極貧アイドルと家計簿の攻防——僕の絶対安全金庫で貧乏神も防ぎます
極貧アイドルと家計簿の攻防——僕の絶対安全金庫で貧乏神も防ぎます
ヤラセ配信勇者ゼロスの襲撃から数日が経過し、ポポロ村には穏やかな朝が訪れていた。
村長邸の広々としたダイニングルーム。そこには、すっかりこの家の一員として定着した神谷シンと、三人の美少女たちの姿があった。
「はい、今日の朝食は厚切りのバタートーストに、カリカリに焼いた特製ベーコン、そして採れたて野菜のサラダと、栄養満点のキャロットジュースです。毒物混入率は当然ゼロパーセントですので、安心してお召し上がりください」
シンのスキル【安全保障配給】によって生み出された、完璧な朝食セット。
こんがりと焼けたトーストの上で黄金色のバターがとろけ、分厚いベーコンからは食欲を刺激する肉汁が滴り落ちている。
「いただきますのぉぉぉっ!!」
芋ジャージ姿の人魚族、リーザが弾かれたようにトーストに噛みついた。
サクッ、ジュワァッ!
「んんんんんんんっ! 美味しいですの! パンがサクサクで、バターが甘くて、ベーコンの旨味が爆発していますのぉぉっ!」
リーザは感動のあまり、滝のように涙を流しながら朝食を貪り食っている。
かつて公園で鳩とパンの耳を奪い合い、タローソンの廃棄弁当を巡って野良犬と死闘を演じていた彼女にとって、毎朝こんなに温かくて美味しいご飯が出てくる生活は、まさに天国であった。
「ふふっ、本当にシンのご飯は最高ね。毎日貴方の手料理が食べられるなんて、私、世界一幸せな女だわ……♡」
キャルルが頬杖をつきながら、とろけるような視線をシンに向けている。
「シン殿! 今日も素晴らしい食事に感謝する! 貴方の作る朝食を食べると、一日のパイルバンカーの威力が三割増しになるのだ!」
すっかり村長邸に入り浸っている自警団長マンミアも、モリモリとサラダを平らげていた。
(よしよし、皆さんが満足してくれて何よりです。これで僕の身の安全も確保されますね)
シンはコーヒーを啜りながら、ホッと安堵の息を吐いた。
彼が毎食、これほどまでに手間暇をかけて極上メシを振る舞うのは、純粋な善意だけではない。「胃袋を完全に掌握しておけば、この超絶戦闘力を持つヒロインたちが僕を裏切る(あるいは僕に危害を加える)確率はゼロになる」という、究極の危機管理から来る行動だった。
平和だ。このまま一生、美味しいご飯を作って安全な部屋で引きこもっていたい。
シンがそう願った、まさにその時だった。
「シ、シンはん!! 大変や、エラいこっちゃで!!」
バンッ!とダイニングの扉が開き、猫耳族の財務官・ニャングルが血相を変えて転がり込んできた。
いつもは余裕たっぷりに煙管を吹かしている彼が、今日は猫耳をペタンと寝かせ、特製の真鍮算盤をガタガタと震わせている。
「どうしたんですか、ニャングルさん? 朝からそんなに慌てて」
「慌てるに決まっとるやろ! ワイの算盤が狂ったんや! 村の金庫に保管しといた予備予算と、シンはんの武器を密輸ロンダリングした利益……およそ金貨三百枚が、一晩で綺麗サッパリ消え失せとるんや!」
「「「えええええええええええええええっ!?」」」
その場にいた全員が絶叫した。
特にシンは、手からコーヒーカップを取り落としそうになるほど激しく動揺した。
「き、金貨三百枚!? 約三百万相当の予算が消えた!? 泥棒ですか!?」
「いや、それが違うんや! 金庫の鍵は壊されとらんし、見張りも異常なし。せやけど、金貨が丸ごと『腐った石ころ』に変質しとったんや! こんなもん、物理的な窃盗やない……明らかな『呪い』か『理不尽な不幸』の類やで!」
呪い。理不尽な不幸。
その言葉を聞いた瞬間、キャルルとマンミアの視線が、スゥッと一人の少女へと向けられた。
「…………〜〜♪」
