ポポロ村の憂鬱と、算盤を弾く猫耳商人——僕の安全のために要塞化させてもらいます
ポポロ村の憂鬱と、算盤を弾く猫耳商人——僕の安全のために要塞化させてもらいます
ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国。
三大国家の国境付近に位置する緩衝地帯——「ポポロ村」に足を踏み入れた瞬間、神谷シンの胃はキリキリと音を立てて痛み始めた。
「ひぃぃ……なんだこのザル警備は!? 丸太を組んだだけの防護柵は高さがたったの三メートル! 監視塔からの死角が全体の四十パーセントを占めているし、見張りの自警団員は欠伸をしてる! こんなの、夜間にゲリラ部隊が襲撃してきたら三分で全滅ですよぉぉ!」
悲鳴を上げながら頭を抱えるシンを、案内役のキャルルが不思議そうに見つめる。
「あら、そんなにひどいかしら? 三大国との不可侵条約もあるし、村としては結構頑丈な部類だと思うのだけれど」
「紙切れの条約なんて何の防弾効果もないんですよ! あぁもう、こんな村で寝起きしたら、ストレスで僕の寿命がマッハで削れてしまう!」
極度の心配性であり、元合衆国シークレットサービス(USSS)の特命警護官であったシンにとって、この村の防衛レベルは「いつ死んでもおかしくない廃墟」と同義だった。
自分がこの異世界で安全に、そして平和に生き延びるためには、この村の防衛網をUSSS規格に引き上げる(要塞化する)しかない。
シンのユニークスキル【シークレットサービス】を使えば、監視カメラ、人感センサー、地雷、自動小銃など、現代の防衛インフラを展開することは可能だ。
だが、問題があった。
魔法と剣のファンタジー世界に、突然『近代兵器』を持ち込めば、間違いなく不審がられる。シンは目立ちたくないのだ。面倒事に巻き込まれて死ぬリスクが上がるからだ。
兵器の出どころを誤魔化し、合法的に村のインフラとして配備するための「裏の協力者」が必要だった。
「キャルルさん、この村で一番……その、お金の計算と『裏の帳簿』に明るい人は誰ですか?」
「裏の帳簿って……貴方、何を企んでいるの? ふふっ、悪巧みする暗殺者の横顔も素敵だわ。いいわ、村の財務を任せている商人を呼んであげる」
頬を染めてクネクネと身悶えするヤンデレ村長の思考回路はひとまず無視し、シンは村の役場へと向かった。
通された執務室には、特注の真鍮算盤を片手に、刻み煙草の煙管を吹かしている男がいた。
ピンと立った猫の耳と、尻尾。切れ長の目を持つ猫耳族の青年だ。
「ワイはニャングル。大陸屈指の大企業『ゴルド商会』でゴールドランクの看板を背負っとる商人や。……で? キャルルはんが直々に連れてきた専属護衛っちゅうから期待してたんやが」
ニャングルは、シンの細身のオーダースーツ姿を上から下までジロリと値踏みし、鼻で笑った。
「なんや、ただのヒョロガリの優男やんけ。こんなんが村の防衛強化の相談やと? 喧嘩はアホのすることやが、舐められたら商売上がったりやで?」
「ひぃっ、す、すみません! 僕はただのビビリの一般人でして……!」
「アホくさ。用がないなら帰——」
「ただ……僕が用意する『特殊な防衛装備』を、ドワーフのドンガン地下帝国からの密輸品として、帳簿上でロンダリングしてほしいんです」
シンがおどおどと頭を下げながら放った言葉に、ニャングルの算盤を弾く手がピタリと止まった。
「……ほう? ドワーフの密輸品やと? ワイに帳簿を誤魔化せっちゅうんか」
「はい。見返りとして、貴方の商会が扱う商品にも、僕のルートの『オーパーツ(現代物資)』を卸します。絶対に莫大な利益が出ると約束します」
シンはペコペコと腰を低くしながら、必死に交渉する。
だが、ニャングルは煙管の煙をふぅっと吐き出し、鋭い視線をシンに向けた。
「ええ度胸や。せやけど、ワイは口だけの男は信用せん主義でな。それだけのオーパーツっちゅうモン、ここで見せてもらうで? もしワイの眼鏡にかなわんガラクタやったら、キャルルはんの男でも容赦せんからな」
ニャングルの瞳に、商人としての冷酷な光が宿る。
(ひぃぃぃ! 怒らせた! やっぱり異世界の商人は怖い!)
