第12話【違和感】
冬休みは戸津が終始用事があったり、年末年始だったりで基本的には一人で散歩に行っていた。
連絡はたまに取り合っていたが、以前のようにどうでもいいメッセージの送り合いは少なかった。というよりも、お兄さんとデートをした、と送ってから明らかに頻度が減った。いつもはくだらないメッセージを送りつけてくるのにそういうのもなく、散歩再開の日取りとか、あけおめメッセージとか、それくらいだ。
冬休み明けに確認テストもあるし、その勉強をしていたのかな、と推測はしている。
ただ冬休みが明けてテストが終わってからも、なんだかよそよそしい。くだらない話をしていたかと思うと、急にだんまりになる。
「何かあった?」とか「私何かした?」と聞いても「なんもない」と言われる。怒っている感じでも、不機嫌な感じでもない。ただ視線は合わない。
ルーティンの散歩や勉強会は続けている。嫌がる素振りもない。でもやはり視線は合わない。
戸津のよく分からない言動に疑問を抱きながらも、三月に向けてダイエットや勉強を強化しないといけなくて、彼に構う余裕もなくそのままの状態で一月は終わった。
そして二月。
あちらこちらで見かけるチョコレートの山。
もうそんな季節になってしまった。
そう、バレンタインデーだ。
お兄さんには手作りクッキーを渡せたらいいなと思って買い出しに来ていた。
他に渡す人は、と買い出しリストを見てみる。
まずは春ちゃん、友チョコ。あとはお父さん。ここは決定。スポラン以降馴れ馴れしく話しかけてくる橋本は私や春ちゃんにもお菓子を誰かにあげるのかと突っついてくるので、面倒だけど安物をあげようかなと思う。
あとは……
「いるよね? 多分」
戸津の分。
橋本よりは高くてもいいとは思うけど、最近なんか変だし、あげるの少し気まずくない?
はぁ、とため息を吐く。
私なんかがあげなくてもきっと戸津は沢山もらうだろう。本当にいる?
軽く自問自答してみる。
「まあ、あげない理由もないか」
そう思って、橋本にあげるものより、少し高級なチョコレートを探した。
そしてバレンタインデーの日、たまたま家庭教師の日だった。
お兄さんには無事、手作りクッキーを渡せた。とは言え、実は毎年お兄さんには手作りお菓子を渡している。その流れもあってすんなり渡せたし、いつも通り「ありがとう」と笑って受け取ってくれた。
その日の学校では春ちゃんにも渡したし、橋本にも春ちゃんと一緒に渡した。彼は大変に浮かれていた。
あげない方がよかったか?
で、戸津はというと、入れ替わり立ち替わり他の女子が渡していて、非常に渡しづらくて結局学校では渡さなかった。
まあでも、散歩の時に渡せばいいやとあまり深く考えていなかった。
『着いたぞ』
と、いつも通りメッセージが入る。
チョコの入った袋を持って家を出た。
「遅い」
「すぐ来たでしょ」
いつにも増して機嫌が悪い。
戸津はさっさと歩き出した。慌てて後ろを追いかけて歩いていく。
「もしかして……」
にやりと笑う。
「チョコあげなかったから怒ってる?」
「はぁ?!」
少し大きな声を出して威嚇される。少し睨まれた。怖い。
「ごめんって。ちゃんとあるからさ」
そう言って袋ごと戸津に渡す。
「お前、大樹にはあげてなんで俺はねぇんだって思うだろ、普通」
「それはおっしゃるとおりです」
おそらく橋本が戸津に話したのだろう。やっぱり橋本は面倒くさいやつだった。
戸津は歩きながらゴソゴソと袋の中を覗く。
「ん? 大樹と違うやつか?」
「そりゃそうだよ。橋本はオマケ中のオマケ中のオマケだしね。戸津のは三十分も並んだんだよ。橋本のは多分売れ残り」
それを言うと戸津が笑う。
「お前、大樹に対してひでぇな」
彼が笑ったのを見ると、少しホッとした。
「戸津、最近変だったからなんか安心したよ」
「は? 変じゃないだろ、別に」
「えー、ちょっと怖いくらいだったもん」
そう笑うと、少し間ができる。
ほんの少しだけ、戸津の歩く速度が速くなった気がした。
「……細川。『お兄さん』とはクリスマスデートしたんだよな?」
「え、うん」
急に一ヶ月以上前の話を引っ張り出され、首を傾げた。
「楽しかったか?」
「そりゃあ……」
あの時の気を張って少し息苦しい感覚を思い出して『楽しかった』とはっきり言えなかった。
それにしてもなんで今この話をされているんだろう。
「そっか。じゃああそこ行ったか。有名になってたでっかいクリスマスツリー」
「勿論行ったよ。すごかったなぁ。……でもなんで?」
「いや……」
そこまで戸津は話すとまた笑わなくなった。
「なんか、ぽいのを見かけたような気がしただけ。まあ、でも、さすがにそんな偶然ないしな!」
ははは、と口元や声は笑ってる。でも、彼の目は笑っていない。
あ、まただ。
最近ずっとこんな感じだ。
普通に話してたかと思えば急に態度が変わる。
「ねぇ、戸津さ……」
話しかけようとした。が、彼は言葉を被せるように口を開けた。
「お兄さんには『ちゃんとしたやつ』渡したの?」
え、と思考が止まる。
「お菓子のこと? そうだけど……」
「ふーん」
戸津は私の方に顔も向けずに真っ直ぐ先だけ見て、また少し歩みが速くなった。
「ねぇ、さっきからなんなの?」
「……早歩きの方がダイエットに良いんだよ」
「そんなこと知ってるけど」
私の一歩と戸津の一歩は幅が違うと文句を垂れる。
すると、前を向いたまま戸津は
「三月、告白するんだろ?」
と、呟いた。
急に言われて驚いた。少し戸惑って、口ごもる。
告白……うん、そうだよね。そのためにここまでやってきたんだもん。
頷いて前を向く。
「うん、するよ。ダメ元でも」
「そっか」
戸津が一瞬、言葉を詰まらせた気がした。
「なら……ダイエット頑張らないとな?」
彼は軽く振り向くと視線を合わせてくれた。今度はちゃんと笑っている。
でも、なんだかよく分からないけど、その目が少し寂しくも見えた。
「よろしくお願いします。お師匠さま」
「誰が師匠だよ。ほらもっと速く歩け」
「ひぃ、これじゃあほとんどランニングだよ!」
撤回。寂しく見えた気がしたけど、こいつは普通にスパルタでした。
……でも、うん、そうだな。お兄さんに告白したら、戸津に感謝の言葉くらいはかけてもいいかな。
あと一ヶ月、できる限りのことはしてみるよ。




