第15話【そのままの君で②】
◆
ゴールデンウィークになると、特に用事もなくダラダラと過ごしていた。昼寝したり、運動したり、勉強したり。それでもどこか落ち着かない日が続いた。
玲央くんのこともだし、戸津のこともだし。本来、私に起きるはずのないことが次々と起きていて、頭を抱える。何が何だか分からない。
こんなこと自分で考えるのも嫌になるが、あの二人からなんらかの好意を感じている。でも、普通に考えたらおかしい。戸津も玲央くんも対称的なタイプではあるが女子にモテる。戸津の性格はさて置くとしても、玲央くんに至っては性格までできている。そんな玲央くんが唐突に話しかけてきて距離を詰めてきたのも理解できない。そもそも戸津に関しては、何を考えてるのかもよく分からない。
モテモテのイケメンが私なんかに好意を持つはずがない、と我に返る。
分不相応という言葉を知ってるだろ、私?
自分に問いかけて、考えるのをやめた。
お兄さんの『妹』に見られていた一件をもう忘れたの?
なんだか情けなくなる。世の中には色んな愛情の形があるんだと学んだはずなのに。
何も考えたくなくなって、ベッドに寝転び動画を見て気を紛らわせる。と、ピョコンとスマホの上部に一件の通知が出た。
『傘のお礼の件なんだけど、ゴールデンウィークにどこか行かない?』
来てしまった。
都会の喧騒がどうでもよくなるくらいには、頭の中が空っぽだった。
天気は快晴。そして心は曇り空だ。押しが強い人にノーと言うのが苦手で、今回も押し負けた。せめて休みの間は何も考えたくなかったのに。
何してんだ私……?
「やっぱり連休だから混んでるねぇ」
誘ってきた当人の――玲央くんはスマホのマップを見ながら、辺りを見回した。都会の真ん中にあるちょっとした遊園地だ。レストランやショッピングセンターもあれば、すぐ傍に大きなジェットコースターや観覧車、お化け屋敷などもある。二人きりって時点でデートに誘われたようなもんじゃないか……
「ずっと来てみたかったんだよね。一緒に来てくれてありがとう」
屈託のない笑顔を向けられて眩しくなる。この笑顔を見ると、ネガティブでいるのが申し訳なくなった。せっかく来たんだし、楽しむしかないか。悶々と考えるのをやめて切り替えよう。
そう自分に言い聞かせると「あれ乗りたいかも」と、ジェットコースターを指差した。彼も「いいね、行こう」と同意してくれた。
――玲央くんは優しい。どんな時だってまず私の意見を聞いてくれる。歩く速度は合わせてくれるし、扉を通る度に開けて先に通してくれるし、階段を降りるときも手を差し伸べてくれる。「疲れてない?」とか「飲み物何がいい?」とか、多分私じゃなくても勘違いを起こすだろう。ただこれだけならレディファーストで片付けられる範疇だ。
でも今は正直、それだけじゃない。
これ、は?
横並びにお化け屋敷のアトラクションの列を並んでいると、私の左手が玲央くんの右手に触れた。いや……『触れた』というより、彼が私の手の甲に自分の甲を接触させている。気のせいかと思って少しズレて手を離すと、今度は指先を軽く握られた。手を繋ぐわけではない。ただ、そっと握っている。
動揺しまくってそれを尋ねることもできない。薄暗い列のせいで玲央くんを見ても表情ははっきりは分からない。ただお互いにずっと無言だ。しばらく並んでいると一瞬手を離したかと思うと、今度はしっかりと握られた。
「れ、玲央くん……!」
さすがの私も小声で見上げる。
「ダメ?」
同じく優しい小声で返されて何も言えなくなった。
そこからのお化け屋敷はずっとドキドキし続けていた。怖くてそうなっているのか、左手のせいなのか、もう全然分からない。お兄さんにもクリスマスの時に握ってもらったが、あの時とはまた違う。あの日は切ない気持ちも大きかったけれど、今はただこの状態に対して緊張が強かった。強いて言うなら胃袋が口から出てきそうな感じ……
馬鹿なことを考えつつも、お化け屋敷を出た。
「ちょっと怖かったね」
そう言うと、玲央くんも笑った。
「本当に、ドキドキしたよ」
彼は未だに手を離さない。
「優奈ちゃん、最後は観覧車乗りたいな」
なんとなく、なんとなく分かっていたけれど。やっぱりそうだよね。これ?
