↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/7

第六話 知らないことを教える

立川駐屯地での訓練二日目。

早朝から晶に叩き起こされる繁。一方、二人の規格外の能力に、指導する側も頭を抱えていました。


そこで加賀が打ち出した、新しい訓練方針とは?

2027年10月13日(水) 午前5時 寮自室

 繁は、布団の中で幸せだった。

 少なくとも、肩を揺さぶられるまでは。

「繁。起きろ」

「…………」

「起きろ」

「…………あと二時間」

「朝飯は七時からだそうだ。少し身体を動かすぞ」

 繁は布団を頭まで引き上げた。

「今日ぐらい休んでもいいだろ……昨日あんなにやったんだから」

「何を言っている」

 晶はすでに着替えを終えていた。

「昨日やったから今日やるんだ」

「意味分かんねえよ……」

「いいから行くぞ」

「俺、今日これから一日訓練なんだけど」

「知っている」

「だったら朝くらい――」

 布団ごと引っ張られた。

「うわっ、やめろ!」

「さっさと着替えろ」

「鬼!」

「褒め言葉だ」

「褒めてねえ!」

 結局、繁が部屋へ戻れたのは、朝食前の着替えのためだった。

 しかも、ほんの数分間。


2027年10月13日(水) 午前7時20分 寮食堂

 食堂では、加藤が朝食をかき込みながら、向かいに座る近藤の顔をじっと見ていた。

「お前さ」

「何ですか?」

「目の下、黒いぞ」

 近藤の箸が止まった。

「……そうですか?」

「寝てねえだろ」

「寝ました」

「何時間?」

「…………」

「寝てねえじゃねえか」

 近藤は味噌汁を一口飲んだ。

「昨日の二人のこと、少し調べていたんです」

「あいつら?」

「はい」

「ネットで?」

「他に何があります?」

「で?」

「何もありませんでした」

 即答だった。

「何も?」

「青葉流という名前で、それらしい道場も流派も出てきません。晶君についても同じです」

「へえ」

「ただ……」

 近藤は箸を置いた。

「古武術に近いのかもしれません」

「古武術?」

「柔道や剣道のように競技として体系化される前の武術。昨日の二人を見ていて、そんな感じがしたんです」

「つまり?」

「分からないから寝不足なんです!」

「俺に怒るなよ」


     ◇


 同じ頃 副司令執務室

 副司令室の机の上には、昨日一日分の測定記録が積み上がっていた。

 吉川は、その一番上を指で叩いた。

「副司令。お話があります」

「朝から怖い顔だねえ」

 加賀は湯呑みを置いた。

「青葉繁と黒羽晶についてです」

「ああ」

「聞いていたんですか?」

「何を?」

「全部です」

「だから、何を?」

 吉川は黙って記録を机へ滑らせた。

「私が聞きたいです」

 加賀が目を落とす。

 走力。

 筋力。

 反射。

 格闘。

 どれを取っても、高校生二人の数字として片づけられるものではない。

「私はですね」

 吉川が腕を組んだ。

「一か月かけて基礎から鍛えるつもりだったんですよ」

「うん」

「練馬で一週間訓練してきたとは聞いていました」

「うん」

「でも、走らせる必要がない。筋力訓練もほとんど意味がない。格闘に至っては、こっちが壊されかねない」

「うん」

「『うん』じゃありません!」

「俺もそこまでは聞いてないんだよ」

 吉川の眉が動いた。

「どこまで聞いていたんです?」

「特殊な訓練を受けた少年二名」

「特殊すぎます!」

 加賀はもう一度資料を見る。

「青葉繁、十六歳……」

「年齢の問題じゃありません」

「分かってる」

 しばらく沈黙した。

「……困ったな」

「だから来たんです」

 副司令と教官が、二人そろって机の上を眺めた。

 やがて加賀が言った。

「考え方を逆にしようか」

「逆?」

「できないことは?」

 吉川は少し考えた。

「柔道。青葉は素人です」

「晶君は?」

「正式に習った経験はないそうです」

「あるじゃないか」

「喜ぶところですか?」

「射撃は?」

「未経験」

「武器知識」

「ほぼありません」

「部隊行動」

「ありません」

「通信」

「当然ありません」

「救護」

「一般的な知識程度でしょう」

 加賀が笑った。

「いっぱいあるじゃないか」

 吉川も、ようやく意味を理解した。

「……強くする必要はない」

「そういうこと」

 加賀は資料を閉じた。

「知らないことを教えよう」

 自衛隊でなければ学びにくいもの。

 装備。

 通信。

 救護。

 地図。

 危険判断。

 武器の扱い。

 安全管理。

 撤退。

 そして、複数人で任務を遂行するということ。

「個人として強いのなら」

