第一章 命乞い暗殺者と極貧アイドルの村おこし防衛戦
「ひぃぃっ! 撃ち合いになったら全員の眉間に穴が空きます、やめましょう?」
「ひぃぃっ! 命だけはお助けを! お金なら出しますからぁ!」
石畳の路地裏に、情けない悲鳴が響き渡る。
仕立ての良い黒のオーダースーツに身を包んだ青年——神谷シンは、ガタガタと膝を震わせながら、今にも土下座しそうな勢いで両手を前に突き出していた。
「ぎゃはは! なんだこのヒョロガリ! 変な服着て、腰抜かしてやがるぜ!」
「おい女! この腑抜けはお前の連れか? とっとと身ぐるみ剥いで、お前は裏路地で稼がせてやるよ!」
下劣な笑い声を上げるのは、ボロボロの革鎧を着た三人のならず者たち。その手には、ギラギラと鈍い光を放つ長剣や鉄パイプが握られている。
彼らに壁際へと追い詰められていたのは、ボロボロの芋ジャージに健康サンダルという、およそファンタジー世界には似合わない出立ちの美少女だった。
海を思わせる水色の長い髪。人間離れした美貌を持つ彼女——人魚族のリーザは、震えるシンの背中に隠れながらも、決死の形相で敵を睨みつけていた。
「わ、私のファンに手を出すなですの! アイドル舐めるなですの! くらえ、必殺五円玉スナイプ!!」
フンッ!!
リーザが鼻息を荒くした瞬間、彼女の鼻の穴に詰められていた「真鍮の五円玉」が猛スピードで射出され、ならず者の一人の額にカァンッ!と命中した。
「痛ぇっ!? てめぇこのアマ、ふざけやがって!!」
「ひぃぃぃっ! なんで鼻から硬貨飛ばしてるんですか!? 余計に怒らせちゃったじゃないですかぁぁ!」
シンは涙目で絶叫した。
(どうしてこうなった!?)
五輪射撃の金メダリストであり、合衆国シークレットサービス(USSS)の特命警護官であった彼が、気づけば見知らぬ中世風の路地裏に放り出され、ヤバい連中に囲まれている。
ただでさえ極度の心配性で、「絶対に死にたくない」を信条に生きてきた彼にとって、今の状況は致死率が高すぎる最悪のシチュエーションだった。
「もう許さねえ。その女ごと、肉の塊にしてやるよ!」
ならず者たちが殺意を剥き出しにして、長剣を大きく振りかぶる。
終わった。死ぬ。痛いのは嫌だ。血を見るのも嫌だ。
恐怖で視界が涙で滲む。シンの表層意識は完全にパニックに陥っていた。
——だが。
シンの『裏の意識』は、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。
(敵は前方三名。距離4メートル。風速ゼロ、湿度60%。僕の脈拍110……少し高い。深呼吸しろ。敵の重心は前のめり。制圧までの想定タイム、0.8秒。……あぁもう、本当に死にたくない!)
恐怖が極限に達した瞬間、シンの口から氷のように冷たい声が漏れた。
「……だから、武器を捨ててください。僕が引き金を引く方が速いんです」
「あぁ? なに寝言言ってやが——」
ならず者の一人が一歩を踏み出した、そのコンマ1秒後。
シンのユニークスキル【シークレットサービス(絶対警護領域)】が発動する。
一切の予備動作も、魔法の詠唱も、魔法陣の輝きもない。
ただ空間が揺らぎ、シンの右手にUSSSの正式サイドアーム——『Glock 19 Gen 5 MOS』が、まるで最初からそこにあったかのように吸い込まれた。
タァン! タァン! タァン! タァン! タァン! タァン!
石畳の路地に、乾いた爆音が六回、連続して響き渡った。
それは、五輪金メダリストの神速ドロウと、命の危機に直面したプロの生存本能が生み出した、魔法すら凌駕する絶対速度。
「……あ?」
ならず者たちが間抜けな声を漏らした時には、すべてが終わっていた。
振り上げられていた三本の長剣は空中で根元からへし折れ、彼らの『右膝』には、寸分違わぬ正確さで風穴が空いていた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
「あ、あぁぁっ!? 足が、足があぁぁっ!」
三人の男たちが一斉に悲鳴を上げ、その場にドサリと崩れ落ちる。
血だまりが広がる路地裏。圧倒的すぎる暴力の差。
「……え? え?」
芋ジャージのリーザは、何が起きたのか全く理解できず、ただ口をパクパクとさせている。
だが、ここで最もパニックに陥っていたのは、襲われたリーザでも、撃たれたならず者でもなかった。
「ひ、ひぃぃぃぃっ! 血! 血がぁぁぁ! ほら言ったじゃないですか! 痛いのは僕だって嫌なんですよぉぉ!」
「お前が撃ったんだろォォが!!」というならず者たちのツッコミを置き去りにし、シンは半泣きで彼らの元へ駆け寄った。
そして、スキル【第一応答者】を即座に起動する。
「動かないで! すぐに止血帯巻きますから! 大丈夫です、膝の靭帯を掠めただけです! 死にませんから安心してください!」
つい三秒前に敵の膝を撃ち抜いた男が、ボロボロと涙を流しながら、異様な手際で敵の脚に米軍規格の止血帯を巻き上げ、医療用ガーゼを押し当てていく。
そのあまりに狂った光景に、激痛でのたうち回っていたならず者たちの方が、恐怖で顔を引き攣らせた。
「ひ、ひぃぃっ……悪魔……!」
「ごめんなさい! だから僕に撃たせないでって言ったのにぃ!」
泣きながら敵を完璧に制圧し、泣きながら完璧な救命処置を施す男。
——その一部始終を。
路地裏を見下ろす高い木の上から、熱を帯びた瞳で見つめている者がいた。
『……なんて、恐ろしい男』
月兎族の象徴である美しい兎耳をピクピクと揺らしながら、ポポロ村の若き村長——キャルル・ムーンハートは、頬を紅潮させて身震いした。
『泣き叫ぶフリをして敵を極限まで油断させ、瞬きする間もなく敵の急所と武器を破壊する。しかも殺さず、あえて生かして手当てを施し、敵にさらなる恐怖と屈辱を与えるなんて……』
シンの「ガチのビビリ」から来る行動は、アナステシア世界最高峰の格闘能力を持つ彼女の目には、完全に別次元の狂気として映っていた。
『あんなに慈悲深く、冷酷で、完璧な暗殺者を見たことがないわ。彼がいれば、この村は……いいえ。彼を、私のモノにしたい……!』
ポポロ村の防衛力、そして何より己の抑えきれない独占欲を刺激されたキャルルは、恍惚とした笑みを浮かべ、木の上から音もなく飛び降りた。
ビビリで過保護な元シークレットサービスと、強欲な極貧アイドル、そして勘違いを極めたヤンデレ村長。
彼らの出会いが、やがてこの世界を揺るがす神々の『ヤラセ配信』を物理で粉砕することになるとは、今はまだ誰も知らない。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
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