リーザである。
彼女は突然、明後日の方向を向きながら、わざとらしく口笛を吹き始めた。
「……リーザ。貴女、まさか……」
「し、知らないですの! 私はただ、昨日の夜、金庫室の隣の部屋で寝ていただけですの! きっとネズミさんが金貨を食べちゃったんですの!」
「ネズミが金貨を石ころに変えるわけないやろが!!」
ニャングルがツッコミを入れる。
そう、この異常事態の元凶は、リーザのユニークスキル【貧乏神】によるものだった。
戦闘時にお賽銭箱掃除機で敵の財産を強制没収する恐るべきアクティブスキルの裏には、「周囲の金運や財産を無差別に吸い上げ、虚無へと消し去ってしまう」という最悪のパッシブ(常時発動)効果が存在していたのである。
「す、すいませんですのぉぉぉっ! 私がここにいると、みんな貧乏になっちゃうんですの! やっぱり私は、公園で可食雑草を摘む生活に戻るしかないんですのぉぉ!」
リーザがわぁっと泣き出し、土下座の姿勢で謝罪する。
だが、ここで最も青ざめていたのは神谷シンであった。
(村の予算が消滅……!? それはつまり、自警団の給料が払えなくなり、防衛設備への投資がストップし、この村の治安が悪化するということ! 治安の悪化は僕の生存率の直滑降を意味する! 絶対に許容できないリスクだ!!)
シンの脳内で、危険を知らせるレッドアラートが鳴り響いた。
「泣いている場合じゃありません! このままじゃ村が破産して、僕の安全な寝床が消滅してしまいます! すぐに対策を打ちますよ!」
シンは立ち上がり、キリッとした冷徹なエージェントの顔つきに切り替わった。
「ニャングルさん、残っている村の財産と、ゴルド商会の重要書類をすべて中庭に運んでください。……スキル発動。僕の『絶対安全金庫』を配備します」
シンが【合衆国官給品】を起動する。
ズズンッ!!
中庭の空間が大きく歪み、そこに巨大な鋼鉄の塊が実体化した。
高さ二メートル、幅一・五メートル、奥行き一メートル。分厚い特殊合金で覆われ、中央には複雑なダイヤルと巨大なハンドルが備え付けられている。
「な、なんやこれ……!? 鉄の箱?」
「アメリカ政府機関や軍が、最高機密情報や重要物資を保管するために使用する『GSA(連邦調達局)認定 クラス6 セキュリティコンテナ』……をさらに改造した、僕の特製金庫です」
シンは金庫の分厚い扉を開けながら解説した。
「厚さ十センチ以上の多層装甲。ドリルによる物理破壊、爆破、バーナーによる切断を完全に無効化します。さらに内部は、強力な電磁パルス(EMP)シールドと、外部からの魔力や呪いを100%遮断する鉛と特殊樹脂のコーティングが施されています」
「呪いを……遮断やと?」
「はい。僕の【シークレットサービス】は、ありとあらゆる『脅威』から護衛対象を守るための能力。それが窃盗犯だろうが、爆撃だろうが、貧乏神の呪いだろうが……この金庫の中に保管された財産には、外部からの干渉は一切届きません」
シンはニャングルから受け取った残りの金貨や重要書類を金庫の中に素早くしまい込み、ガチャン!と重厚な扉を閉めてダイヤルをロックした。
「よし、これで完了です。リーザさん、ちょっとこの金庫に触ってみてください」
「えっ? は、はいですの……」
リーザが恐る恐る、鋼鉄の金庫に手を触れる。
通常であれば、彼女の【貧乏神】のオーラが発動し、中の金貨が石に変質するはずだった。だが……。
「……中身、無事や!」
数分後、シンが金庫を開けて確認したニャングルが、歓喜の声を上げた。
「金貨が一枚も減っとらん! 石にもなっとらん! まんまの状態で残っとるで!」
「ふぅ……うまくいきましたね。これで村の財政も、僕の防衛予算も安全です。安心しました」
シンはハンカチで額の汗を拭いながら、ヘナヘナと座り込んだ。