観覧車に向かい合わせに座ると、二人して数分は外の風景を見て黙り込んでいた。空は夕焼けに染まっている。
少し登ったところで玲央くんが口火を切った。
「変なこと聞いちゃうんだけどさ。……戸津くんのこと、好きなの?」
思わず目を丸くして、玲央くんの方を見た。
「なんで、急に戸津の話が出てくるの?」
「あはは。そうだよね。急だよね」
彼は笑っている。
「でも、僕にとってはそんなに急でもないんだ」
「……?」
意図が読み取れず首を傾げる。
「だって僕は前から優奈ちゃんのこといいなって思ってたから。近くに誰がいるかくらいは、知ってたよ」
笑みを絶やさないながらも、彼の瞳は真剣だった。
そっか、やっぱりこの流れになるんだ。
「それで、彼のことはどう思ってるの?」
「え、っと……」
考えてもみなかった問いに黙ってしまう。
最近『戸津がどう思っているか』は度々考えていたが、『私がどう思っているか』は考えていなかった。
一緒に遊んで笑えるようになって、大切だと言ってくれて、ずっと一緒に散歩に付き合ってくれて……
すごく不器用だし、未だに口も悪いけれど、彼もどこか少しずつ大人びてきていて。前はあんなに大嫌いだったのに、今はいるとホッとすることさえある。でも、それって『好き』なの?
「ごめん、分かんない……」
曖昧に返事をする。
そこからまたしばらく沈黙が続いた。
丁度頂上に着く頃に、玲央くんが私の手を取った。
「優奈ちゃん、好きだよ」
言われ慣れない言葉に胸の辺りがむず痒くなって呼吸の仕方が分からなくなる。声がひっくり返りそうになるのを抑えて、しっかり玲央くんの目を見た。
「理由を教えて」
ずっと疑問だった。同じクラスになるまで、話したこともないのに。
「んん……あんまり、言いたくないんだけどな」
「……なんで?」
少し苦笑して、言いづらそうにしている玲央くんを見て、少し嫌な予感が過った。
彼が私の手をキュッと握る。
「僕……ふくよかな人が好きなんだ」
首の後ろを殴られたような衝撃が走った。
「その……ごめん、失礼だよねこんなの」
玲央くんは私の手を離す。
「でも、そういう人だから誰でもいいってわけじゃないんだ。分かってほしい。一年前に優奈ちゃんを見かけて、最初は少し暗い子だなくらいだったんだ。でも少しずつ笑う姿を見かけるようになって、気付いたら目で追ってた。勇気がなくて、なかなか話しかけられないままだったけど……同じクラスになれて本当に嬉しかったんだ」
私がずっと黙っているからか、玲央くんもいつになく少しだけ早口になっている。
「優奈ちゃんが少しずつ痩せていくのを見てた。頑張ってるんだなって。でも僕は、優奈ちゃんはそのままでも十分可愛いと思ってる……」
お兄さんに似ていると思うこともあったが、今はハッキリと違うと分かる。慌てる姿はまだ成長過程の未熟な子供そのもので、それは私と同じだった。ただそれでもふざけているわけでもなく、真剣さが伝わってくる。
外見はきっかけだったのかもしれない。私という存在に好意を寄せてくれていたのは嬉しい。
でも。でも――
「少し、考える時間をもらってもいい?」
素直に喜べない自分がいた。




