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丸山の携帯に新しい通知が届いた。
Jメールで部下から送られてきた、異能についての研究報告だった。
〈#37:失敗 過去の成功例を元に適量を計算し、濃度も調節したのですが失敗に終わってしまいました。今回は息絶えた訳ではなかったのですが、効果がかなり薄く、適合率は20%程度でした。計算はあくまで被検体が死なない程度の適量らしく、誰でもほぼ確実に異能者にすることができますが、その強さは我々が求めるような絶対的なものではないようです。もしかすると、個人によって薬との適合率はあらかじめ決まっているのかもしれません。ここからは被検体の細胞に焦点を当て、適合率を高い割合で確実に出せるよう研究を続けます。〉
丸山は眉間に指を押し当て、ため息をついた。
「またか……これだけやってまだ成功例が5人しかいないとは、険しい道のりだよ、全く。あの高校生4人に投与されたものはどういう仕組みなんだ……?」
持ち手が大袈裟なほどうねっている小洒落たカップに残っていたコーヒーを飲み干すと、足早に店を出た。
研究室の部下に電話をかけ、向こうが応答するまでの数秒ですら苛立ちを隠せず、手や指が忙しなく動く。
「はい。どうされましたか?まだ何か……」
「薬の研究も結構なんだが、ウイルスの進捗も聞いておきたくてね。電話の方が早いだろう?」
部下は少し慌ただしい様子で、何やら金属やプラスチックや紙などがぶつかったり擦れたりする音が聞こえてくる。
「はい、ウイルスは感染してもなお元の状態のまま、身体能力の向上だけを実現出来つつあります」
「結構。初期のサンプルもちゃんと残してあるかな?送る時は両方必要だからね」
「はい、初期型と最新型の2種類を渡し、国内では最新型のみを使用するのですよね?」
丸山は予定よりも早く順調に進んでいる取引に笑みを堪えられなかった。
その興奮と同時に近い将来起こるであろう出来事を想像すると、少し寒気を覚えた。
(間違いなく戦争が起こる。第三次大戦と呼ばれることになるんじゃないか?まさか引き金の原因の1人になるとは想像もできなかったが……)
黒い革の手袋をした左手を握っては開き、その手袋の奥の手を見つめる。
合金からなる神経と筋肉に直接接合された、特注の義手である。
「あの小娘も少しは役に立ってくれるといいんだがねえ」
そう言ってトレードマークの丸メガネをその手袋越しに軽く押し上げた。
*
一方、花一のいない花一の家で5人は無言で向かい合って座っていた。
かれこれ30分はこの状態で何も話がなかった。
トキマサは声を掛けたかったが、できるならこんなに沈黙は続いていない。
(いくら土曜と言ってもあの辺りは仕事に来ていた人も多ければ観光客もいたはず……相当な死者が出たのに、元気を出せとも言いにくい……)
トキマサはずっと脳内であーでもない、こーでもないと思考を巡らせていたが、やっとコースケが舌打ちして反応を見せた。
「もういいですよ。さっきからうるさいです。僕たちのこと色々考えてくれるのはありがたいですが、僕らは1人も助けられなかった。おまけにテレビでは僕らが全部やったことになって……今じゃ立派な大量殺人犯ですよ。指名手配までされて、もう……」
コースケはそのまま俯いた。
少し空気の糸が緩んだのか、今度はリクが口を開いた。
「気になってんすけど、花一さんがいないってのはどういうことなんすか?僕らが話してたのは誰だったんすか?」
トキマサはこの家に来たばかりの時を思い出した。
昔から花一は細い銀縁の四角いメガネを付けており、髪が言うことを聞かないと嘆きながら毎回ガチガチにワックスで髪を固めていた。
確かに、違和感はある時から感じていた。
たまにメガネをしない日があったり、ワックス特有の光沢がないのに髪の毛がセットできていたり……
「細かいことはよく分からない。ただ、どこかのタイミングで別人になったのは確かだ。ワシの予想では花一はどこかに囚われている。偽物のやつは、そういう能力を持ったやつなのかもしれん」
トキマサは半ば願い混じりにそう言った。
花一が生きてる保証などどこにもない。
誰かに聞いたわけでも確認したわけでもなく、ただ生きててほしいと願っている、それだけだった。
ひとまず5人の雰囲気はほんの少しだけ良くなったが、かと言って無理に何か話すことはなかった。
「今は捕まらないように、それから例のウイルス蔓延を止める。それが最優先だ」
「「「「はい」」」」
夜の8時を過ぎ、辺りはすでに真っ暗だった。
「なんか、変な感じ。俺ら高校入学したばっかだよな?まだ7月だし」
「もう7月なのか、まだ7月なのか、どっちかな」
「よくよく考えてみたらなんで俺らがこんなことしないといけないんだろうな」
「それな?他のやつらは買い物したり遊園地行ったり、彼女とか作って楽しんでるんだろ?で、俺らは何?国の安全を守る?何それ」
少し沈黙が流れた後、4人に笑いが起きた。
まるでさっきのテンションが嘘のようだった。
「俺らがそういうリア充の楽しみを守ってやってるって思うと、まあ悪い気はしないけどな」
「あんま守れてないけど……」
「こっからだ。犠牲になった人たちには申し訳ないが、過ぎたことはしょうがない……今生きてる人を守ることに集中しよう」
「きゃあかっこいいー」
「なんだよ!」
いかにも4人の男子高校生らしい瞬間が見える瞬間だった。




