第3話 友好都市
「あの浮いてる板のような魔導具は何ですか?」
「貸出式の移動補助魔導具だ。名前はホバーボード。地上の移動魔法速度規制で早歩きぐらいの速度しか出ないが、街内の移動は楽になるかもな」
自分のイメージする方向に移動でき、ほとんど疲れないので便利な魔導具である。
「あ! あれは何ですか!?」
……子供が魔法をラケットで跳ね返しあっている光景をソフィアが指差す。
「あー……子供向けのおもちゃの魔導具で、名前はマジックポンポンだっけ? 光球を打ち合って相手が落としたら自分に勝ち点が入る。ラケットから出てる光球は安全基準を守った無害な魔法だ」
「む! あれはあれは!?」
魔導具と関係の無い食べ物の屋台を指差すソフィア。
「最近流行ってるあれ、あれだ。若い奴に人気だよ。俺は食った事ないけど」
「ちょっと買ってきますね!」
屋台に向かって駆けていくソフィア。
……違法魔導具の調査のためソフィアと街に繰り出してはいるが、目的はあれど手段が未定でソフィアの観光案内みたいな事になってしまっているな。
もしかするとアミ管理官は最初からこのつもりで俺達を自由にしたのか? オフィスで新人二人を暇させておくのもあれだけど、捜査に本格参戦させるのも心許ないから……とか? その方が今の状況は納得できるな。
「ディスクロールという名前らしいですよ! ジョンさんはスイートブラウンとキャラメリゼシュガーのどちらがいいですか?」
いつの間にか例のあれを買ってきて、俺に選択肢を与えるソフィア。
別に俺の分はいらなかったんだが……
「じゃあ、こっちの焦がし砂糖で。お金は?」
「これぐらい良いですよ! 子供じゃあるまいし! どうぞ!」
俺から言わせれば十分ソフィアは子供なんだが……まぁ大人しく好意を受け取っておこう。
一口齧ったが甘い。生地が既に甘い。巻かれた生地の中にある焦がし砂糖も香ばしい苦さ以上に甘い。苦いお茶が欲しくなる。
「ジョンさん! これ……! サンライト産の果物も一緒に巻いたら美味しいんじゃないですかね!?」
目を輝かせながら嬉々として新フレーバーを提案するソフィア。
「……もうあるよ」
俺は別のディスクロールの屋台を見ながらそう伝えた。
◇◇◇
近くの公園のベンチにソフィアと座りながら、ディスクロールと俺が買ってきた炒り焙煎豆茶を飲む。ソフィアは苦めの焙煎豆茶に砂糖を追加していたが……焙煎豆茶自体は普通に飲めるようだ。
「平和だなぁ……」
違法魔導具とは一見無縁そうなのどかな光景を見て思わず声が漏れる。
人族と魔族が何事もなく会話をし、子供達も種族を気にせず遊ぶ……戦時中はこうなって欲しいと願った景色が目の前にある。
「そうですね! これもボヤ騒ぎのジョンのおかげです!」
ソフィアの口から例の称号が飛び出す。なぜいまそこでそれを!?
「だーかーらー、過大評価なんだよ、それ! 肝心の斥候任務を放棄して、魔族に捕まっていた同胞を逃して、撤退しただけのアホだよ俺は!」
後悔はしていないが、あの時情報を持ち帰れれば……それを後悔って言うのか?
「でもその件があったから魔王様がノースランドの野蛮な民が野蛮では無いと感じて和平に動き始めたんですよ? ジョンさんのボヤ騒ぎがなかったら余計な血が流れていたかもしれません」
知らない歴史の事実がソフィアの口から語られる。
「……そ、そんな事になってたのか? 本当なのかそれ?」
「魔王様から聞いた話ですから間違いないですよ!」
何でソフィアは魔王との距離が近いんだ!? そりゃ魔王に選ばれているからそうなのかもしれないけど! しかし、それが本当なら魔族で俺が有名なの理由はよーくわかった。
「ふ、だったら俺がサンライトに行ったらパレードでも開いてくれるかね?」
「開くんじゃないですかね? もう少し時勢が落ち着いたらボヤ騒ぎのジョンを招待しようって魔王様も言ってたような……」
「頼むから開かないでくれ」
冗談で言ったのに実現しそうで恐ろしい……魔族領に行きたくない理由がますます増えた。というか魔族側でそんなに盛り上がってるのに、俺の耳にその手の話が一切入ってこないのは何なんだ?
