第10話【一歩前へ①】
春ちゃんの「それってデートじゃない?」の言葉がずっと頭から離れないまま冬休みに突入していた。冬休みに入ってから私がしていたことと言えば急に思い出しては何故か恥ずかしくなり、枕を顔に押し当てては叫んでいたことくらいだ。
あれは『デート』なんかじゃない。ただのストレス発散とお互いへのご褒美だ。戸津もそう思ってる。私もそう思ってた。春ちゃんに説明すると「ふぅん」とニヤニヤとされてしまった。
叫んだ後は急に現実に引き戻され「私なんかが……」とまたマイナス思考になり少し落ち込み、しばらくすると元気になって、また急に思い出して……をここ最近繰り返している。
「もう嫌、これ疲れる」
一人で何をしてるんだ馬鹿馬鹿しいとため息をつく。
正直最近の自分はなんだか変だ。戸津に対して実はいい奴なのかとさえ錯覚することもある。だからと言ってお兄さんに対して持っている感情を彼には感じない。あくまでも私が発狂してるのは『デートぽいことをしてしまったらしい』という事実だけだ。しかも相手が元々嫌いな奴だから余計にわけの分からない感情になる。
どうせならお兄さんとデートしたいよ、と春ちゃんにぼやいたこともあった。
「戸津くんとデートしたなら、お兄さんともできるよ!」
などと、春ちゃんは謎の後押しをしてきた。
それができるならどれだけ幸せか! と思ったが「確かに……」と妙に納得してしまう自分もいた。
そんなことを思っていた折に戸津からメッセージが入った。
『グラウンドゼロのスポラン行かねぇ?』
スポランとはグラウンドゼロという大型娯楽施設の中に入っているスポーツランドのことで、遊びながら運動ができる施設だ。中にはゲームセンターがあったり、普段なら触れることもないスポーツができたりする。
おそらくダイエットも兼ねて遊ぼうということなのだろうが、如何せん頭から『デート』の文字が消えない。
『春ちゃんも一緒なら行く』
と、脳内の声を払拭するように返事をした。
日々の散歩や勉強ならまだしも、さすがにこんな変な意識をしたまま二人は無理だ。
既読がついてから少しの間があった。
『俺一人男っていうのもしんどいし、大樹も一緒じゃダメか?』
ぐ……と返事に迷う。
確かに戸津の一番仲の良い友達は橋本大樹だろう。ただ戸津も私や春ちゃんが橋本大樹を苦手なのは知っているはずだ。どんな嫌がらせだよ。
返事に悩んでいると今度は電話が鳴った。鳴るとは思ったがやはり電話主は戸津だった。
「やっぱり大樹はダメか?」
「ダメっていうか、苦手だし……」
「少し前まではあいつも相当酷かったけど、体操着の一件もあるし、最近は前みたいなこと言わないようになっただろ?」
言われて言葉に詰まる。確かに最近の橋本大樹は大人しい。
「というか他の奴らを誘う方が細川にとっては難易度高いんじゃないか?」
「そうなんだよねぇ……」
戸津以外、クラスの男子とはほとんど話をしない。男子と話すとき、どうしてもうまく口が回らなくなるからだ。私が『男嫌い』なんて言われるのも無理はない話だ。
そういう意味では橋本大樹は妙な関わり方はしている。それに体操着の一件もお礼の一言くらいはしたいとは思っていた。ただ今の今まで、私から話しかける勇気はなくて何も言えてはいない。
勿論ずっとこのままでいいとも思っていない。
変わる努力――
当日のことを考えただけでも緊張で動悸がしてくる。でも、大嫌いだった戸津ともこうして関われている。もしかしたら何かが克服できるチャンスかもしれない。
長く息を吐いた。
「春ちゃんにも聞いてみる」
「了解」
互いにそう言って電話を切った。
橋本大樹、私からすれば未熟な陽キャだ。言ってることはガキくさいし、思い浮かんだ言葉を脳に通過させて発するということを知らなさそうなやつだ。
ただ確かに、最近は私や春ちゃんにウザ絡みすることもなくなった。おそらく体操着の一件からは全くないと言っても過言はない。
大丈夫かもしれないという感情と、不安の感情が交互にやってくる。
……ひとまず春ちゃんにも聞いてみることにした。
電話をして事情を説明すると、彼女も即答しなかった。
というか、そもそも春ちゃんからすれば、戸津も苦手な人の一人かもしれない。
「無理なら誘いそのもの断るからいいよ。スポランなら春ちゃんと行けばいいしさ」
「でも優奈は『何かが変わるかもしれない』という気持ちもあるんでしょ?」
彼女の言葉に少し悩んだ。
――春ちゃんは優しい。中学に入って仲良くなった。
黒髪の短髪、目はくりくりしてて、とても思いやりがある子だ。かと思えば漫画やアニメは大好きで、話もとても合う。歌もうまくて、頭も良くて、おそらくスポーツも得意だろう。思慮深い一面もあれば、一見すると大人しそうなのにここぞという時は自分の意見をハッキリ言う。色んな点でバランス型の自慢の友達だ。私と一緒にいるせいで彼女も私と同等の扱いを受けやすいが、基本的に男女関係なく話せるし、友達が違えばいわゆる陽キャのグループにいたかもしれない。
そんなことを以前春ちゃんに話したこともあったが「優奈が好きだから一緒にいるのにそんな風に言わないで」と少し怒られた。
私が彼女のためにできることはあまり多くないけれど「本当の友達っていうのはギブアンドテイクで選ばないの」と言われたこともある。
こんな彼女だからこそ私は大好きだし、だからこそ今回のようなことを頼むのは気が引ける。きっと彼女は私の意思を尊重して受け入れてくれるだろう。
「私が変わるきっかけになるかは分からないし、春ちゃんが嫌なことは無理させたくない」
「でも私は優奈がもっと生きやすくなったらいいなって思ってるよ?」
「う……」
「つまり、優奈が行くというなら一緒に行く。優奈が決めてね」
春ちゃんならそう言うと思っていた。
電話越しにうんうん唸る私を、春ちゃんはジッと辛抱強く待っていてくれる。
「橋本大樹は嫌い」
「そうだね、私も好きじゃない」
「でも最近は大人しいし、嫌がらせ言ってこないし、体操着の一件もあるからお礼も一言しときたい」
「分かる」
「でも怖い。どう見られてるのかとか、何か言われるんじゃないかとか。……何かにつけてそう思ってる自分も嫌だ、変わりたい」
「うん」
「う……行くって返事するよ……」
「分かった、じゃあ私もついてく。何かあったら助けるから!」
春ちゃんは、やっぱりかっこよかった――