 加賀は言った。

「次は、組織の中で動くことを覚えてもらえばいい」

「それなら一か月使えますね」

「だろ?」

 吉川は資料を抱えた。

「では、午前は座学中心。午後は未経験の格闘訓練。装備、通信、救護、武器取扱いは順次組み込みます」

「ああ」

「では、これで」

 吉川が立ち上がる。

「吉川」

「はい?」

 加賀の声が少しだけ変わった。

「……青葉繁について、一つ追加だ」

「何です?」

「あいつの中にある力を、身体の外へ出させてみろ」

「…………は?」

「そんな顔をするな。俺だって同じ顔をした」

「何の話です?」

「できる可能性がある、とだけ聞いた」

「誰からです?」

「聞くな」

「副司令」

「聞くな」

「……何をどうやって出せばいいんです?」

「知らん」

「は?」

「だから、知らん」

 吉川は無言で加賀を見る。

「副司令」

「なんだ」

「結局、あの二人に何をどうやって教えりゃいいんですかね?」

 加賀は少し考えた。

「それを考えるのがお前の仕事だろ」

「逃げましたね?」

「副司令は忙しいんだ」


2027年10月13日(水) 午前8時 訓練場

 訓練場に集められた繁と晶は、吉川から新しい予定表を渡されていた。

「今日から訓練内容を少し変える」

 繁が紙を見る。

「組織行動、装備、救護、通信、地図、危険判断、武器、安全管理、撤退……」

 まだある。

「……こんなに?」

「ある」

「今日全部ですか?」

「馬鹿。一か月かけてだ」

 横から近藤も覗き込んだ。

「それでも、かなり詰め込んでません?」

「必要なものからやる」

 加藤が手を挙げた。

「で、午後は?」

 吉川がニヤリと笑う。

「楽しいぞ」

 繁が嫌な顔をした。

「その顔、昨日も見た気がする」

「気のせいだ」

「絶対気のせいじゃない」


     ◇


2027年10月13日(水) 午前8時30分 小講義室

 繁は開始から三十分で、すでに机へ突っ伏したくなっていた。

「自衛隊という組織で行動する場合――」

 話は理解できる。

 理解できるのだが、量が多い。

 横を見る。

 晶は背筋を伸ばして座っている。

 だが目が死んでいた。

 繁は小声で聞いた。

「お前、分かってる?」

「半分」

「俺も」

 後方から近藤の声。

「聞こえてますよ」

 二人は黙った。

 組織行動。

 装備。

 安全。

 命令系統。

 聞いたことのない言葉が次々と出てくる。

 ところが講義の終盤。

 教官が、安全確認を済ませた訓練用の小銃を机の上へ置いた。

 繁と晶の目が同時に動いた。

「触りたいか?」

「はい」

 二人の声が揃う。

「なら試験に受かれ」

「試験あるんですか!?」


     ◇


2027年10月13日(水) 12時10分 隊員食堂

「脳が~……脳が溶ける~……」

 食堂のテーブルへ突っ伏した繁の前へ、近藤がトレーを置いた。

「大げさです」

 晶も隣で箸を持ちながら眉間に皺を寄せている。

「悔しいが、今日は繁に同意する」

「お前でもか」

「知らん言葉が多すぎる」

 近藤は涼しい顔で座った。

「すぐ終わりますよ。ペーパー試験に合格すれば実物に触れますから」

 二人が同時に顔を上げた。

「まだ試験あるの!?」


     ◇


2027年10月13日(水) 午後1時 訓練道場

 午前中とは打って変わって、二人の顔には生気が戻っていた。

 ただし、吉川が告げた内容を聞くまでだった。

「午後は昨日と逆にする。青葉、お前は剣道。晶、お前は柔道だ」

「え?」

「なぜです?」

「できることをやらせても仕方ないからだ」

 加藤が自分を指差した。

「じゃあ俺が晶ですか?」

「そうだ」

「…………」

 昨日の晶を思い出したらしい。

 露骨に嫌そうな顔になった。

 一方、近藤は竹刀を手に取る。

「私は青葉君ですね」

「そうなる」

「分かりました」

 なぜか嬉しそうだった。

「なんでお前だけ嬉しそうなんだよ」

「昨日の雪辱です」

「訓練だ。復讐するな」


     ◇


 晶は、柔道そのものを習った経験はなかった。

 だが、青葉流の組み手で身体の崩し方は知っていた。

「要は体重移動と左右の回転、それと速さ。その組み合わせなんですね」

 加藤が鼻で笑う。

「言うのは簡単だが、実際はそうはいかんぞ」

 晶の胸元をつかみ、斜めへ押す。

 普通なら一歩下がって踏ん張る。

 残った足を払う。

 加藤はそのつもりだった。

 だが晶は踏ん張らなかった。

 一歩。

 二歩。

 三歩。

 押されるまま、滑るように下がる。

「なっ――」

 押していた加藤の身体が前へ流れた。

 晶が身体を入れ替える。

 ドン!

