第七十一滴 血のカースト
狩りが行われた翌日は、授業が午後からになる。
いつもよりゆっくりと教室に向かった天璃は、廊下の隅ですすり泣くクラスメイトたちを見かけた。
対抗戦の時に、何度か関わりを持った四人組だ。いつも四人で行動しているようだったが、今は三人しかいない。
ギャルっぽい生徒が欠けているのに気づき、天璃は無言で横を通り過ぎた。
可哀想だが、諦めるしかない。
何故ならここは、そういう場所だからだ。
猛獣にとっての楽園は、獲物にとっての地獄になる。
天璃の隣を歩く珠羅は、ほんの一瞬も視線を向けることはなかった。
◆ ◆ ◇ ◇
テーブルに、宝石のようなケーキが並ぶ。
放課後になりカフェを訪れた天璃たちは、お茶を片手に今後のことを話し合っていた。
「天璃は飲み物だけでええんか?」
「お昼、食べすぎちゃって。あんまりお腹が空いてないんだ」
やんわり断った天璃に、霊藻が片眉を上げる。紅茶に息を吹きかけていた兎々が、味見してみないかと天璃にケーキを差し出した。
兎々からの気遣いを感じ、天璃がケーキを口へと運ぶ。美味しいよと微笑む天璃に、霊藻も自身のケーキを差し出した。
「うちのも食べてみ。一口くらいやったら食べれるやろ?」
素直にお礼を言う天璃に、変わった様子はない。けれど、そのいつも通りが、霊藻にはどことなく不自然に感じられた。
「決行は金曜として、問題はどないして探るかやな」
「そもそも、吸血鬼って島のどこら辺にいるの?」
太陽が苦手という割に、建物の中で見かけることはなく、それらしい場所も見当たらない。不思議そうな天璃にニンマリと笑った霊藻が、指を床の方に向けた。
「この下や」
「下って……地面の下ってこと?」
「せや。学園の敷地のどこぞに、専用の入口があるらしいねん。寮が併設されとらんのは、夜になるとあいつらが動きだすからやろな」
これだけ広い土地がありながら、寮と校舎は少し離れた場所に建てられている。その理由は、先祖返りと吸血鬼の遭遇を防ぐためだったようだ。
カップをソーサーに置いた兎々が、遠慮がちに口を開く。
「せっ、先生たちがいない間に、校舎の地下室を探してみる……とか」
「まあ、それがいっちゃん確実かもしれんな。地下は立ち入り禁止やが、たとえバレても今回は見逃すしかないはずや」
地下室、入口という言葉に、天璃はふと別棟の光景を思い出した。
壁に描かれたピラミッドの模様。空から降る黒い雨。
宝探しのコインとよく似た壁画の横には、“ブラッドカースト”という文字が彫られていた。
「ねぇ、珠羅ちゃん」
「んー? どうしたの?」
考えごとでもしていたのか、一拍遅れて珠羅が天璃の方を見る。
「前に、私が地下に落ちたことあったよね。あの時の場所に、もう一度行けたりしないかな?」
「床を壊せばいけると思うよ〜」
暗闇を通って移動できる珠羅とは違い、天璃は生身の人間だ。再び地下室へ行くためには、物理的に穴をあける必要がある。
霊藻たちの視線を受け、天璃は鞄からメモ帳を取り出すと、白紙の部分に地下室で見た壁画を描き込んだ。
「そら学園のシンボルやな。カーストを意味するピラミッドと、恵みを表す雨。充分な雨を少数で得るか、多数で取り合うかっちゅう、弱肉強食をそのまま絵にしたようなシンボルや」
「でも……雨の色が違う、ね」
塗りつぶされた雫を目にして、兎々がぽつりと呟く。
「多分、血の雨を表しているんだと思う」
彫られていた文字を描き足した天璃が、メモ帳をテーブルの真ん中に置いた。
「……ブラッドカースト、なぁ。先祖返りの強さには、血の濃さも関係しとるが……これをうちらのことやと言うには、ちょいと無理がある話やな」
「カーストはあっても、それだけで決まってる訳じゃないからね〜。そこらの獣を、神や精霊と同列にはできないってこと」
付け加えた珠羅の声には、どこか嘲るような色が滲んでいる。
畏れ、敬われてきた神。瑞獣として信仰されてきた精霊。
妖魔を先祖に持つ者と、神霊を先祖に持つ者では、比較するのもおこがましいと言いたいのだろう。
「血液のみで決まるカースト……。つまり、ブラッドカーストが表しているのは──吸血鬼の可能性が高いってことだよね」
「そういうことや」
満足げに唇を吊り上げた霊藻が、「当たりを引いたな」と続ける。入口の手がかりが別棟にあると分かり、天璃は思案顔で目を伏せた。
糸口は見つかった。あとは、どうやって紐解くかだ。
落ち着いた雰囲気とは真逆の脳内が、いくつかの方法を割り出していく。
少し間を置いたあと、視線を上げた天璃が何かを言いかけた時だった。
「あー、真っ白ちゃんだぁ」
高い位置で揺れるツインテールと、甘さを含んだ猫撫で声。テーブルの側に近寄ってきた未来留は、天璃を目なりするなり、驚いた表情を浮かべた。
「あれぇ? 意外と元気そう。もしかして、もう治っちゃったのぉ?」
まるで、対抗戦のことなどなかったかのような態度だ。
「真っ白ちゃんって貧弱なのに、治る速さだけはあたしたちと変わんないんだねぇ」
「この状況で、よう話しかけてこれたな。面の皮重ねてるだけあって、厚かましいやっちゃ」
気安い態度の裏には、残虐な本性が隠されている。両手の拳を顔の前に掲げた未来留が、キュルリと目を潤ませた。
「えー。未来留、そういうの分かんなぁい」
冷めた視線を向ける霊藻に、「こわぁい」と唇を尖らせた未来留は、天璃の背後に視線を向けたあと、くるりと踵を返した。
「またねぇ、真っ白ちゃん」
嵐のように去っていった未来留に、霊藻が眉間の皺を増やす。
「天璃、目つけられてんで。しばらくは一人にならんよう、気ぃつけとき」
「うん、ありがとう」
霊藻の言葉に頷いた天璃が、心配そうな兎々に微笑む。
テーブルの下で重なった手を、天璃は宥めるように撫でておいた。
◆ ◇ ◆ ◇
【 おまけ 】
「自分のことを名前で呼ぶやつは、何がええと思とるんやろな」
「さあ? 可愛いとでも思ってるんじゃない〜?」
「かわええ、なぁ」
理解し難いと眉を顰めた霊藻が、「良さが分からんねん」とこぼす。
話半分に聞いていた珠羅が、天璃の方へと視線を向けた。
「ねぇねぇ、天璃ちゃんはどう思う〜?」
霊藻と同意見か問われ、珠羅を見上げた天璃が、真顔のまま口を開く。
「そうだね。天璃もそう思う」
呆気に取られた霊藻が、つんのめるように足を止めた。
思わず凝視する霊藻をよそに、にっこり笑った珠羅が、「私はありかも〜」と満点の札を上げている。
「天璃、なんか悪いもんでも食うたんちゃうか? なあ、兎々──」
「……えっと、兎々もそう思う……よ」
顔を真っ赤に染めた兎々が、絞り出すように答える。
わずかな沈黙の後、霊藻は迷うことなく満点の札を上げた。
「ありやな」
「でしょ〜」




