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「さて、報酬の話をしようじゃないか」
テーブルがすっきりとしたタイミングで、美南さんが背筋を伸ばす。――俺が食べ終わるまでわざわざ待ってくれていたと思うとなんだか申し訳ないな。
「あんたたちへの報酬は、この店と、上の階の事故物件、でどうだい?」
美南さんは天井を指さす。にやりと笑うあざだらけの顔は、以前よりも迫力が増していた。
「ちょっと古いが2DKで家賃は一桁台。良い話だろ?」
……?
くれるんじゃねえのかよ。
「へえ? そいつぁ、この店より広そうですね」
「ああ。こんないい条件もなかなかないよ」
なんとも言えず、となりに顔を向ける。
星空は背もたれに身を預けたまま――いやその態度やめろよ、ふてぶてしいな。
「あんたら、あの街をうろちょろしてその日暮らし、らしいねぇ?」
「……調べたんすか」
まあ、聞くまでもないな。この人にとっちゃそれくらいの情報手に入れるのは簡単だろうし。
「客取って占いすんなら、自分たちの店と、住処があったほうがいいんじゃないのかい?」
確かに、今の俺たちにとっちゃ、金より必要なものかもしれない。
ただ――いろいろと引っかかることもある。
「事故物件、とは?」
「構成員がドンパチやって数人死んでんだ、その部屋で。つっても、かなり前のことだけどね。壁紙も床も張り替えられてるからきれいなもんだよ? 住む分には問題ないはずさ」
思い出すように上を見ながら話す美南さんは、あまりにもあっけらかんとしていた。
「そもそもの話、うちのやつらが周りに住んでるってのもあって、借り手がなかなか見つからなくてね。家賃の安さと物珍しさで来るやつもいたが、一週間もしないうちに引き払っていく」
お化けのように両手を垂れて、くふふと笑う。
「あたしは見たことないが、出るらしいよ? うちのやつらですらビビッてはいりゃしねえ」
正直、死人が出るだの心霊現象だの、家賃が安いなら俺はそこまで気にしない。星空の反応を見てみると、さっきと変わらない体勢でじっとしていた。――おい。いい加減ちゃんと座れ。
俺たちの反応が薄かったからか、美南さんはつまらないとばかりに手をおろす。
「この店はあたしの持ちもんだからくれてやる。手続きは……まあ、うまくやるさ。事故物件のほうはちゃんとした不動産を通すことになるから安心しな。そのための初期費用と店が軌道にのるまでの賃料……一年ありゃ十分か。それから、その他もろもろの雑費はあたしが出してやる。返せなんて言わないしみかじめ料もいらない。ウチのやつらが手を出すようなこともしないさ。あたしがちゃんと、目を光らせてるからね」
「……なるほど」
なかなか悪くない。美南さんの立場からすりゃむしろ太っ腹なほうだ。
だが、美南さんの立場を考えれば、決して手放しで喜べるようなものでもない。
「必要なら、契約書でも作ろうか? 足がつくことを考えれば作らないほうがいいんだが……」
星空はあいかわらず何も言わない。だがのっそりと体を起こし、テーブルへ前のめりに腕をのせる。
「ついでといっちゃなんだが、たまにあたしの相談に乗ってくれないかい? あんたら、なにがあっても口は堅いだろ」
つまるところ、今後も関係を持ち続けろということだ。……ちゃっかりしている。
「組での評価が上がったとはいえ、旦那にはいつ刺し殺されてもおかしくないくらいこじれててね」
美南さんは腕を組み、苦々しい顔で舌を打った。
「こんな世界にそんな父親だ。やっぱり、あの子を離れさせて正解だったね」
――どうする?
確かに、報酬そのものは文句のつけようがない。
ただ、美南さんとの関係性を続けることは、俺たちにとってリスクが大きいような気がする。そもそもここで占いをするにしたって……。
「わかりました」
ようやく星空の口が開く。
「その報酬と条件で飲みましょう」
「……いいのか?」
「うん、大丈夫」
――まじで言ってんのか?
ここに来るまで目にするのは変わった店ばかり。すれ違うのは歯が欠けたようなおっさんやちんちくりんな風俗嬢。そんでもって怖い人たちが住んでるマンションときた。
そんな場所でやってもろくな客来ねえだろ。来るとしても競馬やらボートレースの数字を聞くようなやつばっかに決まってる。
それこそ、ここで営業していたバーみたいにつぶれるのがオチだ。
「そんなことない。ここで十分。むしろ、ここがいいんだ」
「でも」
「ここだからこそ、ほんとうに困ってる人しか来ない。その分得られる報酬も多」
「ありがたくちょうだいします」
美南さんに向かって、深々と頭を下げた。テーブルに額がつくぐらい。
前方からけらけらと笑う声が聞こえる。同時に、となりから冷ややかな視線を感じるのは気のせいじゃないはずだ。
「……とはいえ。大丈夫なのか?」
顔を上げてとなりを見れば、案の定星空は俺に顔を向けていた。
「なにが?」
「今回の報酬、つりあってんのか?」
「んー……」
以前、星空は言っていた。占いの結果と報酬はつりあう必要があり、過不足あってはならないのだと。そのバランスを崩すと、元をただすように客の今後が大きく変わってしまうのだと。
今回は娘を家から断ち切らせる助言をした星空に、店と家が報酬として渡されるわけだが――。これが相場なのかどうかも俺にはわからねえ。
「報酬だけを考えれば、少し、もらいすぎだとは思う。ただ、今後も杜若美南さんに助言することを考えれば、妥当かな」
「アフターフォローも込みでこのお値段ってことか」
「そうだね。今後すべての悩みをカバーできる、とまでは言えないけど……」
手を叩く音が、場の空気を引き締める。
「決まりだね! それじゃ、今後もよろしく頼むよ、お二人さん」
差し出された手にビビる俺を差し置き、星空は平然と両手で握り返していた。




