第二話 二人だけの訓練生
一週間の体験訓練で、ようやく我が家に帰ってきた繁。
しかし、休息も束の間。今度は晶とともに立川駐屯地へ。
待ち受けていたのは、個性豊かな自衛官たちと、二人だけの特別訓練。
さて、今度こそ無事に乗り切れるのでしょうか?
第二話「二人だけの訓練生」
10月12日 午前7時30分。 立川駐屯地正門。
晶は門衛の前で姿勢を正した。
「本日から訓練させていただく黒羽晶と青葉繁であります」
横にいる繁も慌てて姿勢を正す。
門衛は二人を確認した。
「話は聞いている。まず宿舎へ案内する」
「はい!」
晶が敬礼する。
繁も一拍遅れて真似をした。
門をくぐる。
繁は途端に周囲を見回した。
「おー、練馬とはまた風情が違うなぁ。練習場どこかな――」
「青葉!」
後ろから声が飛んだ。
繁の肩が跳ねる。
「はい!」
「内部情報は秘匿するんだぞ!」
「……はい」
晶が呆れた顔をする。
「練馬で何を習ってきた」
「いっぱい」
「そういう意味ではない」
宿舎は二人部屋だった。
迷彩服へ着替えながら、繁がベッドに腰掛ける。
「お前と一ヶ月同じ部屋かぁ」
晶が襟元を整えながら答えた。
「俺の台詞だ」
コンコン。
扉が二度鳴った。
「はい」
晶が答える。
入ってきたのは、日に焼けた若い自衛官だった。
二人を一通り見て、口元を上げる。
「着替え終わったようだな」
「はい」
「加藤勝だ。今日からお前らの面倒を見る」
繁が頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「練馬にいたんだってな」
「一週間」
「そうか」
加藤はニヤリとした。
「優しく教えてもらったようだな」
繁と晶は顔を見合わせた。
その言い方には、どう考えても含みがあった。
芝生の訓練場に着いて、繁は首を傾げた。
「……あれ?」
晶も周囲を見回す。
誰もいない。
いや、正確には三人いた。
一人は先ほどの加藤。
もう一人は女性自衛官。
そして中央に立つ男性自衛官が、二人を待っていた。
さらに――かなり離れた場所に、もう一人。
繁が小声で晶に聞く。
「あの人、何してんの?」
「知らん」
なぜかこちらを見ている。
「集合!」
声が飛んだ。
二人は駆け寄って並んだ。
中央の男が一歩前へ出る。
「私が指導教官の吉川竜也三佐だ。以後、教官と呼称するように」
「はい!」
「そして、君たちの訓練を補助する――加藤勝士長、近藤美沙二士だ」
加藤が軽く顎を引く。
近藤はきちんと敬礼した。
「近藤です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
晶が答える。
繁も続いた。
「よろしくお願いします」
「なあ晶」
「なんだ」
「士長と二士って、どっちが上?」
「士長だ」
「へえ」
「練馬で習っただろう」
「習ったっけ?」
「習った」
「じゃあ忘れた」
加藤の眉がぴくりと動いた。近藤は何も言わなかった。
それから繁は、また周囲を見た。やっぱり誰もいない。
「あの……」
「なんだ、青葉」
「ほかの人は?」
「いない」
「……はい?」
「今回の訓練生は君たち二名だ」
繁は晶を見る。
晶は――嬉しそうだった。
「お前、なんで嬉しそうなんだよ」
「集中して修行できる」
「そういう問題かなぁ」
近藤が手元の書類へ視線を落とした。
十五歳と十六歳。民間人。しかも高校生。
近藤の眉が寄った。
そもそも、体験入隊の対象年齢に達していない。それが練馬で一週間。その直後に、今度は立川で一ヶ月。しかも訓練生は、この二人だけ。
――どういう扱いなの、これ。
書類に不備はない。正式に受け入れが決まっている。
だからこそ、わけが分からなかった。
「まず君たちが何をできるのか知らなければ、訓練計画も立てられない」
吉川が言った。
「今日は基礎能力を見る」
