばす風吹の傍らで、珠羅は荒い呼吸を封じるように、天璃の口を自らの唇で塞いだ。

 反射的に身を捩った天璃の後頭部を、傷つけない程度に押さえ込む。


「ナニモミテイマセン」


 両手で目を覆った風吹が、弁明の言葉と共に後ろを向いた。


「急患とやらは、どこにいるんだ」


 段ボールを押し退けながら入ってきた神領は、普段よりもさらに濃いクマを張り付けている。

 徐々に呼吸が整ってきたのを感じ、珠羅は拘束していた腕を緩めると、天璃を抱えたまま立ち上がった。


「またおまえたちか」


 げんなりした様子の神領だったが、天璃を目にした途端、一瞬で医者の顔つきに変わる。


「医務室に移るぞ。話はそこで聞く」


 珠羅たちを見送るため出口まで付き添った風吹は、ふと珠羅の唇が紅く染まっているのに気づき、心配そうに眉を寄せた。


「珠羅、口のとこ怪我したのか? 血が……」


「ああこれ? ちょっと舌噛んじゃっただけ〜」


 いつも通りの笑顔には、有無を言わせない圧が含まれている。

 風吹が見守る中、珠羅たちの姿は長い廊下の角に消えていった。


 

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