極上コーヒーと絶対安全の野戦食(レーション)——「餌付け」は最強の防衛手段です
極上コーヒーと絶対安全の野戦食——「餌付け」は最強の防衛手段です
「よし、これで出血は止まりました。救急車……はこの世界にはないんでしょうけど、とりあえず安静にしていれば死にはしませんから!」
路地裏に転がる三人のならず者たちに対し、米軍規格の止血帯と医療用ガーゼによる完璧な処置を終えた神谷シンは、額の冷や汗をハンカチで拭った。
内心はまだバクバクと心臓が鳴り響いている。だが、泣き叫びながらも手元はいっさい狂わない。それが、恐怖を極限まで飼い慣らした元USSSの職業病であった。
「素晴らしいわ。鮮やかな手口ね」
不意に、頭上から鈴を転がすような凛とした声が降ってきた。
シンがビクッと肩を跳ねさせて振り向くと、そこには美しい少女が立っていた。
月明かりに照らされた、艶やかな金糸の髪。頭頂部でピンと張った可愛らしいウサギの耳。
だが、シンの『プロとしての危機察知能力』は、彼女の可憐な容姿ではなく、その歩法と筋肉の連動に警鐘を鳴らしていた。
(ひぃぃっ!? な、なんだこの子!? 高度5メートルの木の枝から飛び降りたのに、足音が一切しない! しかもあの重心の置き方、いつでもマッハで飛びかかってこれる臨戦態勢だ! 絶対に怒らせちゃいけないタイプの人だ!)
「ひ、ひぃぃっ! わ、僕はただの通りすがりの一般人です! 命だけはお助けを!」
両手を顔の前に突き出し、全力で無害をアピールするシン。
だが、少女——ポポロ村の若き村長である月兎族のキャルル・ムーンハートは、艶然と微笑みながらシンとの距離を詰めた。
「ふふっ。暗殺者たるもの、その謙虚な態度は美徳だわ。でも、私の目は誤魔化せない。絶望する標的の急所を的確に破壊し、あえて生かして手当てを施すことで、二度と逆らえないほどの恐怖を刻み込む……血の匂い一つさせない、恐ろしく冷酷な制圧術だったわ」
「えっ? いや、僕は痛いのが嫌なだけで——」
「私はキャルル。キャルル・ムーンハート。ねえ、貴方。私専属の護衛にならないかしら?」
キャルルの瞳の奥に、獲物を逃さない捕食者のような——あるいは、重度のヤンデレ特有の熱を帯びた執着の光が宿る。
背筋にゾクッと悪寒が走り、シンが後ずさりしようとした、その時だった。
『ぎゅるるるるるるるるぅぅぅぅぅぅぅぅっ!』
緊迫した路地裏の空気をぶち壊す、野獣の咆哮のような腹の虫の音が鳴り響いた。
「あわわわ……お腹が、背中とくっつきますの……」
芋ジャージ姿の人魚族、リーザが白目を剥いて地面に倒れ伏していた。
先ほどの野盗との小競り合い(五円玉スナイプ)で、なけなしの体力を使い果たしてしまったらしい。
「だ、大丈夫ですか!? 脈が異常に弱いです、極度の低血糖と栄養失調だ!」
シンはキャルルのプレッシャーを一時忘れ、すぐさまリーザの元へ膝をついた。
どんな時でも、目の前で人が死ぬのを見過ごすことなど、極度の心配性であるシンには耐えられなかったからだ。
「ここ三日……公園の鳩と奪い合った、パンの耳と……そこらへんの雑草しか、食べてないんですの……もう、ダメですの……」
「鳩とパンの耳を奪い合うアイドルって何!? いや、それよりすぐに糖分と栄養を!」
シンは空中に手をかざし、自身の第三のユニークスキルを発動させた。
その名も【安全保障配給】。
本来、大統領や要人を毒殺のリスクから守り、極限状態でも安全に食事を提供するためのUSSSの兵站機能が具現化したチート能力である。
空間が小さく歪み、シンの手に銀色のトレーが出現した。
「これを食べてください! 毒物混入率0%、僕の特製クラブハウスサンドイッチと、温かいコーヒーです!」
トレーの上に鎮座しているのは、表面をカリッと香ばしく焼き上げた職人仕込みのトースト。
その間には、肉汁溢れる分厚い特製ベーコン、シャキシャキの新鮮なレタス、じっくりと火を通したグリルチキン、そしてとろけるチーズと半熟の目玉焼きが、芸術的な断層を描いて幾重にもサンドされていた。
傍らには、大統領専用機で提供される最高等級の豆を挽いた、淹れたてのドリップコーヒーが芳醇な香りの湯気を立てている。
「なっ……!? なんなの、この暴力的なまでに食欲をそそる香りは……!」
離れていたキャルルでさえ、月兎族の鋭い嗅覚でその匂いを捉え、思わず生唾を飲み込んだ。