晶の顔が引き締まる。
繁の顔が曇る。
「腕立て、腹筋、懸垂。短距離。その後、持久走」
「教官」
繁が手を上げた。
「なんだ」
「全部、今日やるんですか?」
「もちろんだ」
「……ですよね」
「青葉!」
吉川の声が少し大きくなった。
「はい!」
「いい返事だ!」
「そこ褒めるところですか?」
加藤が横を向いて吹き出した。
近藤は無表情だった。
ただ、少しだけ眉が動いた。
最初のうちは、加藤も笑っていた。
腕立て。
腹筋。
懸垂。
晶は淡々とこなしていく。
「黒羽、やるじゃねえか」
「ありがとうございます」
一方。
「二十……いち……二十……に……」
繁の声がだんだん小さくなる。
「青葉! 止まるな!」
「止まって……ませんって……」
「青葉、いいぞ!」
吉川が声をかける。
「その調子だ! フォームを崩すな!」
加藤が吉川を見る。
「教官、それ褒めてます?」
「褒めている!」
繁が地面に伏せたまま呟いた。
「もっと分かりやすく褒めてください……」
「口を動かす余裕があるなら、あと十回!」
「言わなきゃよかった……」
晶は隣で黙々と続けている。
加藤の笑みが少し消えた。
短距離走。晶が走る。
速い。
加藤の目の色が変わった。
「黒羽、もう一本いけるか?」「はい!」
二本目。ほとんどタイムが落ちない。
「もう一本」「はい!」
吉川が加藤を見る。「加藤」「分かってます。測定ですよね」
そう答えながら、加藤は笑っていた。
「……お前、本当に高校生か?」
「はい」
「何やってんだ、普段」
「修行です」
即答だった。
「……そうかよ。山伏かっ?」
次は繁。
「青葉、行け!」「はい!」
走る。
晶ほどではない。特別速いわけでもない。
加藤が時計を見る。「……まあ、こんなもんか」
「なんか腹立つな、その言い方」
「聞こえてるぞ!」「聞こえるように言いました!」
「加藤!」
「はい!」
それでも繁は止まらない。
遅れてはいる。
苦しそうでもある。
だが、崩れない。
近藤はストップウォッチを見て、それから記録用紙へ視線を落とした。
妙だった。
黒羽晶が優秀なのは一目で分かる。
問題は青葉繁だ。
文句を言う。
苦しそうにする。
今にもへばりそうな顔をする。
なのに――。
「……落ちてない」
近藤が小さく呟いた。
「ん?」
加藤が振り向く。
「何でもありません」
最後の持久走が始まった。
先頭に加藤。
その後ろを晶。
少し離れて繁。
「黒羽! まだ行けるか!」
「はい!」
「いいねえ!」
加藤がペースを上げる。
晶も上げる。
「お?」
さらに上げる。
晶はついてくる。
加藤が振り返った。
晶と目が合う。
晶は平然としていた。
加藤の口元が、ゆっくり上がった。「……面白え」
背後から近藤の声がする。「ちょっとぉ! 二人とも速くなってません!?」
吉川が叫んだ。
「青葉! 自分のペースでいい! 崩すな!」
「はぁ……はい……!」
前を行く二人との差が、少しずつ開いていく。
近藤はストップウォッチを見た。「……これ、測定になってるんでしょうか」
吉川は答えなかった。「青葉! いいぞ! そのまま行け!」
「はぁ……何が……いいんだよ……」
近藤は記録を取りながら、二人を見ていた。
黒羽晶。
そして青葉繁。
書類だけでも妙な訓練だった。
実際に始めてみれば――もっと妙だった。
近藤は小さく息を吐いた。
「……一ヶ月、ですか」
遠く離れた場所では。腕を組んだ加賀が、まだこちらを眺めていた。
元気いっぱいの晶と、文句いっぱいの繁。
一見すると対照的な二人ですが、どうやら繁にも何か秘密がありそうです。
そして、初日から振り回される加藤士長と、書類と現実の食い違いに困惑する近藤二士。
遠くから眺める加賀の存在も気になるところ。
この一ヶ月、いったい誰が誰を鍛えることになるのでしょうか(笑)。




