表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/16

マリア

「ヴィー、犯人の居場所が……」

 ドアをくぐったパーシバルが地図を開こうとすると、首もとに布を広げていたヴィーが手でさえぎった。 

「ちょっと待って、髪を流してくる」

 ハサミを持ったまま洗面台にむかう襟あしはギザギザで、パーシバルはきれいに切りそろえたい気がした。水の音がしてくる。彼は窓辺に寄り、人の行きかう路地を見下ろした。

 数日たって訪ねた今、ヴィーは落ちつきを取り戻していた。

 安心したものの、引っかかりは消えない。彼はそれに指をかける。壁紙をはがすようにゆっくり下へ、下へ。

 彼女は、再現体を「人間より善いもの」だと認識しているらしい。

 やさしかった隣人のおかげで? しかし単なる親切の対価としては不自然すぎる……

 勢いよく吹き込んだ風が窓枠を鳴らし、砂ぼこりを運んでくる。パーシバルはかたわらへ顔をむけた。

 考えに沈んだ目がすぐそばのカーテンをとらえる。うすく透けた先に横たわるシルエット。少しの身動きも呼吸も感じさせない、病んだ母親の寝床。

 次の行動はまったくの無意識だった。

 片手をすばやく払う。シャッと小気味いい音がして、やわらかな防壁が崩れた。

 ヴィーの母親はあおむけになり目を閉じていた。明るい茶色の髪、透きとおるような肌をした若い女性……

 女性の形。人間をかたどったもの。

 生も死もない再現された身体がそこにあった。



 揺れたカーテンがパーシバルをかすめた時、鋭い悲鳴が背中を刺した。

「ママを起こさないで!」

 水滴をねかしたヴィーが、全身をつかって彼を押しのけた。

 パーシバルの手が動き、横たわる再現体から少女を引きはがそうとする。だがヴィーは“ママ”を守るようにすがりつき、顔を伏せた。

 パーシバルは戦況を報告するように感情のない声をあげた。

「機能停止状態。回収を」

「眠ってるの!」

 ヴィーが吠えるように答える。その勢いはパーシバルから名前をはぎとり、一個の再現体にした。彼は厳しい面持ちで首をふった。

「ヴィー、彼女ははたらきを完了した。適切な処分を求める」

 相手は少しも退かず、細い肩のむこうから「誰にもつれていかせない。たとえあなたでも」とにらみつけてきた。

 黒い瞳に焼かれながらパーシバルは閉じかけた口を動かした。

「母親。なぜそんな嘘を」

「嘘じゃない。パパと一緒に私とエカートを育ててくれたもの。マリアが二人目のお母さん」

 パーシバルは思い当たった。より高度な感情表現能力を有する、上位モデルの存在に。

 諜報活動に従事し、多くは女性体だと聞いていた。任務をしりぞいた彼らは、一般のリプロとは違いメガロポリスで管理されるはずだった。


 彼の考えを見透かしたようにヴィーが言う。

「マリアは逃げてきたの。本当の家族がほしかったから、だから私たちを愛してくれた」

 パーシバルは頭に押し入った混乱に目を見開き、後ずさりして首をふった。

「ヴィー、再現体にその種の感情はない。装うことしか……」

「ちがう、知らないだけ。解放されてないだけなの。ママが言ってた、深い部分では人もリプロも変わらないって。ここで暮らしてわかったんだって!」

 その瞬間、パーシバルにはたくさんの顔が見えた。

 再現体の兵士たち。アロンソが隠していた静かな表情。この数日で向きあった人間たち。作業員と医師。武器屋の苦い笑い。

 そして目の前にいる少女。

 パーシバルの身体をなにかが勢いよく駆けのぼった。

「それこそ欺瞞ぎまんだ。われわれが同じであるものか!」



 ヴィーが射抜かれたように身をすくめ、凍りついた。

 パーシバルの片手があがりみずからの口をおおう。これ以上ふたりを揺るがすなにかが飛び出さないように。

 しかしすでに少女へぶつけた言葉は、それぞれが属する場所をむきだしにするにはじゅうぶんすぎた。

 やがて彼はこわばった身体をゆるめ、ベッドから顔をそむけた。

「……口外はしない」

 選びなおした言葉が床に落ちる。

「仕事は降りる。後任を探してここにやる、報酬はそちらに渡せ」

 パーシバルは背を返した。ヴィーはぐったりとうつむいたが、ふいにベッドを離れて駆け寄った。ふり向いたパーシバルを見上げる瞳は濡れ、黒が濃くなっていた。

 その目が寂しげに細まる。彼女は、こわごわと伸ばした両手を彼の頬に添えた。

 ふたりはしばらく動かずにいた。やがて手が離される。パーシバルは静かにドアへ向かった。もうどちらにも言葉はなかった。

 ドアを閉めた再現体は、片脚を引きずりながら長い階段を下りはじめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