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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第三章 血の盟約

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第七十二滴 明朗快活


「今日の授業、さぼっちゃおうか」


 唐突な言葉に、朝食を口に運んでいた天璃(あめり)の手が止まる。


「何かしたいことでもあるの?」


「まあそんな感じかな〜」


 曖昧な返事の珠羅(しゅら)を見つめ、天璃は小首を傾げたあと、ふわりと微笑んだ。


「たまには、そういうのも良いかもしれないね」


「決まり〜」


 楽しげに目を細めた珠羅が、フルーツの刺さったフォークを差し出してくる。

 ジュワリと広がった果汁は、甘みの中にほどよい酸味が混じっていて。


 美味しいはずのそれを咀嚼しながら、天璃はふと空っぽのスープ皿に視線を落とした。


 ──こっちの方が、甘かったな。


 遮断機のように警笛を鳴らす思考に蓋をすると、天璃は再び食べかけのパンに手を伸ばした。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 授業を放棄した天璃たちだったが、珠羅に連れられやってきたのは、校舎内の一角にある作業場のような空間だった。


 断続的に響くミシンの音と、忙しなく動き回る人々。積み上げられた生地の近くには、猛獣用にカスタマイズされた制服がズラリと並んでいる。


「あれ? 珠羅じゃん」


 不意に、奥の扉から誰かがひょっこりと顔を覗かせた。

 真っ赤に燃える髪をピンで留めた若い女性は、新緑のような瞳をキラキラと輝かせている。


「なんか久しぶりだな。って、あ! 隣の子はまさか……!」


「私の飼い主だよ〜。興味があるみたいだったから、連れてきたんだー」


「やっぱり! てか天璃、服飾に興味あんの!?」


 いきなり名前を呼ばれ、天璃は少し驚いた表情を浮かべた。勢いよく天璃の手を握った女性が、そのままブンブンと上下に揺さぶってくる。


「名前、知ってるんですね」


「あったりまえじゃん! 天璃の制服作ったの俺だよ? 我ながら、めちゃくちゃ良い出来だと感動して……」


 熱く語っていた女性が、ふと何かに気づいた様子で黙り込む。


「……もしかして、名前呼ばれんの嫌だった?」


 窺うように見てきた女性に、天璃は緩く首を振った。

 一転、表情を明るくした女性が、太陽のように眩しい笑みを浮かべる。


「良かったー! あ、ここで話すのもなんだし、あっちの部屋に移ろうぜ!」


 先ほど自身が出てきた扉を指すと、女性は小走りで奥へと駆けていく。急かすように手招きされ、天璃は思わずクスリと笑みをこぼしていた。


学園(ここ)では、珍しい感じの人だね」


「まあねー」


「前から仲がいいの?」


「知り合ったのは去年かな〜。仲がいいって言うより、会うたびにあんな感じで来るから、まあいっかーってなったんだよね」


 裏表のない性格ゆえに、途中で珠羅の方が折れたのだろう。他者に対して関心の薄い珠羅だが、ああいったタイプには弱いのかもしれない。


 自分とは真逆の明るさを持つ女性を見つめ、天璃は薄靄のかかった心を散らすように、奥の扉へと足を踏み出した。




 ◆ ◇ ◇ ◇




「麦茶でいい?」


「ありがとうございます。えっと……」


「俺のことは、風吹(ふぶき)って呼んで」


 長方形のテーブルには、描きかけの用紙が広がっている。中には制服の絵もあったが、既存のものとは違い、どれもアレンジされているようだった。


「風吹さんは、デザイナーなんですか?」


「そうだよ。俺、ここの卒業生なんだ。一応、能力者でさ。卒業してからは、学園専属のデザイナーとして働かせてもらってんの」


 目の前に置かれたコップから、カランと氷のぶつかる音が鳴る。


「この制服、風吹さんが作ってくれたんですね」


「そうそう! ほんとはデザインだけの予定だったんだけど、一夜で仕上げろって言われて、なら全部俺がやればいいかってなったんだよな」


 一夜という言葉を耳にした天璃が、珠羅の方に視線を向ける。にこりと笑った珠羅に、天璃は大体の事情を察したようだった。


「けど、マジでやって良かったよ! 俺の傑作が、こんなにも理想通りの人に着てもらえるなんて……! ほんと、デザイナー冥利に尽きるよ」


 喜びを露わにした風吹は、今にも踊り出しそうな雰囲気をしている。風吹が立ち上がった拍子に、ヒラリと舞った用紙の一枚を手に取ると、天璃はおもむろに口を開いた。


「こんなに実力があるのに、どうして学園の専属になったんですか?」


 ファンタジアを卒業した生徒は、猛獣や獲物に関わらず、等しく本土へ帰ることができる。わざわざ学園に留まらずとも、風吹なら他にいくらでも勤め先があったはずだ。


「あー、俺の家……先祖に雪女がいるんだけどさ。みんな髪とか目が、寒色系の色をしてるんだよね。だから、正反対で生まれた俺のことを、あんまりよく思わない人も多くて。その上、性格がお堅いというか、家の決まりが厳しいというか……」


「先祖に人外がいても、能力者の容姿とは関係ないはずですよね?」


「いやほんと、そうなんだよ! でも、うん。俺がデザイナーに興味を持った辺りから仲は最悪だったし、どのみちこうなる運命だったのかも」


 本土に戻れば、家の者に何をされるか分からない。そう話す風吹は、どこか達観した表情をしていた。


「あ!」


 突然、風吹が大声をあげた。

 なにやら慌てた様子の風吹が、力の抜けた声で呟く。


「そういえば俺、倉庫から荷物を運ばないといけないんだった……」


「私でよければ手伝いますよ」


「いや……あれ、かなり重たいんだよなぁ」


 天璃には持たせられないと首を振った風吹が、懇願の眼差しで珠羅を見つめる。


「珠羅、たのむ! 倉庫の荷物、運んできてくれ……!」


「え〜、めんどくさい」


 バッサリと切り捨てられ、風吹が子犬のような表情を浮かべた。


「珠羅ちゃん、手伝ってあげて。代わりに、私が珠羅ちゃんのお願いを聞くから」


 ね、と続けた天璃に、珠羅がパチリと瞬く。


「倉庫って、どこにあるの?」


「へ? えーと、作業場を出て、向かいの突き当たりに……」


 すんなりと出ていった珠羅を呆然と見ていた風吹が、ハッと我に返る。お礼を口にした風吹に微笑むと、天璃は正面から向かい合うように椅子へと座り直した。


「珠羅ちゃんに頼みごとをしたのは、私に聞きたいことがあったからですよね?」


「あれ、バレてた?」


 誤魔化すように後頭部を掻いた風吹が、ふと真面目な空気を漂わせる。僅かな沈黙のあと、風吹は真剣な顔で天璃に問いかけた。


「あのさ……天璃は、珠羅のことどう思ってんの?」


 

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