アナステシア世界の軍用食といえば、レンガのように硬い黒パンか、悪臭を放つ通称「ゲロオムレツ」が相場である。このような洗練された「現代の極上メシ」など、王族の食卓にすら並んだことがない。
「た、食べ物……? 幻覚じゃないですの……?」
虚ろな目をしたリーザが、震える手で分厚いクラブハウスサンドを掴み、大きな口を開けてかぶりついた。
「——っ!?」
サクッ、という小気味良い音。
次いで、溢れ出すベーコンの強烈な旨味と脂の甘み、シャキシャキとした野菜の瑞々しさ、それらを一つにまとめる特製マヨネーズソースの酸味が、リーザの口腔内で爆発した。
「お、おおおお、美味しいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
ボロボロと大粒の涙を流しながら、リーザは野生動物のような勢いでサンドイッチを貪り食い始めた。
「美味しいですの! パンが硬くないですの! 草の味がしないですの! お肉が、お肉がぁぁぁっ!」
「よ、よかったです。喉に詰まらせないようにコーヒーも飲んでくださいね」
シンが優しくコーヒーの紙コップを差し出す。
だが、それを横からスッと奪い取ったのは、ウサギの耳をピンと立てたキャルルだった。
「待って。いくら貴方が凄腕でも、素性の知れない相手の飲み物を口にするわけには——」
キャルルは用心深く匂いを嗅ぐ。
しかし、彼女の危機察知能力は「危険」を全く検知しなかった。それどころか、匂いを嗅いだだけで、満月の近づく時期特有のイライラとした気だるさが、嘘のようにスッと引いていくのを感じた。
(……毒がないどころか、完璧に浄化されている? しかも、この温もりと香りは何……?)
キャルルは堪えきれず、コーヒーに口をつけた。
その瞬間、彼女の瞳が驚愕に見開かれた。
「——っ!!」
深いコクと、心地よい苦味。そして後から追いかけてくるフルーティーな甘み。
それはただ美味しいだけではない。シンの【安全保障配給】によって作られた食事には、対象の極度の緊張やパニックを緩和し、精神的デバフを完全解除する『バフ効果』が付与されていた。
「嘘、でしょう……? あんなに殺気立った暗殺の技を見せた直後に、こんな……こんなにも優しくて、心が安らぐ味を創り出せるなんて……!」
王族としての重圧、ポポロ村の村長としての責任。常に気を張っていたキャルルの心が、一杯のコーヒーによって完全に解きほぐされていく。
気がつけば、彼女のシンを見る目は「面白そうな暗殺者」から、「絶対に手放してはならない運命の男」へと劇的に変化していた。
「シンさん! ズズッ、ごちそうさまでしたの!」
完全に体力を回復したリーザが、シンの足にガバッとすがりついた。
「私、決めましたの! シンさんは今日から私の専属プロデューサーですの! 一生ついていきますから、毎日これを食べさせてくださいですのぉぉ!」
「えぇ!? い、いや、僕はただの一般人で——」
「ダメよ」
シンの抗議を遮り、キャルルがシンの腕にギュッと抱きついた。
見上げれば、キャルルのウサギ耳がパタパタと嬉しそうに揺れ、その瞳には逃げ場のないドロリとした愛の光が宿っていた。
「貴方はポポロ村に来るの。私の村の『治安維持』と、私の『胃袋』を満たすためにね。……断るなんて言わせないわよ、シン?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ! や、やめてください! 僕はただ、平和で安全に生きたいだけなのにぃぃぃ!」
世界一死にたくないビビリの元シークレットサービスは、その異常な制圧能力と極上の料理スキルによって、図らずも面倒くさい美少女二人の心と胃袋を、完全に掌握してしまったのである。
神谷シンの、異世界における胃が痛い防衛生活は、こうして幕を開けた。
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「飯テロ最高!」「胃袋を掴まれるヤンデレ村長とポンコツアイドルが可愛い!」「シンの胃が心配!」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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次回、ポポロ村にて最恐の金庫番が登場! 何卒よろしくお願いいたします!




