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第14話【予感】

「春ちゃんー! 同じクラスでよかった〜」


 胸を撫で下ろした。春ちゃんの席の横で、安心のあまり軽く脱力する。


「私も優奈と一緒で嬉しい。まあ、文系も理系も二クラスずつしかないから五分五分だったけどねぇ」

「それでも不安しかなかったよ」


 今日は高校二年生として初めての登校日。クラス替えもあるので前日は緊張しまくりだった。

 戸津は理系のため別クラス。危惧していた橋本は結局同じクラスになっていた。


「そうそう、これありがとう」

 春ちゃんが鞄から一冊の本を取り出した。私のお気に入りの本だ。


「すごく感動した」

 と、彼女から受け取る。


 春休み中、春ちゃんの家に一泊遊びに行くことになりその時に貸した本だ。その時に彼女にはお兄さんに振られたことも、戸津と何を話したのかも全て打ち明けた。その上で私は今後、彼女に今以上に甘えることもあるかもという告白もした。彼女は嫌がる素振りもなくむしろどこか嬉しそうだった。


 振られた直後は夜寝る前に思い出して時々涙ぐむことはあったが、最近はそれも落ち着いてきた。戸津や春ちゃんに話を聞いてもらえたことは大きいと思う。


「あっ、もう少しで時間だ。春ちゃん、ごめん。お手洗いに行って席に戻るね」

「うん、また後で」


 一旦、名前順になっている座席に戻って机に本を置く。その際に私の後ろの席の男子と目が合った。にこりと微笑まれ、慌てて無言で軽くお辞儀をする。


 爽やかな笑顔。目鼻立ちのはっきりした顔立ち。髪は少し茶色がかっていて短く揃えられている。瞳は茶色く、垂れ目がちで、肌も白ぽい。全体的に色素が少し薄い感じがする。


 あんな子いたっけ? と、あまりに見慣れない顔にジロジロと見すぎてしまう。

 あんまり見たら失礼だわ、と自分を叱責してお手洗いに向かった。


 まだ廊下では同学年の人達がふざけ合ったり、お喋りしたりしている。その間を抜けて行こうとしたとき、戸津とすれ違った。彼と一瞬目が合う。


「あっ……おはよ」

「うす」


 それだけ挨拶して、お互い無言で横切る。横目で彼を追うと、また一瞬だけ目が合ってしまって、何も悪いことはしていないのに慌てて目を逸らした。


 ここ最近、戸津と以前のように話せない。散歩中もなんとなく物理的に距離があるし、あまり会話も弾まない。十中八九、振られた日の出来事が原因だとは思う。正直私も大泣きしてしまった手前恥ずかしいし、向こうも似たようなものだろう。まあ、勝手な推測なんだけど――



「こんにちは」

 席に戻って座ると、突然、先程の後ろの男子が声をかけてきた。


「えっ、と……こんにちは」

 しっかり見なくても分かるくらいのイケメンが、にこにこと眩しい笑顔を向けてくる。それに対して作り笑いをしながら会釈した。


「僕は細田玲央ほそだれおって言うんだ。よろしくね」

「私は……細川優奈って言います。よ、よろしくお願いします」


 コミュニケーション力の高い社交的な人だな……


 話したこともないし、社交辞令的な挨拶だと思ってすぐ前を向こうとすると、トントンと指先で肩を叩かれる。


「優奈ちゃんって呼んでいい?」

「?!」


 思わず変な声が出そうになるのを堪えて振り向く。


「僕のことも玲央って呼んでね。去年入学したんだ。よかったら友達になってくれない?」


 私が追いつかない頭を必死に回してる間に、彼はスマホを出して連絡先を交換しようと準備する。


「あ、ごめんね。急だったよね。嫌だった?」

 スマホを出さないで呆けていると、目の前の男子が急にシュンとした。


「え、い、いや。別に。はい」

 うまく言葉を発せず、断れないままスマホを出し連絡先を交換した。


「ありがとう」


 あまりに爽やかな微笑みを向けられる。


「は、はい……」

 何が起きたのかよく分からないまま、教室に先生がやってきたため、前を向いて座り直した。


 えっ、え? 何? いたずら? 嫌がらせ?

 実は罰ゲームでしたみたいなこと?


