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第五話 青葉の名 (後半)

晶とは対照的に、剣道の技術を持たない繁。

しかし、吉川の竹刀はなぜか当たりません。


二人の異なる才能。そして、青葉という名が持つ意味とは。

 2027年 10月12日 午後3時00分 訓練道場。


「次は青葉」

 吉川が呼ぶ。

 繁が振り返る。

「俺ですか?」

「そうだ」

 繁は竹刀を持った。

 しかし。

 構えた瞬間。

 晶とは違う違和感があった。

 弱い。

 そうではない。

 むしろ逆だ。

 吉川は目を細める。

(こいつは……)

 力任せではない。

 剣道の技も知らない。

 なのに。

 相手の動きが見えている。

「始め」

 吉川が踏み込み、面を打つ。

 速い。

 しかし、繁は半歩ずれてかわした。

 速い。

 普通なら反応できない。

 しかし。

 繁は避けた。

 一歩。

 半歩。

 紙一重。

「……」

 吉川の表情が変わる。

 もう一度。

 避ける。

 また避ける。

 吉川の竹刀は、繁を捉えられない。

 しかし、繁も打ち返せない。

 ただ、避け続けていた。

「どうなってんだ、お前ら」

 吉川が思わず呟いた。

「師匠は誰だ?」

 繁は答える。

「祖父です」

 晶も横で言った。

「同じ人です」


 その瞬間。

 加賀が小さく笑った。

「……やっぱりな」

 誰にも聞こえない声。

「あの人の孫か」


「今日はここまでだ」

 吉川が言った。

 繁がほっと息を吐く。

「終わりですか?」

「いや」

 吉川は木刀を差し出した。

「最後に素振りをする」

「……」

 繁の表情が固まる。

「まだあるんですね」

「ある」

 即答だった。

「吉川さん」

「何だ?」

「俺、今までで一番疲れてます」

 吉川は笑った。

「良いことだ」

「良いことなんですか?」

「自分の限界が分かるからな」

 繁は納得したような、していないような顔をした。


 木刀を握る。

 晶は迷いなく構えた。

 繁も構える。

 しかし。

 さっきまでとは違った。

 力比べではない。

 速さでもない。

 ただ、一本一本を丁寧に振る。

 吉川は二人を見る。

「……」

 晶は力を抑えようとしている。

 繁は形を知らない。

 それでも。

 二人とも、何かを掴もうとしている。

(面白いな)