その光景を見ていたリーザの目から、再び大粒の涙がポロポロと溢れ出した。
「シンさん……私、追い出されないんですの……? 私がいると、みんなに不幸を撒き散らしちゃうのに……」
自分が周りに迷惑をかける「疫病神」であることを、誰よりも痛感していたリーザ。だからこそ彼女は、ずっと一人で公園やみかん箱の上で生きてきたのだ。
だが、座り込んでいたシンは、リーザの頭にポンッと優しく手を置いた。
「何を言ってるんですか。追い出すわけないでしょう」
「え……?」
「どんな不運や理不尽な呪いが襲ってきても、それを完全に防いで安全な環境を作るのが、僕の『シークレットサービス』としての仕事ですから。君は僕のプロデュースするアイドル(護衛対象)なんだから、もうお金の心配なんてしなくていいんです」
シンは空間から、ふわりと甘い匂いのする『ホットミルクココア』を取り出し、リーザの手に持たせた。
「ほら、これでも飲んで落ち着いてください。冷めないうちにどうぞ」
「…………っ!!」
両手に伝わる、マグカップの温もり。
リーザの胸の奥で、今まで感じたことのないほどの激しい感情が爆発した。
自分の不幸な体質を責めるどころか、それごと物理的な「絶対防御」で包み込み、温かい居場所と甘い飲み物を与えてくれた。
この人は、本当に神様だ。私の、たった一人の——。
「シ、シンさぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
リーザはココアのカップを持ったまま、シンの胸にロケットのように飛び込んだ。
「私、もう絶対にシンさんから離れませんの! どこまでも、地獄の果てまでもついていきますのぉぉっ!」
「ひぃぃぃっ! ココアが! 熱いココアが僕のスーツにこぼれますぅぅ!」
シンが悲鳴を上げながらも、リーザの背中を優しく撫でる。
こうして、極貧アイドルの呪いによる村の財政崩壊の危機は、元エージェントの過剰な物理的危機管理能力によって見事に解決されたのであった。
——だが。
平和なドタバタ劇が続くポポロ村に、静かに『夜』が訪れようとしていた。
窓の外。空に浮かぶのは、雲一つない、煌々と輝く完璧な『満月』。
「……はぁ、はぁっ……」
村長邸のバルコニー。
月光を全身に浴びていたキャルルの様子が、急激に変化し始めていた。
「あぁ……お月様が、とっても綺麗……。力が、力が溢れてくるわ……」
彼女の美しい金糸の髪が、月の光を反射して銀色に輝き始める。
ピンと立ったウサギの耳が微かに震え、その瞳は次第に、理性を失ったような血走った『真紅』へと染まっていった。
「誰かを……癒やしたい……。私の有り余る力を、叩き込んで、癒やしてあげたい……。あぁ、シン……私の、シン……ふふ、ふふふふふっ……♡」
月兎族の特性。満月による圧倒的な身体能力のブーストと、極度のハイテンション状態。
ポポロ村の近隣に駐屯する三国軍が最も恐れる【ヤンデレ村長の満月暴走】が、ついに始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
「貧乏神の呪いすら防ぐUSSS仕様の金庫!」「リーザちゃんよかったね!」「オカン系暗殺者の包容力パない!」と少しでも楽しんでいただけましたら、
ページ下部の【ブックマークに追加】と、
【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価していただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!
次回、ついにキャルルのヤンデレ暴走モードが発動!
マッハでカチコミに行く村長を、シンはどうやって止めるのか!?
引き続きよろしくお願いいたします!