シンは涙目になりながらも、急いで自らのスキルを発動させた。
「わ、分かりました! 危ないですから、絶対に動かないでくださいね!」
シンはスーツの内ポケットに手を入れると、無詠唱・無動作で空間から一つの奇妙な黒い機械を取り出した。
それはUSSSの非殺傷制圧装備、『TASER 7(テーザーセブン)』。
二発のカートリッジを装填した、最新型の法執行機関用スタンガンである。
「なんやそれ? 杖にも見えんし、剣でもない。そんなオモチャでワイを驚かせ——」
カチャッ。
シンがセーフティを外し、テーザーのトリガーを引いた瞬間。
パァンッ!!
破裂音と共に二本の電極ダーツが射出され、執務室の隅にあった巨大な木製の訓練用マネキンに突き刺さった。
次の瞬間、マネキンの表面を青白い五万ボルトの電流が凄まじいスパークを上げて駆け巡った。
『バリバリバリバリバチィィィィッ!!』
「なっ……!?」
ニャングルの口から、煙管がポロリとこぼれ落ちた。
魔力がないはずの「ただの黒い塊」から、無詠唱、無魔法陣で雷撃が放たれたのだ。しかも、雷魔法の使い手のように魔力切れを起こす気配すらない。
「い、痛いのは嫌でしょうから、マネキンに向けて撃ちました。人間なら一瞬で筋肉が痙攣して行動不能になります。……あ、それからこれも」
シンは空間からもう一つ、USSSがワイシャツの下に着用する軽量の『NIJ Level IIIA 規格防弾ベスト』を取り出し、机の上に置いた。
「これ、すごく軽くて柔らかいんですけど、鋭利な刃物や衝撃を完全に吸収します。試しに、そこの護身用の短剣で思い切り突き刺してみてください」
「……冗談やろ。こんな布っきれが……」
ニャングルは震える手で短剣を握り、渾身の力を込めて防弾ベストを突き刺した。
ガツンッ!!
鈍い音が響き、短剣の刃はケブラー繊維に完全に阻まれ、傷一つ付けることができなかった。
「な、なんやこのバケモン技術は……!? 鉄の鎧より軽くて、しかも刃が通らん!? こ、これをアンタは量産できるっちゅうんか!?」
「はい。材料費はゼロです。帳簿さえ上手く誤魔化してくれれば、村の自警団全員にこれを配備できますし、商会で高値で売っても構いません」
ビクビクと震えながら、涙目で提案を続けるシン。
だが、ニャングルの目に映るシンの姿は、先ほどまでの「ヒョロガリ」ではなかった。
(コイツ……ホンマモンの怪物や……! 自分は『ビビりの一般人』のフリをして、こんなオーパーツを無尽蔵に出せる底知れん狂気を隠し持っとる……! 怒らせたらアカン、絶対に敵に回したらアカン男や!)
商人の本能が、シンの背後に圧倒的な『死と莫大な利益』の匂いを嗅ぎ取っていた。
「……くっ、ふはははっ! ええやろ、乗ったるわ! アンタの密輸品のロンダリング、このニャングルが完璧に引き受けたる! その代わり、ワイの算盤の弾きに文句は言わんでくれよ、シンはん!」
「あ、ありがとうございますぅぅ! これで僕も安心して夜眠れます!」
シンがホッと胸を撫で下ろし、二人が固い握手を交わした、まさにその時だった。
「大変よ、シン!」
バタンッ!と扉が開き、キャルルが血相を変えて飛び込んできた。その後ろには、サンドイッチを消化して元気になったリーザも顔を出している。
「村の広場で、自警団長のマンミアが暴走しているの! 怒りで我を忘れて、自警団の施設を破壊し始めているわ!」
「ひぃぃぃ!? 暴走!? どうしてそんなことに!?」
「それが……今日が彼女の『二十五歳の誕生日』なんだけど……『売れ残りだとバカにされた! もう誰も私の背中に乗ってくれないんだぁぁ!』って、婚活のストレスが爆発しちゃったみたいなのよ……!」
「婚活のストレスで村を破壊しないでくださいよぉぉ!」
シンは頭を抱えて絶叫した。
異世界の村の要塞化計画は、第一歩から前途多難——というか、身内の暴走という想定外の危機管理からスタートすることになったのである。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
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シンの危機管理能力が、こじらせ女子にどう立ち向かうのか!
次回もどうぞよろしくお願いいたします!




