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死にたがり予言者と迷える子羊たち  作者: 冷泉 伽夜
Six of Cups ~自立~
22/24

4-1




 紙袋を開いたとたん、ジャンクなにおいが空き店舗にむわりと広がった。早くくれと急かすよう、胃が音を立てている。


 ついさっき、ハンバーガーチェーン店で美南(みなみ)さんがおごってくれたものだ。


 ソファに座る俺は、期間限定のバーガーにポテトにと、一つずつテーブルに出して並べていく。となりでおとなしくしている星空(せいら)は、目の前で自分のぶんがそろうのをじっと待っていた。


「遠慮しないでもっと頼めばよかったのに」


 俺の正面に美南(みなみ)さんが座っている。その手に握るのは、水が入ったコップだ。自販機で買ったミネラルウォーターがテーブルの端に寄せられている。


「腹減ってんだろ? 男なんだし、もっと食べられるだろうに」


「いやあ、すきっ腹にはこれで十分っすよ。いきなり大量を胃に詰め込むのも苦しいもんで」


 2セット分の商品を出し終わり、紙袋やレジ袋を星空(せいら)の反対どなりにまとめて置いた。


 手を合わせた星空(せいら)が「いただきます」と声に出す。バーガーの包み紙を開き、大口でかぶりついた。俺も自分のぶんを手に取り、タレが零れ落ちないよう気を付けながら包みを開けていく。


「この店、なかなか使いたがる人がいなくてねぇ」


 美南(みなみ)さんはコップ片手に頬杖をつき、店の奥に目を向けた。


「治安が悪いし、マンションもいわくつきだってんで、集客が見込めないんだと」


 そりゃそうだろう。――なんて、口が裂けても言えない。


 バーガーを見下ろし、少しずつ食べ進めていく。


 ここから先は星空(せいら)の仕事だ。俺はこのまま食事に集中させてもらうぜ。


「絶縁、できたんですね」


 口周りを白くさせた星空(せいら)に、美南(みなみ)さんは「ああ」とうなずく。コップをテーブルに置き、小指を立ててみせた。


「除籍にならなくてよかった。除籍は、指つめにゃならんからね」


 その一言に、俺の咀嚼が止まる。全身から血の気が引いていくのを実感した。バーガーを持つ指先が、妙に冷たくなる。


 ――ああ、やっぱり、その手の人なんだよな。


「組を抜けるのにも、いろいろあってね」


 反応のない俺が理解できていないと思ったのだろう。美南(みなみ)さんは淡々と説明してくれた。


「軽いケジメから重いやつまであんのよ。簡単に言やぁ一番軽いのが除籍。指つめりゃ抜けられる。一番重いのが絶縁、だね。まあ、言葉の通り、二度とウチの敷居をまたぐなってことさ。戻ってきたら殺すし、場合によっちゃ抜けた後も報復として殺す。ヤクザ連中のほとんどを敵に回したうえで、カタギとしての居場所もないまま、みじめに生きなきゃなんねえんだ」


 指を詰めなきゃいけないことより重いなら、どうして「絶縁がよかった」って話になるんだ? まさか、美南(みなみ)さんの顔がそういう状態になっているのも、その絶縁と関係があるのか?


 ぐるぐると考えながら、バーガー片手にポテトをもそもそとつまんでいく。


「やり方は、ちいと強引だったけどね」


 美南(みなみ)さんの片目が、まっすぐに俺を向いた。その鋭い目力に、視線をそらそうにもそらせない。


「あの子に、知らない男と結婚するがいいか、今後安い賃金で働く生活を送るがいいか聞いたら、好きでもない男と結婚するのは嫌ときたもんだ。相当、あんたのこと好いてたんだろうねぇ。……だから、絶縁」


 親指で首をかき切るようなしぐさをしてみせる。


 そこで初めて、絶縁した相手があのギャル娘のことだったのだと気づいた。あまりにも突飛な話に反応を返せない。


 ――ん? いや、ちょっと待てよ? まさか、俺のせい?