 吉川は思った。


 少し離れた場所。

 加藤と近藤は並んで見ていた。

 加藤が小さく呟く。

「……」

「どうしました?」

 近藤が聞く。

「あいつら」

 加藤は木刀を振る二人を見る。

「ほんとに人間離れした奴らだな」

 近藤は少し考えた。

「否定できません」

「お前が言うか?」

「事実です」

 近藤は淡々と答える。

「あれで高校生とは……」

 一拍。

「非論理的です」

 加藤は苦笑した。

「近藤、お前がそれ言うと相当だぞ」


 その横。

 吉川と加賀は黙って見ていた。

「……」

「……」

 先に口を開いたのは加賀だった。

「吉川」

「はい」

「どう思う」

 吉川は少し考える。

「能力だけなら、規格外です」

「だろうな」

「ですが」

 吉川は二人を見る。

「問題は、能力ではないと思います」

 加賀が横を見る。

「ほう」

「力を持っている人間が、どう使うか」

 吉川は静かに言った。

「そこを見ています」

 加賀は少し笑った。

「相変わらずだな」

「何がです?」

「人を見るところだよ」

 吉川は笑う。

「副司令ほどではありません」

「俺はそんな器用じゃない」

「知っています」

「……」

「だから信用しています」

 加賀は少し黙った。


 午後4時45分 訓練場

「本日の訓練は終了」

 吉川が告げる。

 全員が礼をする。

「ありがとうございました」

 道場を出る。

 繁は大きく伸びをした。

「疲れた……」

「まだ初日だぞ」

 加藤が言う。

「分かってますよ」

 繁は遠い目をする。

「あと一ヶ月……」

 晶が横から言った。

「良い修行になる」

「お前だけは楽しそうだな」

「当然だ」

「やっぱり分かり合えない」


 午後5時10分 宿舎

 宿舎へ戻る。

 迷彩服に着替え、しばらく休憩。

 繁はベッドに座った。

「……」

「どうした?」

 晶が聞く。

「いや」

 繁は天井を見る。

「思ったより普通だったな」

「何がだ」

「自衛隊」

 晶は少し考える。

「そうか?」

「もっと怖い場所かと思ってた」

 晶は答えなかった。

 二人が感じていたのは、厳しさではなく。

 そこにいる人間たちの温かさだった。


 十八時。

 寮食堂。

 昼とは違い、今度は大勢の隊員たちの中に混ざる。

 繁は周囲を見る。

「すごい人数だな」

「駐屯地だからな」

 加藤が答える。

「一ヶ月ここで生活するのか……」

「そうだ」

 近藤が言う。

「だから規則正しい生活をしてください」

「近藤さん、そこだけは先生みたいですね」

「必要な指摘です」

「はいはい」


 食事を終え、宿舎へ戻る。

 一日目。

 まだ始まったばかり。

 宿舎の部屋に戻った繁は、ベッドに倒れ込んだ。

「……疲れた」

「まだ終わっていない」

 晶は迷彩服を脱ぎながら淡々と言った。

「は?」

「今日の訓練で分かった。自衛隊の訓練は身体能力を見るものだ。だが、俺たちが普段やっているものとは違う」

 繁は嫌な予感がした。

「いやいや、今日は十分やっただろ」

「一時間だけだ」

「何の一時間?」

 晶は当然のように答えた。

「いつもの修行」

「……お前、本当に空気読まないな」

 吉川に許可を取り、二人は宿舎裏の空きスペースへ向かった。

 外灯の明かりが届く、誰もいない場所だった。

 繁は木刀を握る。

「今日は疲れてるんだけど」

「だからだ」

「意味が分からない」

「疲れている時に崩れないための修行だ」

 繁はため息をついた。

 しかし、始まれば表情は変わった。

 昼間の訓練とは違う。

 呼吸。足運び。間合い。

 自衛隊の訓練では見せなかった二人の本来の動き。

 その様子を、少し離れた場所から加賀が見ていた。

「……」

 声をかけることはなかった。

 ただ、目を細める。

(……なるほど。俺が選ばれた理由は、これか)

 一時間後。

 二人は何事もなかったように宿舎へ戻った。

「風呂入るぞ」

「当たり前だろ」

 そこで繁がふと気付いた。

「そういえば……スマホ」

「預けたままだ」

「返ってくるのか?」

「訓練終了までだろう」

 立川駐屯地に入る時、二人のスマートフォンは管理されていた。

 外部との連絡手段を制限するため。

 繁は少し寂しそうに呟いた。

「一ヶ月か……」

 晶はほんの少しだけ視線を落として呟いた。

「集中するにはちょうどいい」「お前は本当にそう思ってるんだな」


 風呂を終え、消灯。

 その頃、加賀はまだ執務室にいた。

 机の上には、二人の訓練計画書。

 一ヶ月という期間。

 通常の訓練生とは異なる扱い。

 そして、上層部からの指示。

 詳しい事情は知らされていない。

 ただ一つ。

 青葉という名だけは、最初から聞かされていた。

 加賀は椅子に深く腰掛けた。

 昼間の繁の足運び。

 晶の規格外の力。

 そして、夜に見せた二人の動き。

「……青葉巌」

 遠い昔、あの男に言われた言葉が蘇る。

『勝つことと、壊すことは違う』

 加賀は静かに目を閉じた。

「……そういうことか」

 誰が、何のために自分を選んだのか。

 その答えは、まだ分からない。

 だが、少なくとも一つだけは確信していた。

 あの人の教えは、確かに二人へ受け継がれている。


厳しい訓練の初日が終わりました。

それでも、まだ修行が足りないと言い出す晶。繁の苦労は当分続きそうです。


一方、加賀にとって「青葉」は、決して初めて聞く名前ではありませんでした。

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