リプロ 3
ヴィーはカーテンの奥にたたずんでいた。
ぼんやりと夢見るようなまなざしを壁の一点にそそぐ。
「パーシバルはね、自分で思うよりずっと探偵らしいの」
口調にはやわらかな甘えがにじみ、子供じみていた。ふっと浮かんだ微笑みがやせた頬を少女らしくする。
「私、途中で断られると思ってた。けど彼って不思議な人。あの地図の書き込みはびっくり、すごく真面目で一生懸命で…… もうすぐ犯人を見つけてくれる。エカートを撃ったリプロを」
彼女は急に必死さを帯びた。
「ママ。私どうしたらいい?」
「バイオレット」
彼女は母の声を聞いた。以前と変わらないあたたかな呼びかけが幸せな日々をよみがえらせえる。
「バイオレット、ヴィー。泣かないで」
幼い肩がやさしく包まれた。繊細な指先が濡れた頬にふれ、口角をそっと押しあげる。
「ほら、怖いことも嫌なことも…… ヴィーが笑うと、飛んでいくでしょう」
キッチンから兄の声がする。
「機嫌がなおるまであと三分、ちょうど夕飯ができるよ。ああ父さん、おかえり!」
「おや、ヴィーはどうしたんだ?」
父が戸口に現れる。いつもなら作業着を受けとりにいく母が、自分が泣いている日は一緒にいてくれる……
冷たい風が吹き込み、幻想をつれさった。
ヴィーは目を開く。母は横たわっている。兄と父は二度と帰らず、部屋は死んだように静かだった。
訪れた夜には色がつけられる。
どぎつい看板を太陽とあおぐ人々が往来に波をつくる。会話、笑い声、怒声。感情の渦にさしこむ音楽とライト。
混みあうバーのざわめきに身を沈めながら、彼は閉じていた目を開けた。
無造作にテープを巻いた指がグラスのふちに沿っている。この傷はふさがらない、メンテナンスを受けるまでは。
グラスを置いて立ちあがる。出口の手前を盛りあがる一団が固めていて、彼が苦労してすき間を通ってもふり向きもしなかった。
ようやくドアに辿りつき、肩で押し開ける。中にいた方が安全だとわかっていたが、あの熱気は耐えがたかった。
まとわりつくコートの裾を払うと、涼やかな空気が身を洗った。
広い通りを足早に進む。やがて色は減ってゆき、器用に積みあげた金属の箱のような店と、すき間を埋める縦長の居住棟が交互に並びはじめた。
例の道にさしかかると、両肩に冷たい気配がおりてきた。
「修繕を頼みたい」
という自分の声が、あちこちに散らばって残っている気がする。
あの日の暗い夜明け、そうやって呼びとめた相手は彼を信じ、その素直さは彼に誤った判断をさせた。
左右の暗がりに気をくばり、耳を澄ませる。
かすかにとらえたのは、かたむいた不規則な足音だった。
彼は上着をかき合わせるふりをし、内側に手を伸ばす。武器の感触を確かめてなお怯えた目が、道の先に待つ闇を大きくかき混ぜた。




