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第11話【背伸び②】

 それから映画は私が観たかったものを優先してくれた。ミュージカル映画で主人公の女の子は太っているがとても前向きなキャラで、ポジティブすぎるくらいの性格が周りをどんどん変えていく話だった。最後には好きな人とも恋人になってハッピーエンドだ。


 音楽も歌詞もストーリーも全部が良くて、映画が終わってイルミネーションのポイントに歩いて移動する最中、感動したとそればかり話していた。


「私あの子みたいな明るくて前向きな子が好きなんだ。見た目なんか関係ないってくらいエネルギッシュ!」


 目を輝かせて話していると、話を聞いていたお兄さんの笑顔がほんのわずかに崩れた。


「お兄さん?」

 調子に乗りすぎたかと少し不安になって顔を覗き込む。


「……優奈ちゃんも明るいよ?」

「えっ? そうかなぁ……学校行くと縮こまっちゃうことも多いし……」

「うん、でも。素直で、明るくて、元気なのが優奈ちゃんなんだって僕は知ってるから」


 彼がまた頭を撫でてくる。


「そういえば、戸津くんとはどう?」

 急に戸津の話を振られ、少し驚いた。二人の喧嘩話を聞いたことはお兄さんには黙っている。少しは気にしてくれているのかな。


「戸津? あ、そういえばこないだスポランに行ったよ」

「そうなんだ?」


 うん、と頷いた。


「すごく楽しかった。苦手な橋本……くん、っていうやつもいたけど、まあなんとかうまくやれたと思う。あと私と春ちゃんと戸津の四人で遊んだよ」

「そっか、よかった」


 それだけ言うと、またいつもの柔らかい笑顔が戻ってきた。

 ほら、こうやってお兄さんはいつも私を心配してくれている。


 私が笑うと彼も笑ってくれる。だから変わろうって思った。笑ってほしくて。安心してほしくて。


 ……私を見てほしくて。


 でも、お兄さん、ごめんね。今はそれだけじゃないんだ――


 ふと脳裏に戸津が浮かぶ。こんな時、戸津ならなんて言ってくるかな。


『誰かのために笑うな』

 とか、余計なこと言ってきそう。

 だけど確かに私の気持ちはダイエットを始めたときとは変わっていると思う。


 ふふ、と一人で笑ってしまう。


 なんだろう。最近笑うことに対してあまり抵抗がない。


「優奈ちゃん着いたよ」


 頭上から声がしてハッとして顔を上げた。


 今は、それどころじゃない。

 そう思った矢先、思わず息を飲んだ。目の前には暗闇に浮かぶカラフルなライトが広がっている。


「わぁ……すごい……」

 白や青や赤のライトが、アーチ状のトンネルや木々を彩っている。

 そしてそれを見に来ている沢山の人……もとい、ほとんどカップルだ。


 私やお兄さんも周りにはカップルに見えているのかな?


 目線だけ見上げ、イルミネーションを眺めて微笑むお兄さんを見つめた。

 それからしばらく一帯を見て回った。途中でパンフレットが配られていて、それを二人で覗き込む。


「この先にクリスマスツリーもあるんだって。行ってみない?」

「うん、行きたい!」

「じゃあ人も多いからはぐれないでね」


 彼はそっと私の手を取った。

 手に触れられた瞬間、心臓が飛び出そうになる。

 触れられているところが熱くて、嬉しくて、でもなんだか胸がチクチクとした。


「これだね」

 人混みをかき分けてやっとの思いでたどり着くと高さ五メートルくらいある大きなツリーがそこにあった。様々な色の電球で装飾されていて、今まで見た中で一番大きく、綺麗なクリスマスツリーだ。


「この大木、カナダから取り寄せてるんだって」

 パンフレットに目を通しながらお兄さんが教えてくれる。


「カナダから! すごい大きさ……それに、すごく綺麗」

「うん、本当に」

「あ、写真撮らないと!」


 思わず見とれてしまい忘れていたが、スマホを取り出し慌てて写真を撮り始める。


「こんなすごいクリスマスツリー、次いつ見れるか分からないし」

「確かに、僕も撮ろうかな」


 お兄さんもスマホを出して二人でクリスマスツリーを記録に残した。


「あ、お兄さん。写真撮って」


 そう言って彼にスマホを手渡してピースのポーズを撮ると、彼は笑って

「記念写真なら僕も」

 と、私の隣にきて撮影した。


「え!?」

「あはは、優奈ちゃん、ぶれちゃってるよ」

「あ、え? あ、はい」


 照れながらじっとして彼が手に持つカメラを見つめると、顔を寄せてきてピースをした。


 ――カシャ!