 初対面の人に急に距離を詰められネガティブ思考を発動しかける。

 去年入学ということは……おそらく戸津と同じく、ごく僅かな外部生。だとしたら、同じクラスにならない限り私が知らないのも無理はない。特に男子は本当に分からない。




 モヤモヤとしたまま始業式も終わり、再び名前順の席に戻った。ホームルームが始まると席替えもあるので、まあもう話すこともないだろう。そう思っていると、噂の当人も戻ってきて席に座った。


「優奈ちゃん、文系クラスってことは文系科目が得意なの?」


 お兄さん以外に『優奈ちゃん』と呼んでくる男子はおらずびくりと反応してしまう。ゆっくりと後ろを振り向いた。ホームルームが始まるまであと数分なのに、相変わらずキラキラとしている。


「え、えっと……まあ、うん。どうなんだろ。一番得意なのは英語だけど……」

「へぇ、そうなんだ。僕もそうなんだよね、同じだ!」


 その眩しい笑顔を向けてくるのやめてくれ!


 何て言えず、貼り付いた笑顔のままなんとか言葉を繋ぐ。


「細田くんも得意なんだね」

 必殺オウム返し。何を話したら分からないときに使う手段。たいていのことはこれで相手を不快にさせず返せるが、キラキラ男子が眉間にシワを寄せた。


「『細田くん』よりも『玲央』がいいなぁ」


 まさかの名前呼びしなくて不愉快になったパターン?


 笑顔が引きつりそうになる。


「まだ会ったばかりでよく分からないし……」

 困って遠回しに断ろうとすると、彼は納得したように笑った。


「あ、そういうことか! ごめんね。僕、中三までイギリスにいたんだ。同級生や友達に苗字で呼ばれるとちょっと変な感じなんだよね」

「あー……」


 まさかの帰国子女。斜め上の回答だったが、なるほど、文化の違いか……

 それなら腑に落ちる気もする。理解はした。けれど、本当に呼ばなきゃいけないのか。文化の違いと言うのなら日本人の文化にも馴染んでほしいところだが……


「じゃあ、玲央……くんで」

 渋々そう呼ぶと玲央くんは満面の笑みを浮かべた。


「ホームルーム始めますよー」

 困惑していると、先生の救いの声が響く。


「じゃ、じゃあ先生来たから」

 前を向いたと同時に、一気に作り笑いが崩れた。

 最近少しなら男子と話せるようになったとは言え、いきなりハードルが高過ぎる。

 コミュ力お化けって怖いよ……




「なっ……」

 席替えで席を移動すると言葉を失った。まず教壇の目の前。つまりど真ん中なわけで、それだけでも少し萎え気味だったのに、右隣に橋本がいた。肝心の春ちゃんは私の列の一番後ろだった。そして……橋本の後ろ、つまり私の右後ろが、玲央くんだった。

 相変わらず無茶苦茶すぎるよ、神様。


「お、細川じゃん。隣よろしくなー」

 と橋本に声をかけられ、更に

「優奈ちゃん、さっきぶりー」

 と、玲央くんにも軽く手を振られる。


 陽キャ勢に囲まれていたたまれなくなる。


「え、細川とは知り合い?」

 人見知りとは無縁かと思える橋本が後ろを向いて玲央くんに話しかけていた。


 こいつ、マジで余計なことしかしないな。


「ううん。今日初めましてだよね。さっき席が前後になったんだ」

「へぇー。外部生か?」

「そうだよ。僕は細田玲央っていうんだ。よろしくね」

「俺は橋本大樹だ。よろしくなー」


 早速打ち解け始めている右列。私は関わらないようにしよう……


「すっげぇ。六年間イギリスにいたのか。じゃあ英語ペラペラ?」

「そんなまさか。日常会話くらいだよ」

「あっ、もしかしてイギリス人のハーフかなんか?」

「あはは、そう見える? 祖父は確かにイギリス人だけど両親は日本人だよ」

「クオーターってやつか! なんかかっこいい顔してるなぁと思ったんだよ」


 戸津が入学したての頃を思い出す。確かあの時も、私の隣で色々な情報を他人が漏らしていたな。そういえばあの時も橋本だったか? いつかプライバシー漏洩で訴えられればいいのに。


「英語分からなくなったら細田に聞くわ〜」


 お喋りが終わり、やっと橋本が前を向いた。


 あっ、と思って軽く橋本を見る。『玲央』って言わないと何か言われるぞ……


「うん、僕で良ければ」



 はい……?



 目を見開いた。


 なんで?


 少し振り向くと玲央くんと目が合った。彼は私に向かってシーッと人差し指で何も言わないようにと笑って合図をしてくる。

 前を向き直った私の頭の中はクエスチョンマークしか浮かんでいなかった。


 なんで橋本は『細田』でいいの……?


 意図が分からず首の後ろを無意識に触り、謎すぎる言動の男子の登場にひたすら戸惑いを感じた。


 今年もなんだか、一波乱ありそうな予感がする――

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