ゼイン 2
引き金にかけた指を鋭い声がとめた。
「ヴィー!」
表通りから光を背負って影が駆ける、おとろえた再現体の不器用なリズムで。
ゼインは一瞬迷ってから新たな追っ手に銃を向け、最初の一発を放った。バランスを崩したパーシバルが前のめりになって手をついた。
凍りついていたヴィーが悲鳴をあげて走り寄る。その背中に銃口を定めながらゼインは完全に混乱していた。この者たちはなんだ、なぜ人とリプロが一緒にいる?
パーシバルは片ひざを立て、首を垂れていた。正面から滑り込んだヴィーか震える手で抱きついた。
「パーシバル……!」
彼は「大丈夫だ」とささやいて少女をかばう。右の腕、指先は効かなくても守ることはできる。そして闇に隠した左手には、相手と同じホーネットを握っていた。
彼はゼインから目を離さずに言う。
「少しずつ、俺の後ろに。隙を見て店に逃げろ」
「一緒にいる」
上着ごと肩がつかまれる。ヴィーの指の細さを感じながらパーシバルはいっそう声を低くした。
「言うとおりにしてくれ、これは俺からの依頼だ」
彼女は答えなかったが、そろそろと両手をおろしはじめた。
少しだけふり返り、立ちはだかるゼインをとらえる。彼は全然違っている、ママとも、パーシバルとも。もうリプロではなくなってしまったのかもしれない……
だったら、そこにいるのは何?
その瞬間、すばやく立ち上がったパーシバルの手が彼女を後ろへ押し出した。
二発の銃声はほとんど重なって路地に響いた。
パーシバルの手が反動に跳ねあがり、肩を弾丸がかすめる。相手が路地の奥へ身を返すのが見えた。彼は、ヴィーの軽やかな足音が角を曲がったのを確認して相手へ突進した。
壁をこえようとしていたゼインがパーシバルの頭を蹴り飛ばす。パーシバルはその足にしがみつき、全体重をかけて引きずりおろした。相手は地面にたたきつけられ、「ぐっ……!」と苦しげにうめく。
そのまま押しつけようとしたが、ゼインはものすごい力を出して同規格のパーシバルを投げ飛ばした。
彼は壁ぎわの廃材に背中からつっこんでいく。
なだれ落ちる金属板の中で必死にもがいた時、彼の左肩を硬いブーツの底が踏みつけた。衝撃でホーネットが手を離れ、カチャリと音がした。
視線をあげた先に、追いつめられた再現体が見下ろしていた。
手前にある銃口はパーシバルの基幹部をぴたりと狙っていたが、彼が見返したのは相手の顔だった。険しくつりあがった目は周囲にあるどの闇よりも濃かったが、不思議な火が見えない明かりを灯している。
俺はあの火を持たない、とパーシバルは感じ、あがった息の下から話しかけた。
「お前の身体は、長く軍務に耐えたらしいな」
ゼインの顔がゆがみ、深い陰影をつけた。
「……ああそうさ。右がだめになるまで十二年と五ヶ月、いい記録だろう。だがまだ動く、少なくともお前よりは」
彼は笑っていた。パーシバルの冷静な部分が筋道をたぐりよせていく。
「メンテナンス権」
と、ゆっくり告げた。
「お前は有効なIDを奪おうとした。それで最初にアロンソを殺したが、リプロとばれるのを嫌う彼はカードを持ち歩いていなかった」
「再現体の探偵がいるとはね。軍はいつだって重要事項を教えてくれない」
ゼインの笑みが凶相を帯び、パーシバルの錯覚を呼びおこす。そこにいるのは人間であり、不要な再現体を処分しようとしている……
一度そう思うと、相手の平坦な口調にさえ秘めたものを感じた。
「あの武器屋は俺のことを不運だと言った。そのとおり、放り出されると同時に保障ぎれだ。この辺境をさまよって……」
「はたらきを終える。俺たち全員が完了のために造られている、自然なことだ」
パーシバルは目を細め、ゼインの奥底を見ようとした。彼のかかえる不安定な炎、その出所をどうしても知りたかった。
みずからの完了を捨てても。
「お前はなぜ生きようとする?」
この単純な問いが、ゼインが盾にしていた感情にひびを入れた。
「俺は……」
わずかに浮いた視線が過去を一巡する。長い戦いの記憶は水となって感情の裂け目に染み入り、侵食し、圧力をかけて外を目指す。
砕けた心の下からむきだしの絶望が現れた。
「俺はまだ何もできていない!」
銃をかまえる手に力が入ったのがわかり、パーシバルは武器を取り戻そうとした。それに気づいたゼインが勢いづけて肩を踏み、同時に狙いを定めなおした。
つづく一連の動作に声はなかった。
パーシバルは、ゼインの背後から細い腕が伸び、彼をひと息につかまえるのを見た。
なにかを叫んだ再現体の顔と、ふり払われたヴィーの小さなシルエット。肩から重さが消えるとともに目の前の銃口が横にそれた。
身体が動く。
無意識に探りあてたグリップを握りしめた。引き金は確かな意識をもってひかれた。




