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紙袋を開いたとたん、ジャンクなにおいが空き店舗にむわりと広がった。早くくれと急かすよう、胃が音を立てている。
ついさっき、ハンバーガーチェーン店で美南さんがおごってくれたものだ。
ソファに座る俺は、期間限定のバーガーにポテトにと、一つずつテーブルに出して並べていく。となりでおとなしくしている星空は、目の前で自分のぶんがそろうのをじっと待っていた。
「遠慮しないでもっと頼めばよかったのに」
俺の正面に美南さんが座っている。その手に握るのは、水が入ったコップだ。自販機で買ったミネラルウォーターがテーブルの端に寄せられている。
「腹減ってんだろ? 男なんだし、もっと食べられるだろうに」
「いやあ、すきっ腹にはこれで十分っすよ。いきなり大量を胃に詰め込むのも苦しいもんで」
2セット分の商品を出し終わり、紙袋やレジ袋を星空の反対どなりにまとめて置いた。
手を合わせた星空が「いただきます」と声に出す。バーガーの包み紙を開き、大口でかぶりついた。俺も自分のぶんを手に取り、タレが零れ落ちないよう気を付けながら包みを開けていく。
「この店、なかなか使いたがる人がいなくてねぇ」
美南さんはコップ片手に頬杖をつき、店の奥に目を向けた。
「治安が悪いし、マンションもいわくつきだってんで、集客が見込めないんだと」
そりゃそうだろう。――なんて、口が裂けても言えない。
バーガーを見下ろし、少しずつ食べ進めていく。
ここから先は星空の仕事だ。俺はこのまま食事に集中させてもらうぜ。
「絶縁、できたんですね」
口周りを白くさせた星空に、美南さんは「ああ」とうなずく。コップをテーブルに置き、小指を立ててみせた。
「除籍にならなくてよかった。除籍は、指つめにゃならんからね」
その一言に、俺の咀嚼が止まる。全身から血の気が引いていくのを実感した。バーガーを持つ指先が、妙に冷たくなる。
――ああ、やっぱり、その手の人なんだよな。
「組を抜けるのにも、いろいろあってね」
反応のない俺が理解できていないと思ったのだろう。美南さんは淡々と説明してくれた。
「軽いケジメから重いやつまであんのよ。簡単に言やぁ一番軽いのが除籍。指つめりゃ抜けられる。一番重いのが絶縁、だね。まあ、言葉の通り、二度とウチの敷居をまたぐなってことさ。戻ってきたら殺すし、場合によっちゃ抜けた後も報復として殺す。ヤクザ連中のほとんどを敵に回したうえで、カタギとしての居場所もないまま、みじめに生きなきゃなんねえんだ」
指を詰めなきゃいけないことより重いなら、どうして「絶縁がよかった」って話になるんだ? まさか、美南さんの顔がそういう状態になっているのも、その絶縁と関係があるのか?
ぐるぐると考えながら、バーガー片手にポテトをもそもそとつまんでいく。
「やり方は、ちいと強引だったけどね」
美南さんの片目が、まっすぐに俺を向いた。その鋭い目力に、視線をそらそうにもそらせない。
「あの子に、知らない男と結婚するがいいか、今後安い賃金で働く生活を送るがいいか聞いたら、好きでもない男と結婚するのは嫌ときたもんだ。相当、あんたのこと好いてたんだろうねぇ。……だから、絶縁」
親指で首をかき切るようなしぐさをしてみせる。
そこで初めて、絶縁した相手があのギャル娘のことだったのだと気づいた。あまりにも突飛な話に反応を返せない。
――ん? いや、ちょっと待てよ? まさか、俺のせい?
「違うよ」
星空の否定にほっと息をつく。
――いやいや、だとしてもだ。絶縁ってのは一番重い処罰なんだろ? にしてはあまりにも、そこにたどり着くまでが突然すぎやしないか。
「理由としては、十分よ」
俺の心を読み取ったかのように美南さんは続ける。
「別の組と政略結婚させるのが、あの子のわがままで破綻。組の言うことも聞かず好き勝手過ごして、金を稼ごうともしない。このまま組に残したんじゃ、メンツも威厳もありゃしない。……だろ?」
娘を処分したようなものなのに、美南さんの口調はどこか他人事で、冷めきっている。
「当分は生きていけるように金を持たせて、新しい戸籍も用意してやった。辺鄙な田舎に送り飛ばして、そのまま終わり。でも旦那は、あたしのやり方が気に食わなかったみたいでね、大ゲンカさ」
ガーゼで隠し切れない青あざはそういうことだったのか。
改めて見ても、痛々しい顔だ。夫婦喧嘩の強烈さをこれでもかと物語っている。
「ヤクザの組長でも大事な一人娘だからね。旦那にとっちゃあたしは、その程度の理由で大事な娘を飛ばした鬼ってことになんのさ。とはいえ、この世界じゃ、非道なほうが生きやすい。組のために娘を切り捨てた女として、上にいる幹部らはあたしのほうを評価してくれている。旦那があたしを追い出そうにも追い出せないってわけだ」
勝ち誇るように鼻を鳴らす美南さんだったが、俺には全然笑えなかった。
どうしてこの人はそんなことしたんだ? わざわざ理由を作ってまで娘と絶縁する必要があったのか?
こないだ一緒にいたときは特に仲が悪そうにも見えなかったのに。
「この人の悩みは、娘を今後どうするべきか、だったんだよ」
俺の疑問に、咀嚼する星空が答える。持っているハンバーガーは、もう三分の一にまで減っていた。
「これ以上親の……家業の悪い影響を受けないようにってね。娘さんがこの世界に骨をうずめるのは、母親として望んでいなかった。それこそ、ずっとずっと、どうやってこの世界から逃そうか考えながら過ごしてきたんだ」
美南さんは否定も肯定もしない。感情を読み取れない目つきでテーブルのコップを見据えている。
「美南さんは誰にも言わなかったし、言えなかった。娘さん自身にもね。話が漏れたら誰に付け込まれるかわからない。ご実家も同じような稼業で、過激な思想を持っている。頼れるはずがない。かといって、カタギに伝手があるわけでもない。絶縁は、美南さんが自分で思いつく唯一の方法で……苦肉の策だったんだ」
「でも、だからって」
世間知らずで股がゆるくて、大人に守られながらぬくぬくと生活していたギャル娘には、一人暮らしさえままならないはずだ。金を与えていたとしても、すぐに使い果たしてのたれ死ぬんじゃねえのか。もしかしたら今ごろ変な男につかまって貢いでるかも――。
「大丈夫。心配いらないよ。確かに苦労することは多いけど、しぶとく生きていくさ。少なくとも、長生きはする」
星空は残りの一切れをひょいと口に入れた。
「五体満足、報復もなく絶縁。美南さんが、最良の方法でやりきったからね」
コップを掴む美南さんは、自嘲気味に笑う。
「うまくいって、よかったよ。……ヤクザなんてね。もう、はやんないからね」
中に入った水を、一気に飲み干した。どこかさっぱりとした顔でふうと息をつき、テーブルに音を立てて戻す。
それからしばらく。
話がひととおり終わったあとも、俺はせっせと食べ進めていた。
――こう見えて、食べるスピードは俺のほうが遅い。……なんでもかんでも味わうタイプなもんでな。
待ちくたびれる星空は背もたれにだらりとのしかかっていた。バーガーの包みやポテトのカップ、飲み干した紙コップをテーブルに放置したまま。
完食して美南さんに手を合わせた俺は、テーブルに散らかったものを紙袋に入れていく。星空が食い散らかした分も俺が片付けてやった。




