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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第三章 血の盟約

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第六十九滴 募る愛


 手に持ったカップから、ふわりと湯気が上がる。

 猫舌の兎々(とと)のため、温度が調節されたココアは、霊藻(たまも)の心をそのまま表したかのようだった。


天璃(あめり)ちゃん……大丈夫、だったかな」


神領(しんりょう)先生の手腕があれば、すぐに良ぉなるはずや」


 不安げな兎々の頭をポンポンと数回撫で、霊藻がソファーに腰掛ける。


「……ごめんね、霊藻ちゃん」


「いきなりなんや。謝るようなことされてへんで」


 突然の謝罪に、霊藻は驚いた表情を浮かべるも、兎々を安心させるため柔らかい声色で応えた。同じシャンプーの香りが、隣から仄かに香ってくる。


「天璃ちゃん……阿留多伎(あるたき)さんに、試合中は自分のことを守らなくていいって、言ってたの。それも作戦だって分かってるけど、あの時の阿留多伎さん……笑ってるのに、どこか怒ってるみたいだった」


 常に仮面を張り付け、掴みどころがない珠羅(しゅら)でも、天璃のこととなれば別らしい。

 俯いた兎々を見つめ、話の続きに耳を傾ける。


「でも……今日のことがあって、分かったの。阿留多伎さんは怒ってたんじゃなくて、天璃ちゃんのことを、心配してただけなんだって……」


 昔からそうだ。兎々は他人の感情に敏感で、無自覚ながらに人を見る目があった。


「わたしも、霊藻ちゃんにたくさん……心配かけたと、思うから。だから、ごめんね……霊藻ちゃん」


 周りのことばかり考え、自分の感情は後回しにする。そんな兎々の在り方を、霊藻はいつだって気にかけていた。


「一つ、聞いてもええか?」


 霊藻の凪いだ声に、兎々がこくりと頷く。


「なんであんなことしたん? もしうちが失敗しよったら、兎々も無事では済まんかったはずや」


「それは……」


 試合の前、兎々は自らクイーンの傍に立つと言ってきた。

 クイーンのいる場所は不可侵になるため、その周辺も被害を受けにくい。普通なら、安全地帯に当たる。


 けれど、天璃の作戦はクイーンとキングを入れ替えるというもので。それはつまり、万が一霊藻の幻術が効かなければ、怪我を負っていたのは兎々だったかもしれないということだ。


「……失敗するとかは、考えてなかったから……」


 例外(霊藻)を除けば、天璃は兎々にできた初めての友人だった。怖がりな兎々が勇気を振り絞るには、充分な理由になり得たのだろう。


 口ごもった兎々が、懸命に言葉を紡ごうとする。

 思い返せば、霊藻が天璃と手を組むと決めたのも、兎々がきっかけになっていた。それなりに他者を見る目はあると自負している霊藻だが、兎々のそれは比にならないほど正確で、外れたことがない。


 霊藻が珠羅を信用し始めたのも、段々と珠羅を怖がらなくなっていった兎々の姿に影響されたからだ。とはいえ、そのおかげで霊藻にも友人と呼べる存在ができた訳なのだが。


「まあ、天璃の策にはうちも驚かされよるからな」


「それもあるけど……霊藻ちゃん、だったからだよ」


 咲きかけの蕾のように微笑んだ兎々が、霊藻の目を見つめる。


「霊藻ちゃんが居てくれたから……絶対に大丈夫って、思えたの」


 幼い頃に出会ってからずっと、霊藻はどんな危険からも兎々のことを守ってくれた。

 天璃は大切な友人だ。心から尊敬している。

 それでも、兎々があの場に立てたのは、他ならぬ霊藻がいてくれたからだった。


「かわええこと言うやん」


 切れ長の目が、愛おしむように細められる。


「うちはな、兎々。あの日から決めてん。どんな手をつこても、兎々のことはうちが必ず守ったるってな」


 本来であれば来るはずのなかった学園(地獄)に、兎々は自ら足を踏み入れた。

 哀れで、いじらしくて、どうしようもなく愛おしくて。出会った瞬間から、霊藻は途切れることなく兎々への思いを募らせている。


「なあ。その顔、誘っとるん?」


「……ぴぇっ!?」


 茹蛸のようになった兎々の顔を、霊藻が覗き込む。奇声に近い悲鳴をあげた兎々が、ブンブンと首を横に振った。


「ち、ちちち違……っ」


「ほーん。ちゃうんか」


 顔立ちこそ鋭いが、霊藻は美人だ。

 キツそうに見えて気さくなところも、面倒見がよく忍耐強いところも。言い出したら切りがないほど、兎々は霊藻の素敵な部分を知っていた。


 あっさり離れていこうとする霊藻の服を、弱々しい手で掴む。小刻みに震えながらも、自身を引き留めた兎々に、霊藻が笑みを含んだ息を溢した。


「ほな、ええってことか?」


 揶揄っているようでありながら、逃げ場はしっかりと塞いでいく。背もたれに縫い付けられた指が、じわじわと熱を孕んだ。


 沈黙を肯定と受け取った霊藻が、兎々の唇を食む。表面だけの接触が次第に深さを増していき、兎々から苦しげな声が漏れた。


「舌、べってしい」


 ぼうっとした頭で、霊藻に言われるがまま従う。

 間近で輝く金色の瞳が、思わず見惚れるほどに綺麗だった。



 限界が近づく兎々の状態を察し、霊藻が身体を起こした。

 酸欠で伝った涙を、霊藻の指がそっと拭っていく。


 これ以上は、兎々がキャパオーバーを起こしかねない。名残惜しげに唇をなぞった霊藻が、すっかり冷めたココアへと目を向けた。


「入れ直してくるわ。そっちはうちが飲むから、置いといてな」


 グルグルと回る視界の中、かろうじて返事をする。

 霊藻がキッチンに消えたのを最後に、兎々はプツリと意識を飛ばした。


 

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