「違うよ」


 星空(せいら)の否定にほっと息をつく。


 ――いやいや、だとしてもだ。絶縁ってのは一番重い処罰なんだろ? にしてはあまりにも、そこにたどり着くまでが突然すぎやしないか。


「理由としては、十分よ」


 俺の心を読み取ったかのように美南(みなみ)さんは続ける。


「別の組と政略結婚させるのが、あの子のわがままで破綻。組の言うことも聞かず好き勝手過ごして、金を稼ごうともしない。このまま組に残したんじゃ、メンツも威厳もありゃしない。……だろ?」


 娘を処分したようなものなのに、美南(みなみ)さんの口調はどこか他人事で、冷めきっている。


「当分は生きていけるように金を持たせて、新しい戸籍も用意してやった。辺鄙な田舎に送り飛ばして、そのまま終わり。でも旦那は、あたしのやり方が気に食わなかったみたいでね、大ゲンカさ」


 ガーゼで隠し切れない青あざはそういうことだったのか。


 改めて見ても、痛々しい顔だ。夫婦喧嘩の強烈さをこれでもかと物語っている。


「ヤクザの組長でも大事な一人娘だからね。旦那にとっちゃあたしは、その程度の理由で大事な娘を飛ばした鬼ってことになんのさ。とはいえ、この世界じゃ、非道なほうが生きやすい。組のために娘を切り捨てた女として、上にいる幹部らはあたしのほうを評価してくれている。旦那があたしを追い出そうにも追い出せないってわけだ」


 勝ち誇るように鼻を鳴らす美南(みなみ)さんだったが、俺には全然笑えなかった。


 どうしてこの人はそんなことしたんだ? わざわざ理由を作ってまで娘と絶縁する必要があったのか?


 こないだ一緒にいたときは特に仲が悪そうにも見えなかったのに。


「この人の悩みは、娘を今後どうするべきか、だったんだよ」


 俺の疑問に、咀嚼する星空(せいら)が答える。持っているハンバーガーは、もう三分の一にまで減っていた。


「これ以上親の……家業の悪い影響を受けないようにってね。娘さんがこの世界に骨をうずめるのは、母親として望んでいなかった。それこそ、ずっとずっと、どうやってこの世界から逃そうか考えながら過ごしてきたんだ」


 美南(みなみ)さんは否定も肯定もしない。感情を読み取れない目つきでテーブルのコップを見据えている。


「美南(みなみ)さんは誰にも言わなかったし、言えなかった。娘さん自身にもね。話が漏れたら誰に付け込まれるかわからない。ご実家も同じような稼業で、過激な思想を持っている。頼れるはずがない。かといって、カタギに伝手(つて)があるわけでもない。絶縁は、美南(みなみ)さんが自分で思いつく唯一の方法で……苦肉の策だったんだ」


「でも、だからって」


 世間知らずで股がゆるくて、大人に守られながらぬくぬくと生活していたギャル娘には、一人暮らしさえままならないはずだ。金を与えていたとしても、すぐに使い果たしてのたれ死ぬんじゃねえのか。もしかしたら今ごろ変な男につかまって貢いでるかも――。


「大丈夫。心配いらないよ。確かに苦労することは多いけど、しぶとく生きていくさ。少なくとも、長生きはする」


 星空(せいら)は残りの一切れをひょいと口に入れた。


「五体満足、報復もなく絶縁。美南(みなみ)さんが、最良の方法でやりきったからね」


 コップを掴む美南(みなみ)さんは、自嘲気味に笑う。


「うまくいって、よかったよ。……ヤクザなんてね。もう、はやんないからね」


 中に入った水を、一気に飲み干した。どこかさっぱりとした顔でふうと息をつき、テーブルに音を立てて戻す。


 それからしばらく。


 話がひととおり終わったあとも、俺はせっせと食べ進めていた。


 ――こう見えて、食べるスピードは俺のほうが遅い。……なんでもかんでも味わうタイプなもんでな。


 待ちくたびれる星空(せいら)は背もたれにだらりとのしかかっていた。バーガーの包みやポテトのカップ、飲み干した紙コップをテーブルに放置したまま。


 完食して美南(みなみ)さんに手を合わせた俺は、テーブルに散らかったものを紙袋に入れていく。星空(せいら)が食い散らかした分も俺が片付けてやった。

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