 加藤が宙を舞った。

「…………」

 畳の上で一瞬黙り、すぐに起き上がる。

 口元は笑っていた。

「貴様……体幹の塊だな」

     ◇

 一方。

 繁は困っていた。

「青葉君。打ってきてください」

「はい」

 近藤が構える。

 繁も構える。

 だが動かない。

「青葉君?」

「はい」

繁は竹刀をわずかに前へ出した。

「打ってください」

「打ってます」

「打ってません」

「いや……」

 繁は竹刀を眺めた。

 どうにも気が進まない。

 女子を棒で叩く。

 理屈では訓練だと分かっている。

 分かっているのだが。

「小手なら……」

「何です?」

「なんでもないです」

 小手なら、まだいい。

 ちょん。

「小手、入りました」

「お?」

 これならいける。

 もう一度。

 だが近藤はすぐに気づいた。

 次から面。

 次は胴。

 小手を取りに行きたい繁の前から、狙いが消える。

「近藤さん、頭いいですね」

「褒めても手加減しません」

「そこはしてくださいよ」

「しません」

 横から晶の声が飛んだ。

「繁」

「何?」

「相手が動く前に、竹刀を置け」

「……どこへ?」

「相手が打とうとしている場所だ」

「……ああ、そういうこと?」

 繁の構えが変わった。

 近藤が面へ動く。

スッ。

その先に、もう繁の竹刀がある。

「……!」

もう一度。

近藤が胴を狙う。

スッ。

またしても、竹刀が行く手を塞いだ。

「…………」

三度目。

スッ。

「私とちゃんと剣道しなさい!」

「してますよ!」

「してません!」

「ちゃんと防いでるじゃないですか!」

「そういう問題じゃありません!」

「そこまで」

 吉川が入った。

「近藤、俺と代われ」

「まだできます!」

「分かってる。だから代われ」

 悔しそうに近藤が下がった。

 吉川が繁の前へ立つ。

「さて」

 肩を一度回す。

「やるか」

 繁の表情が少し変わった。

 昨日から見ていた。

 この人は違う。

「お願いします」

「来い」

 一本目。

 見えた。

 繁は避ける。

 ――はずだった。

 パァン!

「……え?」

「もう一本」

 二本目。

 また見えた。

 今度こそ避けた。

 パァン!

「……?」

 速いわけではない。

 それなのに。

 繁が避けようとする場所へ、吉川の竹刀が先にいる。

 三本目。

 パァン!

 繁が止まった。

(……どうして、見えているのに?)

吉川も、次へ行こうとして――やめた。

「…………」

 何かがおかしい。

 理由は分からない。

 近藤にも加藤にも、何も見えていない。

 だが晶だけが立ち上がった。

「……繁?」

 繁の手から。

 竹刀へ。

 何かが流れている。

 ゆっくり。

 だが確実に。

 吉川には見えていなかった。

 それでも本能的に一歩下がった。

 もう一歩。

 三歩目で止まり、正眼に構え直す。

「三佐?」

 近藤が怪訝そうに見る。

 晶の顔色が変わった。

「繁!」

 返事がない。

「いかん! 繁、抑えろ!」

 繁が竹刀を吉川へ向けた。

 一歩。

 吉川の視界から、繁の姿が消えた。

 次の瞬間。

 吉川の懐。

 竹刀の切っ先が胸の寸前で止まる。

 ――止まったはずだった。

 その先。

 竹刀ではない何かが、さらに伸びた。

 ドン!

「っ!」

 吉川の身体が、一歩。

 二歩。

 後ろへ押された。

 繁の竹刀は触れていない。

 沈黙。

 晶が額を押さえた。

「……あちゃあ」

 そのとき、訓練場のスピーカーから加賀の声が響いた。

『はい、そこまで。一旦休憩して、着替えてね』

 吉川がスピーカーを見上げる。

 近藤も。

 加藤も。

 繁だけが竹刀を下ろし、不思議そうな顔をした。

「……着替えるんですか?」

 晶がため息をつく。

「そこじゃねえ」


——第六話・了

知らないことを教える。


そのはずが、教える側まで知らないものを見せられることになりました。


吉川を驚かせた繁の力。そして、絶妙なタイミングで入った加賀の放送。

さて、「着替えてね」の意味は……?


次話へ続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。