 ふわりとお兄さんの良い匂いがしたと思ったら、シャッターの切れる音がした。

 春ちゃん……私、今日で死んでしまうかもしれません。


「うん。よく撮れたね。あとで送ってくれる?」

「は、はい……」


 スマホを彼から返して貰うと、そこには引きつった笑顔の私と、ピースをした楽しそうなお兄さんの笑顔が写っていた。


 これ、一生の宝物です……


 ぎゅっとスマホを胸に抱く。




 そこからは、あまりの人混みだったので一度人の少ないエリアまで移動することになり、その間も手を引いてくれた。

 彼の後ろ姿はやけに大きくて、私なんかには勿体なかった。 


「やっと少し落ち着けるね」

 人がほとんどいない場所まで来るとベンチが一つ空いていて、二人でそこに座った。

 冬なのに人だかりの中はなかなかに暑かった。手で顔を煽っていると、ハッと思い出して鞄の中をゴソゴソ漁る。


「これ、クリスマスプレゼント!」

 青い包み紙を渡すとお兄さんが一瞬驚いた表情を見せた。


「あれ? 優奈ちゃんも?」

 そう言って、彼も赤い包みの袋を私に手渡してくる。


「えっ!」

「考えること同じだねぇ」


 お兄さんが笑う。

 まさか、もらえると思っていなかった。


「二人で開けてみようか?」

 コクコクと頷いた。

 交換すると、包みを開ける彼を少し緊張して見つめる。


「わ、手袋だ。ちょうど欲しかったんだ」

 少し大人ぽいボタンのついた黒い手袋。それを取り出すと手にはめてくれる。


「新しいの買わなきゃって言ってたよね」

「覚えてくれてたんだ。優奈ちゃん、ありがとう」


 嬉しそうに笑いかけてくる。


「似合う?」

 手袋をつけた大きな両手を見せてきて、胸がキュンとしながら頷いた。


 似合わないわけがないです。


 そして私も、とプレゼント袋の口を開いた。


「私のは……うさぎのぬいぐるみだ! ありがとう!」

 フワフワもこもこの小さい白いうさぎのぬいぐるみ。耳には小さなピンクのリボンがついていて、抱き締めたくなる可愛さだ。


「可愛いぬいぐるみ好きって言ってたからいいかなって思ったんだよね」


 それを聞いた刹那、笑顔のまま私の中で時が止まった。


 それって、確か――


「さて、そろそろ帰らないとね」

「う、うん。今日はありがとう」


 二人で駅に向かって歩いた。たわいのない話をしながら、張り付いた笑顔のまま、勘付かれまいと必死に言葉を繋いだ。


 ねえ、お兄さん。可愛いぬいぐるみ好きって言ったときのこと、覚えてるよ。私が小学校低学年の時に家族ぐるみで動物園に行って、帰り際のお土産屋さんで言った言葉だよね。

 覚えてくれているのが本当に嬉しい。私のことを考えて買ってくれたんだって思えてそれだけで少し涙が出そうになる。


 でも……それは今の私じゃないよ。お兄さんの中では、私はずっとその時のままなの?


 私、知ってた。戸津から二人が喧嘩した話を聞くよりも、かなり前から分かっていた。だから長いこと、行動に移そうとも思ってなかったんだ。


 私は……お兄さんにとって、やっぱりずっと『妹』なんだね。


 今日一日、感じていた胸のチクチク、理解しちゃった。

 今ちゃんと笑えてるかなぁ……





 お兄さんが家まで送り届けてくれると、自分の部屋のベッドに盛大に倒れ込んだ。


「疲れた……」

 思わず言葉にしてしまう。


 スマホを取り出して今日撮った沢山の写真を眺める。もらったぬいぐるみを枕元の横に置いて頭を撫でた。どれもこれも最高の思い出だ。今だってドキドキする。


 楽しかった。ときめいた。嬉しかった。

 お兄さんの顔を何度も何度も確認した。笑ってくれているかなって。

 好きなはずなのに、こんなにドキドキしてるのに。

 ……でもなんでこんなに疲れちゃうんだろう。


「あの時は、もっと楽しかったのにな……」

 戸津とカラオケに行ったときのこととか、四人でスポランに行ったときのことを思い出す。ただ楽しくて、ただ笑っていた。体の芯から軽くなる感覚があった。

 寝返りを打ってクリスマスツリーの前で撮った二人の写真を眺めた。普段着ない服を着て、化粧をして、精一杯おめかししている私が写っている。


 ……ああ、そっか。


 私は、お兄さんの前で『頑張って』いたんだ。


 好きだから、ふさわしくなろう、追いつこうって。でもどんなに頑張っても、私はお兄さんにとって、妹なんだ。それを実感してしまう。


「どうしよう……」

 誰かに聞いてほしい。嬉しい気持ちと、少し悲しい気持ち。


 春ちゃんには『デートしてきた! 行けてよかった!』と送った。何故か、今日の悲しい気持ちは春ちゃんには見せられない。


 しばらくスマホを手にしたまま固まって考えた。


 別に、隠すことじゃないよね?


 戸津とのメッセージ欄を開き、スマホに文字を打ち込む。


『お兄さんとデートしてきたよ。でも少し、背伸びしすぎたのかも』


 既読がついても、戸津からそれに対する返事はなかった。

 その沈黙の意味を、私はまだ知らない。

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