「……ジョンさん、あれを見てください」
ソフィアが声量を抑えて、俺を誘導するように視線を動かす。
「今度は何だ? おじさん流行には……」
俺達から離れた所にいる人族の若い男性3人がホバーボードを片手に談話している。
「柄は悪いけど、別に悪さはしてないぞ?」
「持っている板の魔力の量がおかしいです」
この距離でそんな事わかるのか? 魔力の発動はわかりやすいが、発動前の魔力量なんて見えるもんじゃ無いはずだが……魔族と俺とでは見えてる世界が違うのかもしれない。
「……話を聞いてみるか」
ディスクロールを口に押し込み、飲み物で流し込む。出たゴミはゴミ箱へ。
ソフィアは嘘をついたり、変な事を言う奴では無いとわかっている。何も無いことを祈りながら、男達の元へソフィアと一緒に向かう。
「おーい、ちょっと話を聞かせて貰って良いか? 若者の流行を知りたいんだが……」
「あーん? 何このおっさん」
「流行は知るんじゃなくて知ってるから流行なんだぜ」
「そっちのハーピーの子、めちゃいけてんじゃん。どう? おっさんとパトロールなんかしてないで俺達と遊ばない?」
案の定舐められている。平和ぼけの一種かもしれないが、それはそれで……
「その魔導具はどこで入手しましたか? 魔力量が基準を大幅に超えています。違法魔導具の所持が犯罪なのはご存知ですか?」
ソフィアー!? 聞き方がストレートすぎるって!
「な、何言って!? あ! こいつら噂の魔法捜査官って奴じゃね!?」
「何でこれが違法だってわかんだよ!?」
「ずらかるぞ!」
男達がホバーボードに乗ると、魔力が込められた瞬間、急発進して俺達から一瞬で距離を離す。は、速すぎる! 間違いなく違法魔導具だ!
人の往来が激しい場所でそんなもんに乗るなよ! 今も女性を轢きそうだったぞ!?
「こうなるからストレートに聞いちゃダメなんだよ!」
「す、すみません!」
ソフィアへのお小言の前にあいつらを追いかけなくては。
見事に全員違う方向に逃げやがったな!
「くそっ、この距離じゃマジックショットは当たらねぇ! 追いかけるしかない! ソフィア、飛んでもいいんだぞ!」
「わかりました!」
男の一人にターゲットを絞って走り始める。追いつけなくても逃げた方角に何かあるかもしれない。
……確か本部に上空を移動するでかいホバーボードみたいなのが配備されてたよな。あれを借りてパトロールしときゃよかったなぁ! というか応援を呼ぶための遠距離会話の魔導具も受け取ってない! 容疑者と遭遇するのは俺達であるべきじゃなかった!
「……風よ」
後方からソフィアの詠唱が聞こえた。どうやって命令を出しているんだ……
上空を高速で飛来する影が俺の頭上を通り過ぎていった。
……それは羽ばたきもせずに黒い弾丸のように飛行するソフィアだった。
ホバーボードに乗って逃げる容疑者の男の影と上空のソフィアの影が重なった瞬間、ソフィアは急降下し、男の肩に着地する!
勢いかホバーボードの積載量を超えたためか、浮いていたホバーボードが地面に接地し、速度と摩擦に耐えきれずに破損! 発動していた魔力が消える!
「うわああああああっ!?」
男の悲鳴がこの距離でも聞こえてくる。
推進力を失うも慣性で壁に突っ込む男とソフィア!
ソフィアが大きく翼を羽ばたかせると、男とソフィアだけピタッと停止。
ホバーボードは壁に激突、バラバラに爆散した。
「す、すげぇな……おーい! 無事か!?」
「大丈夫です! 容疑者も無事です!」
空中で静止しながら羽ばたくソフィアと足の爪でがっつりホールドされた男を見るに二人に外傷は無い。急いで現場に向かい周囲を確認したが被害は壁だけのようだ。良かった……
「あんまり無茶はするなよ! というかどうやったらそんなに速く移動できる!? ハーピーって皆こんな感じ!?」
「風に乗っただけですけど……」
よくわからない事を言いながらソフィアはゆっくりと地面に男を降ろした。
が、その場で崩れ落ちる男。ソフィアがしゃがんで男の頬をペチペチと羽で叩いてみるが反応はない。
「……失神しちゃってますね」
「証拠は吹き飛んだが……まぁ、証言は聞けそうだな。目を覚まして暴れる前に拘束して本部に連れて行くぞ」
「了解です!」
魔力式の携帯拘束具を男の両腕に嵌めるソフィア。安全を確認できたのか周囲に人族と魔族が集まってくる。
俺は壁に激突したホバーボードの破片を見ながら次の予定を考えるのであった。




